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第六部~梅花悲嘆~
第三十話 鷲座とこそこそ
しおりを挟む――落ち着かない。たかが人間の一人だ。今まで生きてきた中で、偶々愛属性だった元主人、それだけの関係だ。
その人が居ないだけで、こんなにも本を読むことが苦痛になるほど、時間の経過が悔しくなる感情を、鷲座は知らなかった。
鷲座はいつもなら落ち着いて、本の世界に浸ることが出来たのに。そう例えば、絶対にばれたくないのだが。特に蟹座と鴉座にばれたくないのだが、好きな王道恋愛小説だとか読んで、その登場人物の心に浸れるのに。
今は、ただ、あの人間だけが気になる――姿を消した、陽炎。
「恋心はまだ少しある。それを諦めるだけで、気にはなってるんだ。だから、こんな心臓に悪いことをしないで欲しい――陽炎どの」
鷲座は溜息をついて、自室の部屋の窓を開けて、換気する。少し換気すれば、陰鬱とした気分も晴れるだろうか、と思ったのだ。
空は憎らしいほどに、明るい青空。今は、昼なのだと思い知る。皆で集まって摂取する昼食も、何だか食べる気にはなれなくて、断ってしまった。
鳳凰座が聞いてきたので、断ってしまうと「星座はこれで殆どが、集まらないのね」と寂しげに微笑んだ。
少し申し訳ないが、今は食べる気がしなかった。
窓の側に置いてある、インテリアの一つ、少し大きめの地球儀を何となく回すと、悪魔座が窓から入ってきた。
「ワシ兄さん」
「――悪魔座どの? 君が小生の部屋にくるなんて、珍しい。どうしたんだ?」
「知りたいことがあるんだね。妖術以外に、術ってあるんだね?」
「……それは調べてみないと判らないですね。術といえど、おまじない程度のものもありますし」
「おまじないじゃなく、もっと人の心を動かすものなんだね」
悪魔座がそこまで問うと、鷲座は回ったままの地球儀を手で撫でるように止めて、悪魔座を糸目で睨み付ける。
睨み付けられると悪魔座は少し苦笑する。
アデレオの面影が、己を睨み付けてくるのは結構辛いが、これもまた重ねてはいけないこと。だから、己は過ぎった切なさを無視した。それは感じてはいけないことだから。
「――そんな術を知ってどうするというんです? 使うんじゃないだろうね」
「いやいやまさか。ちょっと、調べたいだけだね。――内緒にしてくれるなら、教えるけれど」
「……内緒にしよう。教えてください」
鷲座がモノクルを掛け直すと、悪魔座はふわふわと浮いていた体を、鷲座の部屋の床に足をつけて、鷲座と同じ目線になる。
そのことに、己の背の小ささを感じて鷲座は悔しくなるが、まぁ今はどうでもいいし、些末なことなので、おいておいた。
「陽炎が、見つかった。けど、妖術ではない何かがかけられているね。その所為か違うか判らないが、誰のことも覚えてない状態だったね」
「……か、陽炎どのが見つかった!? 本当ですか、それは!!」
鷲座は目を見開き悪魔座の両肩をがしっと掴んで揺さぶった。悪魔座はそれに驚きながらも頷くと、鷲座は安堵の笑みを一瞬浮かべたが、すぐに顔を顰めて、むすっとした。
誰のことも覚えてないと言うことは、自分のことを忘れているのか。
鷲座は、一方的に思ってるのを益々自覚し、溜息をつく。
「それで。何故、それを内緒に? 皆、心配してるんですよ」
「――だってそれが約束なんだね。字環から教わったんだね。でも居場所を教える条件は、ぼくだけで探すことなんだね」
「そうですか。それで、君だけで解決しようと?」
「それが無理そうだから、ぼくちゃんに頼もうとしてるんだね。白雪の次に博識なのは、ワシ兄さんなんだね」
悪魔座がにこっと微笑んでそう言うと、鷲座は褒められたことに照れて赤面し、頭をかいて、外を指さす。外に出ようと言うことだ。鷲座は玄関を通らず、翼を出して、窓から外に出ると、悪魔座も浮遊してついてくる。
そして、人通りの少ない道で翼をしまい、歩く。悪魔座にも足を使うように言いつけて。
「図書館へ行きましょう。禁書の中に何かあるかも」
「一般市民に貸し出してくれるかね?」
「――そういうときに使えるのが、あの大国の名前ですよ」
鷲座はくすっと貴重な笑みを悪魔座に見せると、大きな大理石の柱を持つ建物に着き、中に入る。中へ入ると、少しでも涼しさが与えられるように、風通しの良い環境が作られた室内が見え、奥の禁書室へ行こうとする。
だが、街の係員がそれを止めてくる。
「駄目です、ここからは一般の方は――」
「ユグラルドの命を受け、ここの書類が妖術研究に必要なので、調べたいんです。お通しください」
そういって鷲座は、宮廷妖術師だった時の紋章を見せると、係員の者は、慌てて退いた。
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