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第七章 スキャンダル
8.アンヌ=マリー
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翌日、私はガレアッツォ翁と共に陛下の寝室へ、食事を携えて赴いた。
陛下は仰臥位から座位を取れるようになってきており、私を見て顔をほころばせた。
「今日は殊の外、気分が良いのだよ」
陛下は反対側のベッドサイドにいる王妃様の手を優しく叩きながら言った。
王妃様も明るく穏やかな表情を浮かべている。
陛下ご夫妻は本当に仲が良い。
昔はご愛妾などもいたそうだけれど、今はお互いを尊重し、敬愛しているのが判る。
羨ましいな…
私は二人の姿に羨望を覚える。
私にはきっと、望んでも一生手に入らないものだろう。
王太子がどのような理由があってもアンヌ=マリーを手放すとは思えない。
何しろ、あのバルバストル公爵の令嬢だ。
アンヌ=マリーを掌中に収めておけば、自動的に公爵の権力の一端も手に入るというものだ。
それに…
たまに漏れ聞こえてくる噂では王太子とアンヌ=マリーはとてもラブラブのようだ。
私をこれだけ蔑ろにして(結婚して4か月以上経つのに数えるほどしか会ったことがない)平気なのは、そういうことなんだろうな。
私は、邪魔者の妃だってこと。
馬に蹴られて云々、って感じね。
『必ずそなたを今のような日陰の存在のままにはしないから』
あれは…まあ、男の人によくありがちな「そん時はそう思った」ってとこなんだろうな。
ガチで信じないほうが身のためだわね。
私は沸き上がってきた悲しい気持ちを押し殺し、笑顔で陛下に近づく。
「陛下、ご機嫌麗しく遊ばし、何よりでございます。
今日は、司厨長特製のリゾット、でございますわ。
ガレアッツォ翁や王妃様の故郷の料理で、鶏卵も入っておりますので、食べやすく消化も良く栄養価も高いです。
少しでも召し上がれると良いのですが…」
私が小姓から椀を受け取り、王妃様に差し出そうとした、その時。
扉の外が騒がしくなり、誰かの甲高く癇癪を起こしたような声、制止する声、が入り混じって扉がバタンと音を立てて大きく開けられ、なだれ込むように人々が入ってきた。
「陛下の御前であるぞ!」
侍従長が大声を上げる。
陛下のベッドの周りを守っている近衛兵たちが、さっと剣や槍を構えて有事に備える。
「陛下ぁ~!」
と甘えたような声で走り寄ってきたのは、結婚式後の披露宴で会った(というか一方的に睨まれた)アンヌ=マリーだった。
今日も美しいわぁ。。。
光り輝く金髪を細かくカールして結い上げ、大ぶりのリボンで可愛らしく縁取っている。
あれ、小顔効果ありそう。
だけど、華やかで派手な顔立ちのアンヌ=マリーだから似合うけど、貧相な私がやってもアクセサリーに負けちゃうな。
そんなことを考えて呆然として立っている私を押しのけて、アンヌ=マリーは陛下のベッドサイドに跪く。
私は持っている椀が傾いて危なくこぼしそうになり、慌てて態勢を立て直した。
「陛下、お起きになれるのですわね!
良かったわ、わたくし心配いたしましたのよ」
子猫のように陛下の手に顔をすりつけ、可愛らしく上目遣いに陛下を見上げる。
「なんだか最近、異国の女が陛下に怪しげな術を施しているってフィリーから聞いて…
心配で居ても立ってもいられず、お助けしなければって思って、ひとりで参りましたのよ」
そう言って振り返り、私をギッとその大きな瞳で睨みつける。
異国の女が怪しげな術を施している…
そうか、そんな風に思ってるのか、王太子は。
じゃあ、あの贈り物は、手紙は、何だったんだろう。
走り書きの雑な手紙だったけど、とても嬉しかったのに。
自分でも気づかぬうちに涙が頬を伝って椀を持った手にぽとりとこぼれる。
椀を持っているので拭うこともできずに、私は慌ててうつむいた。
「それは違う。
リンスターと、そこにいるガレアッツオのお陰で、朕は永らえることができている。
リンスター、そのリゾットとやらをもらおう。
とても良い香りが漂っていて、腹が鳴りそうだ」
「陛下、ガレアッツオの故郷はわたくしの故郷でもあります。
懐かしいですわ…
さ、リンスター、椀をくださいな、冷めてしまうわ」
陛下と王妃様が優しく声をかけてくれる。
私はうつむいたまま、王妃様に椀を差し出した。
陛下に背を向けた私の背を、ガレアッツォ翁が優しく撫でてハンカチを渡してくれる。
私は受け取って涙を拭いた。
「ありがとう…」
「殿下はそんなこと思っておりませんよ。
お気になさらずに」
私よりわずかに背の高いガレアッツォ翁は囁いて、私の顔を覗き込み、いつもの穏やかな表情で笑った。
陛下は仰臥位から座位を取れるようになってきており、私を見て顔をほころばせた。
「今日は殊の外、気分が良いのだよ」
陛下は反対側のベッドサイドにいる王妃様の手を優しく叩きながら言った。
王妃様も明るく穏やかな表情を浮かべている。
陛下ご夫妻は本当に仲が良い。
昔はご愛妾などもいたそうだけれど、今はお互いを尊重し、敬愛しているのが判る。
羨ましいな…
私は二人の姿に羨望を覚える。
私にはきっと、望んでも一生手に入らないものだろう。
王太子がどのような理由があってもアンヌ=マリーを手放すとは思えない。
何しろ、あのバルバストル公爵の令嬢だ。
アンヌ=マリーを掌中に収めておけば、自動的に公爵の権力の一端も手に入るというものだ。
それに…
たまに漏れ聞こえてくる噂では王太子とアンヌ=マリーはとてもラブラブのようだ。
私をこれだけ蔑ろにして(結婚して4か月以上経つのに数えるほどしか会ったことがない)平気なのは、そういうことなんだろうな。
私は、邪魔者の妃だってこと。
馬に蹴られて云々、って感じね。
『必ずそなたを今のような日陰の存在のままにはしないから』
あれは…まあ、男の人によくありがちな「そん時はそう思った」ってとこなんだろうな。
ガチで信じないほうが身のためだわね。
私は沸き上がってきた悲しい気持ちを押し殺し、笑顔で陛下に近づく。
「陛下、ご機嫌麗しく遊ばし、何よりでございます。
今日は、司厨長特製のリゾット、でございますわ。
ガレアッツォ翁や王妃様の故郷の料理で、鶏卵も入っておりますので、食べやすく消化も良く栄養価も高いです。
少しでも召し上がれると良いのですが…」
私が小姓から椀を受け取り、王妃様に差し出そうとした、その時。
扉の外が騒がしくなり、誰かの甲高く癇癪を起こしたような声、制止する声、が入り混じって扉がバタンと音を立てて大きく開けられ、なだれ込むように人々が入ってきた。
「陛下の御前であるぞ!」
侍従長が大声を上げる。
陛下のベッドの周りを守っている近衛兵たちが、さっと剣や槍を構えて有事に備える。
「陛下ぁ~!」
と甘えたような声で走り寄ってきたのは、結婚式後の披露宴で会った(というか一方的に睨まれた)アンヌ=マリーだった。
今日も美しいわぁ。。。
光り輝く金髪を細かくカールして結い上げ、大ぶりのリボンで可愛らしく縁取っている。
あれ、小顔効果ありそう。
だけど、華やかで派手な顔立ちのアンヌ=マリーだから似合うけど、貧相な私がやってもアクセサリーに負けちゃうな。
そんなことを考えて呆然として立っている私を押しのけて、アンヌ=マリーは陛下のベッドサイドに跪く。
私は持っている椀が傾いて危なくこぼしそうになり、慌てて態勢を立て直した。
「陛下、お起きになれるのですわね!
良かったわ、わたくし心配いたしましたのよ」
子猫のように陛下の手に顔をすりつけ、可愛らしく上目遣いに陛下を見上げる。
「なんだか最近、異国の女が陛下に怪しげな術を施しているってフィリーから聞いて…
心配で居ても立ってもいられず、お助けしなければって思って、ひとりで参りましたのよ」
そう言って振り返り、私をギッとその大きな瞳で睨みつける。
異国の女が怪しげな術を施している…
そうか、そんな風に思ってるのか、王太子は。
じゃあ、あの贈り物は、手紙は、何だったんだろう。
走り書きの雑な手紙だったけど、とても嬉しかったのに。
自分でも気づかぬうちに涙が頬を伝って椀を持った手にぽとりとこぼれる。
椀を持っているので拭うこともできずに、私は慌ててうつむいた。
「それは違う。
リンスターと、そこにいるガレアッツオのお陰で、朕は永らえることができている。
リンスター、そのリゾットとやらをもらおう。
とても良い香りが漂っていて、腹が鳴りそうだ」
「陛下、ガレアッツオの故郷はわたくしの故郷でもあります。
懐かしいですわ…
さ、リンスター、椀をくださいな、冷めてしまうわ」
陛下と王妃様が優しく声をかけてくれる。
私はうつむいたまま、王妃様に椀を差し出した。
陛下に背を向けた私の背を、ガレアッツォ翁が優しく撫でてハンカチを渡してくれる。
私は受け取って涙を拭いた。
「ありがとう…」
「殿下はそんなこと思っておりませんよ。
お気になさらずに」
私よりわずかに背の高いガレアッツォ翁は囁いて、私の顔を覗き込み、いつもの穏やかな表情で笑った。
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