219 / 358
第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第三十三話 亜弓と呉の門出
しおりを挟む――盗み聞きは趣味が悪い。そうよく聞くけれど、してみてからそれを実感するのは初めてな気分がした、白雪だった。
聞いてみてから、盗み聞きしてはいけない内容だったのだ、と悔やまれる。
悪魔座の聞いてはいけない独り言まで、聞いてしまったのだから。
それでも己は、秘密事を作るのが得意な部類なので、己のうちに溜め続ければ大丈夫だろう、と思い至り、嘆息をつく。
足下には蓮見。蓮見は己の足に抱きつき、にこーっと笑っている。家内である牡羊座は今はオムツの買い出しに行っている。
「……親子、か」
過去に思うのは、何なのか。
白雪が過去に感じる、生まれたときに受けていた筈の思いは何だったのか。
彼らを見ると、酷く痛感する。
蓮見が生まれて判ったことがある、子供はとても可愛い。それも自分の子供となると余計に。だからこそ、上手く育てられるか不安になったり、もどかしい思いを味わったりすることはあるが――昔、己の両親も果たして本当にそうだったのだろうか?
愛情は感じられない、責務は感じられる、王族の古から続く血を感じられる。
血族だけを王位に就かせるため、必死に強い血を求める国の力も――。
(――そんな親相手に、蓮見を渡せませんって、交渉しに行けって? ……馬鹿げている)
白雪は嘆息をつく、また。
――彼らはきっと悪くない。偶々王族の生まれで、偶々己が人から怖がられる目をしていただけ。
そう、きっと全てはあの安っぽい人形のような目の所為だったのだ――そう言い聞かせるしかなくて。母や、父への接し方を思い出すと。
壊れ物のように、決して触れまいとされていた幼少時代を思い出すと――。
ワルイモノは居ない――居ないからこそ、悪は自分になった。自分の目に。
窓辺から見ると、白いブランコに揺られる、悪魔座と幽霊座。
――彼らを見ていると、親を信じようという気を少し与えられる。疑心が薄れる。
健気に親を思う彼らを見ると、親もそれに答えなくては、と思ってしまう。
だからこそ、決心してしまうのだろう。この茨の道を。
「蓮見、パパはね、君が大好きだよ――」
「パパー! しゅきー」
「だからね、君とママを、此処に少し置いて、旅立ってしまうのを許してくれるかい?」
「……?」
「……お爺ちゃんに、君を渡さないよう、交渉してくる」
なけなしの、愛がもしもあるというのならば、それに縋ってみる。ソレも悪くない。
どうせ、己は既に愛情など求めていない――それならば、利用するだけ利用してやる。
(世の中の親子が愛し合ってるとは限らない。もしかしたら、オレの家はそうなのかもね――? そう言ったら、陽炎君、君はどう答えるだろう。聖霊の仔、君はきっと必死な顔でそんなの居ないって否定するんだろうね。それとも肯定した上で、認めようとしない、かな――?)
白雪は蓮見を抱き上げて、これからのことを相談しようと、柘榴の元へ向かう。
*
「陽炎さん、本当にごめんねっ!! 呉がっ呉がっ呉がっ! 嗚呼、もう僕恥ずかしい!」
「勝手に恥ずかしがるな。痛ェ」
亜弓は呉の頭を力ずくで陽炎に頭を下げさせて、己も一生懸命謝る。
これで何度謝ったか分からない。それでも何回謝っても足りないのか、亜弓は謝り続ける。
呉どころか、陽炎までうんざりとしてきたところで、亜弓は漸く謝るのをやめて、本題に入ってくれた。
「僕ね、いつか呉となら、大丈夫になれる気がするんだ。ゴーストには悪いことしたけれど、あのお陰で孔雀は居なくなったし――何より、僕の聖霊の呪いが解けた」
「良かったな」
陽炎が微笑むと、亜弓はにへっと笑い、えへえへと笑い続ける。
そんな亜弓が愛しいのか、呉は亜弓の頭をなで続けて、苦笑を浮かべている。
「何だよ、呉ッ。にやにやしちゃって、やらしい!」
「うるせぇな、口説け、ほら。俺は言ってやる、愛してる」
「馬鹿ッ! こんな道ばたでッ……呉、耳ッ!」
そういって、亜弓は呉にこそっと耳打ちをする。すると呉は随分と情けなく照れている様子だった。少年のような爽やかな笑みを浮かべているのだ、あの呉が!
これがあの人間鑑定士かと思うと、少し戦慄く――鳥肌が立つ。
本命にはこういう感じなのか、と陽炎は何処か納得し、二人を見守る。
陽炎の視線に気づいた亜弓が顔を真っ赤にして、また「ごめんなさい」と謝る。
「……僕、気をつける。これから、まだ何が起こるか、分からないけれど、多分、呉なら酸素になってくれると思うから」
「……だといいな。まぁ亜弓にふられても、こっちに八つ当たりしにくるなよ、呉?」
「……――どうだろうなァ」
亜弓の人格は信用できるが、呉に関してはまだまだ疑わしい部分がある。
それでも呉は、何処か人と距離を置いてる気がしたので、何か深い事が起こったときでない限り、関わることはもうないのだろうな、と思った。
何より、亜弓への愛情を、どう疑えようか――。あの時、亜弓への愛情深さを見せられたからこそ、皆は呉を許すことが出来たのだと思う。
まぁそれは、白雪以外だが、白雪は白雪で酷いことをしたので、それは仕方がないと思う陽炎だった。
陽炎は、んんっと咳払いをし、それから鋭い、百の痛み虫というかつての二つ名を思い出させる睨み方で、呉を指さす。
「いいか。お前が少しでも亜弓を泣かせたり、怪我させたら許さないからな?」
「――分ぁった分ぁった」
「へへっ、僕は嬉しいな。柘榴兄みたいに、親身になってくれる人が居てくれて。あ、そろそろ待合い馬車の出る時間だ! 呉、行くよ!」
亜弓がばかでかく酷く重そうな沢山の荷物を背負い、呉に声をかけると、呉は少し考え込んで、亜弓に返事をする。言った方がいいのかどうか迷ったが、迷惑をかけた詫びに少しでもなればいいと思い。
「ああ、行く――ちょっと先に行ってろ、亜弓」
「ん? うん、分かった。それじゃあ陽炎さん、柘榴兄に宜しくね! 白雪には何か悪態ついておいて!」
「怖いから無理だよ」
「あははっ! それじゃあね――またね!」
亜弓は来るときに持ってきた荷物の三倍ある荷物を軽々と抱えて――土産とか入っているそうだ――、待合い馬車が載っている地図を見ながら、歩き出し、人混みに消えていく。
それを見つめてから、呉は真剣な顔で陽炎に言葉をかける。
0
あなたにおすすめの小説
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。
ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と
主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り
狂いに狂ったダンスを踊ろう。
▲▲▲
なんでも許せる方向けの物語り
人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる