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第六部~梅花悲嘆~
第三十七話 何度でも愛されてみせる
しおりを挟む送られた場所は、自分の部屋。
ああ、菫の馬鹿、また力使って送ってきたな、と思うと、力なき怒りが沸いてくる――ため息をつき、何となく服を着替えようと、クローゼットに手を伸ばしたとき、部屋にノックもしないで、鴉座が入ってきた。
――その瞬間、心に何かが走ったのは気のせいだろうか。
酷く酷く、どす黒く、生臭い、気持ち悪い感情。
陽炎は、体の痕を見られても平気で、鴉座を無視して着替えを再開するが、鴉座に壁に押しつけられる。
その目には静かな怒りが宿っていて、その気迫はきっと今ならば蟹座にも負けない。
「ッ何すんだよ!」
「――貴方は、私が心配でずっと探していたというのに、その間、菫と寝ていたんですか」
「……よく知ってるな」
「酒場で目撃情報を頂いたんですよ、……これが菫の与えた物ですか……? 貴方は……いったい、どうしたというんです?」
「五月蠅い、お前。強姦されたんだ、仕方ないだろ? それに別に俺がどうしようが、勝手だろ」
陽炎は声を聞くだけでも苛々とする己の感情を、声でも抑えられなくて、少し声を荒げてしまった。
鴉座は陽炎からそんな声をいきなり浴びせられるのは初めてなので、不自然だと思って、すぐに呪いの気配を辿る――だがそんなもの微々たるものでも、感じない。
それもそのはず、これは妖術とは全く違う作りのものなのだから。
妖術が理数系だとすれば、陽炎がかかってる術は文系のようなものだ。
でも、文系にだって数字が出るように、ほんの少し見える数字を、鴉座はつかみ取り、即座に菫に何かされて、これが挑戦状なのだろう、と悟った。
鴉座は、陽炎を壁へ押しつける状態から離し、手を掴んで、部屋を出て行こうとする。
中途半端に服を着た状態で何処かへ連れて行かれるのも、この男に何かされるのも嫌になった陽炎は、離せ、と怒鳴り、それでも反応がないので、仕方なしに服を器用に着て、歩き出す。
「陽炎」
「何だよ」
「貴方が強姦されたなんて、菫を殺したいくらいです。それだけでも耐え難いのに、何か仕掛けたみたいですね。……そんな、貴方が私から離れるなんて許しません。貴方が何度術や罠にはめられても、その度に怒ります」
「だから?」
「――貴方の心だけは常に私の手元に置くことを覚悟してください、私を口説いた日から、それは判っていたはず。……次にもし、また心を私の側から離れることがあるようでしたら、何か罰を考えておきますので、覚悟してください」
――鴉座の冷酷そのものの瞳が、一旦立ち止まり、振り返り気味に、陽炎を映す。
陽炎は瞳に己が映り込むと、鴉座という檻に捕らえられた気がして、少しどきり、としたが、まだ何処かむかむかとする。
何か言おうとすると、鴉座が、しぃっと己に言ってから、陽炎の手で、お黙りなさい、のあの動作をする。
キザだな、と陽炎は思って、少し照れて黙り込んだ。
「陽炎、私は貴方を愛してます。だから、見放しません。これで菫が私たちに亀裂が入ると思ってるなら、それはとんだ間違い。……菫に次に会ったときは……ふふ、楽しみですね!」
怖い。真っ黒なオーラを感じるので、怖い。
陽炎は視線をそらし、苛々としながら歩く――。
気付けば柘榴の元に来ていて、柘榴は魚座からなめろうを作ってもらった直後のようで、嬉しそうな顔で、此方を見やった。そして陽炎を見るなり目を見開き、言葉を無くし驚いた。魚座は喜ぶ。だが、鴉座の異様に怖い雰囲気に目を一瞬見開く。
そして柘榴と顔を見合わせ、それから柘榴は一口なめろうに口をつけてから、陽炎たちが近づくのを待つ。
「柘榴様、この世に妖術以外のものってあるんですか?」
「――そういうのは白雪が詳しいと思うけれど……おいらじゃ駄目だ」
柘榴は悔しさを我慢するように微笑んだが、鴉座は首を振って睨み付けてきた。
「駄目でも、貴方がやるんです。貴方は、不老不死になって、妖術以上のものを習得しないといけません。これはいいレベルアップのチャンスです。陽炎を一番に救いたいのは、私と貴方、のはずです。そして、郷にも何か役立てるかもしれない」
「――かげ君になにかあったの?」
柘榴はごくん、と生唾が喉を通ると、真剣な顔つきで、陽炎を己の目の前に立たせる。
陽炎はそれに不機嫌そうな顔をして抵抗をしようとしていたが、柘榴が宥めて、目の前に立たせる――そして、柘榴が……何かを、視界で捕らえた瞬間、花の香りがした。
(――何だ、この香りは……!? 香水のような……でも、それとは違う、自然の匂い。何だろう……この香りは、……嗅いだこと、あるけれど、滅多にこの国にはない。それが判れば、微かな数字も文字も読み取れるのに……)
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