【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第三部――序章 滑稽な次期王の一人きりによる懺悔劇

第四話 祈りの理解

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 陽炎は部屋を荒らしていた。隠された円形剣や鉄扇を探しているのではなく、ただ八つ当たりを部屋にしているだけだ。
 かつての蟹座のように、物に当たり憂さを晴らし、その後で疲れたら、ああーっと叫び、色んな物が散らかってるベッドに横たわる。


「何だよ! 何で!? 何で十二宮の奴ら、隠れやがって!」
「隠れてるんじゃない、隠されて居るんだ。あいつの呪いでな」
 蟹座は苛立たしげに飾ってあった花をばっさりと切り刻んでやっても気は晴れず、渋い顔のまま陽炎を見ようともせず答えた。
 陽炎は、ベッドの上で足をじたばたとさせて、くそーっとこの三年間で口癖になった悪態をついて、少し大人しくなり、黙り込み、天蓋の天井を見つめる。

「……お前は変わらないんだな」
「何がだ?」
「――この三年間、俺も、鴉座も黒雪に対して、少し怯えが出てるのに、お前だけは……」
「……――何を聞いた」
 先ほどの会話の記憶があるのだろうか、少し蟹座は固まりながらも視線だけは流れるように陽炎へ向ける。
 陽炎は上半身を起こして、眼鏡を掛け直して、頬杖を膝に付く。


「何も聞いちゃいねぇよ。態度見てりゃ、お前が誰に対しても偉そうだなぁって思っただけ」
「……――お前は、俺が誰かに頭を下げる姿でも目にしたいか?」
 それを口にすると陽炎は、噴き出してげらげらと笑うので、蟹座は少し柔らかな笑みを浮かべる。気づかれないように。この主人と来たら、酷いことに己が世間的には優しいと言われる類の表情をすると似合わないと、真顔で怯えるのだ。
 げらげらと笑った後に、陽炎はため息をつき、苦笑を浮かべる。


「でも見たくなくても、頭を下げなきゃいけない光景を目にしなきゃいけない奴が居るんだよな」
「柘榴か」
「……――うん」
 陽炎は柘榴の話となると、何処か遠い物を見つめるような、此処にある物は全て目にしていないような目をして、言葉を続ける。

「専用妖術師に間に合ったとする。間に合ったら、それはつまり王族に頭を下げる――そして雇用主に、忠誠の証として手の甲に口づけ――」
「その時に愛してるとでも口にしてしまえば、殺せるのにな。お前、夜に王宮図書室に入って調べたんだろう? ガンジラニーニというものを」
 その単語を出せば陽炎は此方の世界へ帰ってきて、はっとして、蟹座へ顔ごと向けて、片手をダメだと言わんばかりにふる。
 それはつまり教えないと言うことで、蟹座は、片眉をつり上げて、ほう、と陽炎へ歩み寄る。


「陽炎、もうこの三年間で思い知ってると思うがな――この城でお前の味方は、オレとあの闇鳥しか居ない。新しい星座などあてに出来ん。だからオレはお前を全力で守っている。お前も全面的にオレを信頼しろ。鴉もそうだ、人間嫌いになったあいつがわざわざ城中のメイドから女騎士、乳母にまで口説いたり優しく接しているのは情報収集という誰も出来ない役目を補い、お前の助け船となるためだ。過去のオレ達を許せとは言わない。だがな、――もういい加減信頼して、柘榴のことを言え」
「……――だって、お前らは柘榴のこと嫌いだから…」
「安心しろ、世界で一番殺したい奴の第一位は、オレ達にとって厚化粧になったから」
 蟹座はそう言って陽炎の隣に座り、あやすように頭をぎこちなく撫でてやる。
 鴉座のように自然に出来ないことがもどかしくて、優しく撫でようと最初は思ったが苛立ち、わしゃわしゃと撫でた。撫でると言うより、髪の毛をかき混ぜた。
 陽炎は、髪の毛がぐしゃぐしゃになっても気にせず、前髪だけ整えて、蟹座に悪いな、と口にする。

「何がだ」
「鴉座が側に居ないから、寂しがり屋のオレに鴉座の役目までお前にさせてさ?」
 ――陽炎は、蟹座が優しく接するときは鴉座が居ないから、代役としてだと思った。
 それを悟った時、蟹座は少しむっとしたので、陽炎の顎をつかみ、己へ向けさせて、彼の夜を赤と青の己で独占する。彼の夜を、赤と青色で一杯にする。

「いいか、陽炎。オレはそこまで器用じゃない。お前が必要としていることをしてやりたいときや、普通に愛でてやりたいという時が――オレにだってあるんだ」
「……――いがぁい」
「陽炎、頼むから少しはオレがお前に対して抱く感情を考えてくれ。考えると約束しただろうが、この悪党が」
「かもな。俺はお前より悪党だ。だって、――お前に対する感情に怯えがまだあるからね、何処か本気で考えられないんだ。鴉座も――怖いよ。どれも認めたら、怖いよ。一番怖いのは、逃げることが癖になった俺……――。いつから、なんだろうな。いつもいつも、お前らを頼ってばかりでさ、肝心なときは怯えて隅で隠れて。黒雪に何かをされても、覚えては居ない。今も――新しい星座は、黒雪にきっと何かをされて怯えてるだろうに。可哀想に――……」
 陽炎は少し俯き加減に言葉を徐々に弱くしていくと、蟹座はまじまじと見やり、目を細める。
 認めるのが怖いというのは、多分、あれほどノンケノンケと騒いでいた己が実はバイかもしれないということを認めることだろうと蟹座は推測する。
 部屋の窓にばさばさという鳥の羽ばたく音が聞こえたかと思うと、蟹座手を離せと、懐かしく厳格な声が聞こえた。
 蟹座は思わずその声に反応し手を離し、陽炎は立ち上がり、窓へ目を向ける。
 窓際には――髪の伸びた白い知性の塊、鷲座が居た。背は相変わらず小さいまま。
 鷲座は、淡々とした表情で蟹座に言葉だけでベッドから退かせて、陽炎へそれから視線を向ける。


「一番可哀想なのは君だ。自覚しなさい。――長らく、お待たせしました。それだけをお伝えしに此処へ」

 鷲座はそれを伝えると、蟹座へ視線を向けて、睨み付けてから、陽炎へ視線を戻す。
 陽炎は懐かしさから現実へ戻り、鷲座の名をあげるのを我慢しながらも、感極まり抱きつこうとしたが、鷲座は珍しく大声で、触れてはなりません、と己から接触を拒否した。
 あの陽炎が、思い人が抱きつこうとしているのに。

「小生と君が触れてしまえば、小生の妖仔の気配が君に染みついて、あの憎たらしい馬鹿にばれてしまう。そう、あの方に教わりました。今もばれてるかもしれませんけれど――」
「……そうか。結構危険だったんだな。蟹座、蟹座、じゃあそこの机に俺のカメオ置いてよ。母様から貰ったんだよ、母様のだって。それ持って行けよ。なぁ、久しぶりに……ッ本当に久しぶりに……」
 震える声で言葉を紡げない陽炎に、鷲座は厳しく接せられなかった。
 本来ならば、時間がないのだから用件は手短にと言えるのに。
 それは、長年思い人と会えなかった故の甘さか……鷲座は思わず、笑みを漏らして、ただ言葉の先を相手に出させるのを待つ。
 陽炎は、相手が待ってくれているのを分かりながら、必死に紡ぐ。泣きはしない。
 泣くのは、全てが終わってからだと決めたのだから――。

「久しぶりに、会えたんだから」
「そうですね。……陽炎どの、小生はね、君の物を持って君をいつも思いたい。君は今日何をしているだろうか、君は今日何を考えているだろうか。それに必要なのは、君が持つ物」
「じゃあ、ほらカメオを……」
「――だがこの国のものならば欲しくはない。それに何より君が持つ物に、小生は偽物でもそれが繋がりの証だと信じられる、そういうものがある。だから今日までやってこれた」
「――……え」
 鷲座は翼を背中に出し、徐々に獣化しながらも思念で陽炎と蟹座へ言葉を贈る。



 “仕組みのないプラネタリウム。あれで、小生は君を何時の日も思える。先ほど蟹座の気持ちを考えるとか聞こえたが、もしや星座の気持ちを受け取るつもり? ならば、その中に、小生を入れて欲しいですね。今日まで耐えてきた我慢賞ですよ――それでは、また何時の日かお会いしましょう。その時は、今日みたいに感情を露わにさせないよう気をつけさせろ、蟹座。次に会うときは――知人か、他人のどちらかだ”

 鷲は思念を残すと、窓から飛び立ち、一声も鳴かず、すぐに空へと戻る。
 陽炎は窓へとつんのめりそうになりながらも、駆け寄り、その背中を鷲の姿が粒になっても視線で追いかけ続ける。
 陽炎の肩が震えている。でもそれは悲しみではないので、抱き寄せて慰めたり、口説いたりしていいわけではない。
 ただ何時までも驚いているのに嬉しげな陽炎に、少し微笑ましくなってしまう。

「――三年、無駄にならずに済みそうだ」
「だなぁ。待たせてくれたぜ、本当にさ?! ……ッ新しい星座が、信じられなくても、俺たちにはまだ星座が沢山沢山、味方が沢山沢山いるじゃあないか!」
「――……そうだな、夜空の神がそう言うのなら、そうなんだろう」
「? どうしたんだよ、お前が神だの何だの口にするなんて」
「さぁな。自分でも判らん。ただ今は――、今なら何となく判る気がするんだ」
 蟹座と陽炎は綺麗に夕焼けに染まっていくまでその空を眺め続けていた。


(奇跡、とか神、とかに縋ったり、祈ったりする奴の気持ちが、少しはな――。なぁ、この城で隠れてる信仰心の塊の馬鹿。お前を昔、罵ったことを、少しは謝ってやってもいいかもしれん。神よ、我が神よ――なんて、オレはばかばかしいこと口にはせんが。気配はしなくても、祈りは聞こえるんだ――……五月蠅いお前の神への祈りがな)

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