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第七章 スキャンダル
9.元気の出るお菓子
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「陛下ぁ、そんな異国の女が持ち込んだ怪しいもの、召し上がらないほうが宜しいですわ。
わたくしお菓子を持ってまいりましたのよ」
アンヌ=マリーは舌足らずな調子で言い、両手に載せた何かを陛下の前に差し出す。
「これはねえ、限られた人にしかあげちゃいけないって言われていますの。
とても元気が出るお菓子なんですのよ、甘くて美味しいの。
フィリーもスレイマン皇子も、とても元気が出るって言ってて…
陛下には特別に差し上げますわ、お元気になっていただきたいから」
私の横にいたガレアッツォ翁の顔色が変わり、表情が険しくなる。
しかし、アンヌ=マリーの方へ振り向いたときには、いつもの好々爺然とした笑顔になっていた。
「…陛下には、まだ少しお早いかと存じますよ。
私のような年寄りは、いつも元気が出ないので、ぜひいただきたいですな。
私は甘いものに目がなくて…特別なお菓子などと聞きますと、非常に興味があります。
味わってみたいものです」
アンヌ=マリーは胡散臭そうにガレアッツォ翁を眺めて言う。
「…あなたみたいなお爺ちゃんが、あんまり元気になっちゃってもね…
お相手がいないでしょう?」
ガレアッツォ翁は大袈裟に驚いてみせる。
「なんと、お嬢様は昨今の年寄りの事情をご存知ないのでしょうか?
盛んな人もおるのですよ」
アンヌ=マリーははっきりと嫌悪の表情を浮かべ「そうね」と吐き捨てる。
「女好きのオランド枢機卿も、このお菓子を欲しがっていて…
わたくしのことも狙っていたのよ、この、アンヌ=マリー・ドゥ・バルバストルを!
気持ち悪いったらないわ、年取って太っていて頭は薄くなっていて、いつも脂ぎっていて口も臭くて」
いきなり声を荒らげ、地団駄を踏むような感じで怒り出したアンヌ=マリーを、私は唖然として見つめる。
苦笑した様子の陛下が「そなたは、いつも他人に厳しい」と呟いた。
「では、お医師の許可が出たら食べるから、ひとつもらおうか」
アンヌ=マリーはころっと表情を変え、にっこり笑って両手の中のものを陛下の手に落とした。
「そのような変なものは召し上がるのはお止めになって、このお菓子を召し上がってくださいね。
わたくし、陛下がお元気になることを、日夜神様にお祈りしておりますのよ」
「そうか、ありがとう。
…朕は疲れたから、少し休みたい」
陛下は咳き込む。
慌てたように王妃様が陛下の手からお菓子を受け取った。
侍従長が陛下の背に手を差し入れて横にならせる。
アンヌ=マリーは「お大事になさってね、また来ますわ」と言って、満足げに部屋を後にした。
私のことを横目で見て、フンと鼻で笑う。
私も辞そうとしたが、ガレアッツォ翁に袖を引かれた。
見ると少し笑って唇に指をあてている。
あ…今のは、演技?
私は振り向いて陛下のベッドを見る。
陛下は元通り、座位に戻っていた。
「ガレアッツオ、これへ」
「はい」
ガレアッツォ翁は王妃様に近づき、恭しく王妃様からお菓子を受け取る。
「そなたの身に危険が及ばぬと良いが…」
陛下が気遣わしげに言う。
「大丈夫でございます。
わたくしは、その気になれば各国からそれぞれ一個大隊くらいの騎士兵士は動員できますので。
大公爵様とて、手出しはできませぬよ」
「さようであったな。
そなたが味方で、本当に良かった」
そう言って、陛下は今度は本当に疲れたように息を吐き、王妃様の手を借りて横になった。
「朕の手で、この国を変えたかった…
こんなに早く、命が尽きてしまうとは…口惜しくてならぬ。
フィリベールが、なんとか変えてくれることを祈るばかりだ」
大きくため息をついて、私を見た。
悲しみと慈しみの綯い交ぜになった深いブラウンの瞳が私を捉える。
「リンスター、フィリベールを誤解しないで欲しい。
今はどうしても必要があって、あのように振る舞っているが…」
そこで言葉を切って、少し微笑んで言った。
「朕はリンスターが我が国に嫁してきてくれて、本当に嬉しく思っている。
最初は、こちらが無理を通したとは申せ、第2王女を寄こすとは…と些か苦く思っていたのだが…
そなたは自力でこの国にしっかりと根を下ろした。
朕や王妃、フィリベールの思いもよらなかった方法で」
そこで少し苦しそうに息継ぎして、弱まった声で話す。
「リンスター…
フィリベールを、そしてこのルーマデュカを頼む。
そなたにしか頼めない」
「陛下、あまりご無理なさらないでくださいまし」
陛下の手を握って、王妃様が心配そうに言う。
そして顔を上げて、私に微笑みかける。
「フィリベールから口止めされていたんだけど…
あの子、あれで結構な照れ屋だから。
さっき、アンヌ=マリーの心無い言葉に涙したリンスターがあまりに可哀想だったから、教えてあげちゃうわ」
「フィリベールがわたくしたちの前でリンスターをなんて呼んでいるか判る?
秋頃は『私の案山子姫』って言っていたのよ。
最近では『私のカスタード姫』って」
陛下と二人で笑いあう。
なんですってぇ~~!
アイツっ!
なんて失礼なっ!
陛下と王妃様の御前でなかったら、一発殴りに行ってるわ!
ガレアッツォ翁は苦笑して「あーあ、バラしてしまって…。殿下に怒られますぞ」と肩を竦めた。
「え…あなたも知ってたの?」
私が驚いて問うと「もちろんです」とウィンクする。
何なのよ、皆して私をからかって!
そう怒りながらも、私の心は温かいもので満ちていた。
わたくしお菓子を持ってまいりましたのよ」
アンヌ=マリーは舌足らずな調子で言い、両手に載せた何かを陛下の前に差し出す。
「これはねえ、限られた人にしかあげちゃいけないって言われていますの。
とても元気が出るお菓子なんですのよ、甘くて美味しいの。
フィリーもスレイマン皇子も、とても元気が出るって言ってて…
陛下には特別に差し上げますわ、お元気になっていただきたいから」
私の横にいたガレアッツォ翁の顔色が変わり、表情が険しくなる。
しかし、アンヌ=マリーの方へ振り向いたときには、いつもの好々爺然とした笑顔になっていた。
「…陛下には、まだ少しお早いかと存じますよ。
私のような年寄りは、いつも元気が出ないので、ぜひいただきたいですな。
私は甘いものに目がなくて…特別なお菓子などと聞きますと、非常に興味があります。
味わってみたいものです」
アンヌ=マリーは胡散臭そうにガレアッツォ翁を眺めて言う。
「…あなたみたいなお爺ちゃんが、あんまり元気になっちゃってもね…
お相手がいないでしょう?」
ガレアッツォ翁は大袈裟に驚いてみせる。
「なんと、お嬢様は昨今の年寄りの事情をご存知ないのでしょうか?
盛んな人もおるのですよ」
アンヌ=マリーははっきりと嫌悪の表情を浮かべ「そうね」と吐き捨てる。
「女好きのオランド枢機卿も、このお菓子を欲しがっていて…
わたくしのことも狙っていたのよ、この、アンヌ=マリー・ドゥ・バルバストルを!
気持ち悪いったらないわ、年取って太っていて頭は薄くなっていて、いつも脂ぎっていて口も臭くて」
いきなり声を荒らげ、地団駄を踏むような感じで怒り出したアンヌ=マリーを、私は唖然として見つめる。
苦笑した様子の陛下が「そなたは、いつも他人に厳しい」と呟いた。
「では、お医師の許可が出たら食べるから、ひとつもらおうか」
アンヌ=マリーはころっと表情を変え、にっこり笑って両手の中のものを陛下の手に落とした。
「そのような変なものは召し上がるのはお止めになって、このお菓子を召し上がってくださいね。
わたくし、陛下がお元気になることを、日夜神様にお祈りしておりますのよ」
「そうか、ありがとう。
…朕は疲れたから、少し休みたい」
陛下は咳き込む。
慌てたように王妃様が陛下の手からお菓子を受け取った。
侍従長が陛下の背に手を差し入れて横にならせる。
アンヌ=マリーは「お大事になさってね、また来ますわ」と言って、満足げに部屋を後にした。
私のことを横目で見て、フンと鼻で笑う。
私も辞そうとしたが、ガレアッツォ翁に袖を引かれた。
見ると少し笑って唇に指をあてている。
あ…今のは、演技?
私は振り向いて陛下のベッドを見る。
陛下は元通り、座位に戻っていた。
「ガレアッツオ、これへ」
「はい」
ガレアッツォ翁は王妃様に近づき、恭しく王妃様からお菓子を受け取る。
「そなたの身に危険が及ばぬと良いが…」
陛下が気遣わしげに言う。
「大丈夫でございます。
わたくしは、その気になれば各国からそれぞれ一個大隊くらいの騎士兵士は動員できますので。
大公爵様とて、手出しはできませぬよ」
「さようであったな。
そなたが味方で、本当に良かった」
そう言って、陛下は今度は本当に疲れたように息を吐き、王妃様の手を借りて横になった。
「朕の手で、この国を変えたかった…
こんなに早く、命が尽きてしまうとは…口惜しくてならぬ。
フィリベールが、なんとか変えてくれることを祈るばかりだ」
大きくため息をついて、私を見た。
悲しみと慈しみの綯い交ぜになった深いブラウンの瞳が私を捉える。
「リンスター、フィリベールを誤解しないで欲しい。
今はどうしても必要があって、あのように振る舞っているが…」
そこで言葉を切って、少し微笑んで言った。
「朕はリンスターが我が国に嫁してきてくれて、本当に嬉しく思っている。
最初は、こちらが無理を通したとは申せ、第2王女を寄こすとは…と些か苦く思っていたのだが…
そなたは自力でこの国にしっかりと根を下ろした。
朕や王妃、フィリベールの思いもよらなかった方法で」
そこで少し苦しそうに息継ぎして、弱まった声で話す。
「リンスター…
フィリベールを、そしてこのルーマデュカを頼む。
そなたにしか頼めない」
「陛下、あまりご無理なさらないでくださいまし」
陛下の手を握って、王妃様が心配そうに言う。
そして顔を上げて、私に微笑みかける。
「フィリベールから口止めされていたんだけど…
あの子、あれで結構な照れ屋だから。
さっき、アンヌ=マリーの心無い言葉に涙したリンスターがあまりに可哀想だったから、教えてあげちゃうわ」
「フィリベールがわたくしたちの前でリンスターをなんて呼んでいるか判る?
秋頃は『私の案山子姫』って言っていたのよ。
最近では『私のカスタード姫』って」
陛下と二人で笑いあう。
なんですってぇ~~!
アイツっ!
なんて失礼なっ!
陛下と王妃様の御前でなかったら、一発殴りに行ってるわ!
ガレアッツォ翁は苦笑して「あーあ、バラしてしまって…。殿下に怒られますぞ」と肩を竦めた。
「え…あなたも知ってたの?」
私が驚いて問うと「もちろんです」とウィンクする。
何なのよ、皆して私をからかって!
そう怒りながらも、私の心は温かいもので満ちていた。
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