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第六部~梅花悲嘆~
第二十九話 あの人のためなら怒るよ
しおりを挟む字環から聞いた場所によれば、街はずれの宿に居るそうだ。
悪魔座は、ふらふらと漂いながら、宿を目指す。己の足で歩くことは絶対にしない。だって、歩くなんて面倒くさいから。空中で漂うのが癖になってしまった。蒼刻一を真似ていたら。
暫く漂い、ふわふわと進んでいると、前方に寂れた宿が一軒あった。
悪魔座はその寂れ具合に、目を見開き、これではお化け屋敷と間違えられても仕方ないと思った。
お邪魔しますと中に入れば、意外と中は綺麗な装飾で、掃除も手入れも行き届いている。
外見だけが悪い宿なのだな、と思っていると、女将が現れて、顔を顰めた。
「ここはあんたのような、子供が来られるほど、安い宿じゃないよ」
「ああ、泊まるつもりないんだね。ここに、えーっと……眼鏡で、髪が茶髪で、目が夜色な人、泊まってない?」
「あー、いるよ。何だ、坊や。あの人の親戚かい?」
面倒なのでそういうことにしておこう。悪魔座はこくりと頷くと、女将が陽炎の居る部屋に案内してくれた。
女将が去ってから部屋をノックすれば、陽炎の声で返事が聞こえて、悪魔座は興奮し、思わず勢いよく扉を開けてしまった。
そこには、頭に包帯をした陽炎の姿が。
「――陽炎、探したね。何で、こんな所に?」
「かげろう? 誰だそれ。俺は牡丹だ。お前、誰だ?」
陽炎は、きょとんとしてあどけない顔で、己に問うてくる。
悪魔座は目を見開き、陽炎をじっと見つめた。その目の色は、まるで幽霊座のように幼くて。
幼い陽炎なんて想像の出来なかった悪魔座は、びびりながらも、首をぶんぶんとふって、見つめ直す。
別人ではない。陽炎本人だ、確実に。でも、本人は違うと言っている。
「……そういうことか、字環さん。アクシュミだね。否、でも弄くったとは言ってなかったから、これは別の誰かの仕業なんだね」
「? 大丈夫か? ぶつぶつと独り言呟いて、気持ち悪いなぁ」
「サソリ姉さんほどではないね。――んー、どうしたものかな」
悪魔座は、陽炎の様子を伺う。今の彼は、中身は幼いようだ。ならば、警戒心は大人の時よりかはない。
だが、このまま陽炎、陽炎と呼び続けていたら、信頼感を得られないだろうな、と思ったので、悪魔座は咄嗟に、にこ、と微笑んだ。
「牡丹、だっけ?」
「そうだよ、牡丹だ」
悪魔座が名を呼ぶと、あの陽炎が満面の笑みを見せたので、悪魔座は鳥肌が立ちそうになったが、無視しておく。気持ち悪さは後で訴えればいい。
慎重に、陽炎に――否、牡丹に問いかけていく。
「此処に、一人でいるのかね?」
「ううん。スミレがいる。スミレが外は危ないから、此処で待ってろって言ったんだ」
「――スミレ、ねぇ。……――これは、カラス兄さんに教えなくて正解、かな」
「?」
「ああ、いやいや、何でもないんだね。牡丹、今、記憶がないんだね?」
悪魔座が確認を取ると、牡丹はこくりと頷き、頭の怪我を抑える。
そして頭をぺたぺたと軽く叩くように触り、これの所為だ、と答えた。
「事故って、記憶が飛んだんだって」
「――ああ、成る程。ね、そのスミレは何処に行ったのかね?」
「買い出し。此処は食事は自分で買いに行かなきゃならないんだって」
悪魔座はふぅんと頷き、牡丹に微笑みかける。それは誰が見ても胡散臭い作り笑いだったが、牡丹は警戒するということを覚えていないのか、その笑みに、にこ、と上品に微笑み返した。
悪魔座は、この姿を見たら、星座達は「気持ち悪い」か「可愛い」と意見が真っ二つに分かれるだろうなぁとふと思った。
「スミレに言っておいてね。――カラス兄さんの為なら手を汚すのを厭わない奴がいるって」
「か、らす……――」
牡丹はその単語を口にした時、一旦固まるが、すぐに不機嫌になる。その様子を見て、悪魔座は首を傾げた。
ちょっとどういう反応をするのか試しに口にしてみた部分もあるのだが、思いの外反応してくれたので、悪魔座は様子を知りたがる。
「――どうしたの?」
「……いや、何か、いらっとしただけ」
カラスの単語でいらっとするとはどういうことだ? 牡丹は、鴉座を愛していた。それなのに、その単語で苛つくとは。
これは――何か術をかけられたな、と悪魔座はふと気づき、それでも思ったことは隠したまま、それじゃあね、と去っていった。
「――……術、なのに、妖術の気配はしないんだね。ワシ兄さんに聞こう。それならカラス兄さんじゃないんだね。約束は、守ってる――」
悪魔座はその場から姿を消した。
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