205 / 358
第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第十九話 蓮見の才覚
しおりを挟む――呉、呉。
遠くで、鳥の鳴き声が聞こえる。
歓喜を表しているような、もしくは此処が何処か分からぬことへの警戒心へか、酷く五月蠅い。
だが尾羽を広げるような感覚があるからには、きっとそこには――。
「呉……!」
「亜弓、起きたか」
呉の体は冷えていた。
孔雀の術で冷えている己の体をローブをかけて、抱きかかえて、服越しに体温で暖めてくれていたのだ。
離れようとすると、ぎゅっと抱きしめられて、亜弓は惚れた弱みか動けなくなる。
「呉――陽炎さんや柘榴兄は?」
「陽炎は手に入った。あとは柘榴だ。――……あいつがお前を助けに来るそーだ」
呉は亜弓の髪に己の顔を埋めて、深く息をする。
まるで亜弓が呼吸するのに必要な機械のように、亜弓と密着しながら。
亜弓はその言葉を聞いた瞬間、真っ青になり、首をふる。いやいやをするように。
でも呉は目を閉じて、リラックスするだけ。
「呉、駄目だ。蒼刻一なんかに、二人を渡しちゃ駄目だ」
「命に別状は、ねぇ。それなら、良いだろ……?」
「駄目だ! 君は蒼刻一というものを、分かっていない! あいつは、自分が記憶に残るなら、世界を破滅に導くことだって出来るんだ!」
「――亜弓、俺だって蒼刻一を見てきた……あいつが、何を望んでいるかも、分かるんだ」
「……呉、それならどうして!」
呉は急に冷めたように、亜弓から離れる。
そして、ローブを亜弓にきちんと掛け直して、己は髪の束を纏め直す。
亜弓は呉の態度に不満があったのか、呉の肩にパンチをする。
「いてぇ。――お前なんかに分かってたまるか、世界中から憎まれる気持ちなんか」
「呉が郷で嫌われた人数と、僕ら聖霊を迫害する人の人数、どっちが多い?」
「……――亜弓」
「呉、思ったより、自分を本気で憎んでる人の人数なんて少ないんだよ? 柘榴兄が言ってた」
「――そんなのまやかしだ。お前を迫害してきた奴の人数を言ってみやがれ、まやかしだと分かる」
亜弓は首をふり、呉の肩にもたれ掛かる。
その顔は憂いに満ちていて、頭を撫でてやりたくなるような息をついた。
「でもそれは暇つぶしだったり、恐れだったり、誰かに釣られてなんだよ。本気で、心から憎んでいる人は、居なかったと思う。呉は? 呉は、僕が言った以外の理由が原因と見られる動きのあった虐めとかされたの?」
「……――説教する気か? 亜弓の癖に」
「あ、僕の癖にって何だよ! 僕がそんな、黙ってよよっと泣くような奴に見える!?」
「陽炎と柘榴が事故ったって聞いたときは、よよっと泣いたじゃねーか」
呉はもたれかかっている亜弓の前髪の束をぐいっと引っ張り、くくっと喉奥で笑う。
亜弓はそれに痛がり、呉ー! と、名を呼び続ける。
「お前に説教は似合わない。説教は主役に任せておけ」
「……――陽炎さんより、柘榴兄のが似合いそうだなぁ」
「……んむ…」
「あ、蓮見ちゃん……」
ふと気付くと、少し遠くの方に蓮見が居て、起きたのか、きょろきょろとしている。
それを見つけた亜弓は蓮見を指さし、呉を睨み付ける。
「ちょっと、子供にまで手出ししたの!? 浮気?! ねぇ浮気!? 僕が覚悟の一つも出来てないから浮気!? あんな子供に!」
「ばっか、違ぇ! あれは人質だ! あの子供の年齢考えろ!」
「君と僕の年齢考えろ!」
「じゃあお前はショタコンだ! 俺のが年は下だ!」
「げえええ!? うっそー!!!」
亜弓は目を見開き、ショックを受けている。まさかこの外見で、呉のが年下だなんて信じられない。
どう見たって呉は立派に二十そこそこ。それに比べて己の背丈ときたら……。
それを悔しがって、亜弓は呉の腕を地味に抓り攻撃する。
「馬鹿、いてぇ。……――しかし、妙だな。あの子供、……妖術かけたのに」
「効きにくいんじゃない? あ、ほら、親が白雪だし――」
「……――ちょっと待ってろ」
呉は亜弓をぽいっと投げ出して、蓮見の元へ歩む。
蓮見は、呉を見つめ、きょとんとしている。呉は、簡単な数式を唱える。
「う?」
「真似しろ」
「……シチョ…? シチョ」
本当は、シチョ・ブリエールという呪の言葉なのだが、それを蓮見は未完成ながらも、数式を見事唱えたのか、そこに光りが一つほんわりと出来上がる。
この数式は明かりを点す数式――その割りには立派な明かりが点った。これは妖術師の中くらいのレベルの技だ。それを、こんな幼子が?
(こいつ……もしかして……。そうか、親が確か妖術師と妖仔だから……)
その隙を見計らって、呉が眠りにつく数式を唱えたのは亜弓。
ついでにぐずらないように蓮見にも眠って貰って、亜弓はごめん、と二人に謝り、そこから抜けだし、恐らく捕らえられているだろう陽炎を探しに行く――。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
闇に咲く花~王を愛した少年~
めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を
虜にするのだ-
国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。
都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。
その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて
いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。
しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。
翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。
ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。
翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。
はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる