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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第二十話 僕と同じ聖者
しおりを挟む鴉座はこの黒い空間――何処かは分からない、何処か異次元なのかもしれない、だから闇の十二宮の気配を辿ってからでないと、来られなかった――を、彷徨い、ふと一匹の渡り鳥に出会う。
――字環。
彼は眠る陽炎を横たわらせ、己の膝を枕にして、優しく撫でていた。
それは己の役目だ――と、彼から陽炎を奪い返したかった。陽炎の恋人でない蟹座までもが、その存在に苛つき、心の中でかつての己を忘れたかのように「げす野郎め」と憎々しいものを吐き捨てるように呟いた。
鴉座は気づかれぬように――出来れば陽炎を起こさないように細心の注意を払いながら、字環に歩み寄る。
字環は最初は己に気づかなかったが、気づくとにたりと笑い、陽炎の頭を抱えるようにそっと撫でた。
「――お前は、白雪には逆らえない筈だ。なのに、どうして陽炎を手に入れようとする?」
「僕は白雪様の味方だけど、彼と陽炎さんはまた別の話だ。僕だって、この人が愛おしい」
「諦めてください。彼はね、私にぞっこんなんですよ――」
「さてね、どうだろうね――それは過去の君が、計画的に彼を惚れさせたとは思わない? なら彼は過去の君のものだ、今の君のものではない」
字環は陽炎にふわりと笑いかけて寝顔を心安らかに眺めてから、鴉座を嘲り笑う。
可哀想な陽炎。
生まれながらの捨て子、拾ったのは賊で、捕まって囚人になり、罪を償えば奴隷。そして国が彼を漸く思い出して招いても、その目的はプラネタリウム。その上、その後に世界中は彼の生まれた国を忘れることになった――。
聖霊には勝てない不運が、ほんの少しだけ彼につまっている。
可哀想な陽炎。
彼に己を重ねる――世界に対して、世界の動き通りにしか流れることの出来なかった己に。
――世界は、いつだって破壊を求める。
その中にも平和を願う者だっている筈だと信じて生きていた――わけではない。
ただ、力を持て余して、好きなことを少しやって、後は強い者に逆らえず生きていた。
唯一逆らえたとすれば、蒼刻一にたいしてだろうか。
平和をもたらすことを予測出来ると言うことは、破壊を頭の中に想像出来ると言うこと。
破壊の光景が、頭に響くのは酷く辛かった。
そんなとき、空を眺めて、占いとは関係なく星座を見つけるのが好きで、プラネタリウムを作る――。
己がプラネタリウムを作った理由は、寂しいからだ――。
今までのプラネタリウムの主人達を、字環は昔の鴉座のように記憶している。
でもどれも、己と同じ理由でプラネタリウムを欲している者は居なかった。
――破壊を望む者も、平和を望む者も、全て憎んだ。
全て憎んで、己が作られた時は、世界中を消し去ってやると願った――。
そんなときに、見つけた一人の人間。
彼は、可哀想な人間だった。プラネタリウムを手にした理由も、己と同じだった。
哀れな人間は、寂しがりで、最初に黒玉を手にして作ったのが、その時は一番に作っても意味がない鴉座だった。
――それでも彼は鴉座を慕った。
父を慕うように、友を誇るように、片割れを優しさで包み込むように、接した。
そんな彼を見て、字環は憎しみが薄れていった。蒼刻一へ以外は。
ただ、次第に嫉妬が彼を支配する――。
何故あの男だけが外に出ることが出来たのだ、何故あの男が好かれるのだ、何故己が相手ではなかったのだ、記憶はこんなにも鮮やかで、こんなにも愛しさが募っているのに。
計画的に鴉座が惚れさせた――だとしたら、何と陽炎は可哀想なのだろう。
己と同じだ――計画的に、聖者の道を歩まされた己と。
人ならざる者の強大さを、知っている。
彼の脆さを知っている、記憶のない鴉座とは違って、何が嫌なことか、何が怖いことか知ってる。だから、それを避ければ彼からは好かれるのは判っている。
それでもそれはもう出来ない。
――どんなに頑張っても、鴉座以上にはなれぬからだ。
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