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第七章 スキャンダル
7.オーギュスト・ドゥ・ドゥラクロワ子爵
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それから陛下の容態について話し(クリスティーヌとドゥラクロワ子爵には誰にも話さないと約束してもらった)、会議が終わったのは深更になってからだった。
やれやれ、今日はいろんな話を聞いて疲れたわ、と思いながら寝室でグレーテルに髪を解いてもらい、着替えをする。
少し甘くしたお茶でも飲んで寝ようかな、読みかけの本が居間にあったわ。
思い出して居間に行くと、ドゥラクロワ子爵がにこやかにクラウスと話していてびっくりする。
やだ…誰よ通したの。
言ってよ~こんな格好で恥ずかしいじゃないの。
「すみません、一言だけ、お伝えしたくて…
城の中の秘密の通路を通って、この部屋の向かい側に出て戻ってきました」
ドゥラクロワ子爵は駆け寄ってきて私の両手を握りしめる。
「私は…今までおこがましくも、リンスター様に想いを寄せてきました。
初めてお会いした時から、あなたの聡明さ思慮深さ清楚な立ち居振る舞い、そして好奇心旺盛で何でも楽しむ明るい性格に強く惹かれました。
私が今までに出会ったことのない女性だった。
フィリベール殿下、ジェルヴェ殿下、そして異国の皇子殿下とライバルは多いけれど、お傍に侍って想っていればいつかは…と夢を見ていました」
突然、まくしたてるように告白され、私は頭の中が真っ白になって手を握られたまま硬直する。
ドゥラクロワ子爵は泣き出す前のような切ない表情で私の顔を覗き込む。
「しかし今日、先ほど会議に混ぜていただいて痛感いたしました。
リンスター様の明晰な頭脳や凄まじいほどの行動力、とても私ごときが思いを寄せるのは分不相応な雲の上のお方だと。
ガレアッツォ様やジェルヴェ殿下と対等以上にお話しなさる姿は、女神のようで、眩しくて直視することさえ憚られる」
いや…そんな…美辞麗句すぎて、照れることも忘れるわ。
事態が全然飲み込めない。
「何…どうなさったの…」
とか、マヌケな質問を繰り返す。
きっと私の顔もさぞマヌケに見えていることだろう。
「私は、妃殿下の僕となり、どこまでもあなたにお仕えいたします!
どうぞ、お傍に置いてください」
片膝を床について、私の右手の指先に唇を触れた。
すごい…なんて言うか…
お姫様みたい。
いや、元、姫で今は妃なんだけども。
若い男性にこんなふうに傅かれたことなんてない!
物語の中のお姫様のよう。
つい、うっとりしてしまった私を見上げて「…オーギュストとはお呼びいただけませんか」とやるせない表情で見上げて小さく訊く。
私は困って目を上げる。
王太子には年末に文句言われたし…
ジェルヴェといい、ソロモンといい、何で男の人ってこんなにファーストネームで呼び合いたがるんだろう…
部屋の隅にいて様子をうかがっているクラウス、侍女たちと目が合う。
私同様、うっとりと表情をほころばせている者、苦笑している者、反応はさまざまだ。
クラウスは何故か楽しそうに笑って、ウィンクなんかしてみせる。
クラウスはこの国に来て、本当に変わった。
メンデエルにいたころは私以外の人間には決して心を開かず、誰とも口も利かなかった。
私とでさえ、殆どが腹話術でまともに向かい合って話したことなどあまりない、真正の人嫌いだった。
まあ、彼の障碍や生い立ちを考えれば無理もないけれど…
そのクラウスがこんなふうに毎日笑っていろんな人と交流して、才能を認められて尊重されている。
それは誰のお陰でもない、彼自身の今までの努力によるものだ。
この国に来て、良かった。
クラウスも、そして私も。
私はクラウスにウィンクを返し「…オーギュスト、顔を上げて」と促す。
私の両手を握ってその手に祈るように額をつけていたオーギュストは顔を上げ「はい、何でしょう、リンスター王太子妃殿下」と恭しく言った。
「わたくしはこの国で、今はあまりにも小さな存在で、味方と呼べる人は本当に少ないの。
これから先、わたくしが王妃になったらオーギュストやジェルヴェ、クリスティーヌに助けて欲しいと切に思っています。
僕などではなく、大切な友人として、末永くわたくしを支えてください」
私がオーギュストの上に屈むようにして言うと、オーギュストは感激したように涙ぐんで「畏まりました、リンスター妃殿下。いつまでも、私はあなたのお味方です」と言ってまた指先にキスをした。
後になって思い返してみると、この日、オーギュストとの会話が私のその後に大きく影響を与えたのだ。
それまで私は、この国に姉の代理で嫌々嫁してきた、お客さんのような気持ちでいた。
夫である王太子は私の存在など無視して愛妾と勝手に楽しくやっているのだから、私だって二人の邪魔はしないんだし勝手に楽しく暮らして良いはずだと。
だけどこうやってこの国の人々と交流し、心を通わせることができた今は、宮廷内にはびこる黒い噂や悪い慣習を無視していてはいけないと思うようになっていた。
王太子が王になったら、私も否応なく王妃になる。
私が王を援けて、この国を統べていかなければ。
そう決意する私の前に立ちはだかったのは、あまりにも大きな存在だった。
「逆らうな」と王太子に言われた、あの、筆頭公爵。
やれやれ、今日はいろんな話を聞いて疲れたわ、と思いながら寝室でグレーテルに髪を解いてもらい、着替えをする。
少し甘くしたお茶でも飲んで寝ようかな、読みかけの本が居間にあったわ。
思い出して居間に行くと、ドゥラクロワ子爵がにこやかにクラウスと話していてびっくりする。
やだ…誰よ通したの。
言ってよ~こんな格好で恥ずかしいじゃないの。
「すみません、一言だけ、お伝えしたくて…
城の中の秘密の通路を通って、この部屋の向かい側に出て戻ってきました」
ドゥラクロワ子爵は駆け寄ってきて私の両手を握りしめる。
「私は…今までおこがましくも、リンスター様に想いを寄せてきました。
初めてお会いした時から、あなたの聡明さ思慮深さ清楚な立ち居振る舞い、そして好奇心旺盛で何でも楽しむ明るい性格に強く惹かれました。
私が今までに出会ったことのない女性だった。
フィリベール殿下、ジェルヴェ殿下、そして異国の皇子殿下とライバルは多いけれど、お傍に侍って想っていればいつかは…と夢を見ていました」
突然、まくしたてるように告白され、私は頭の中が真っ白になって手を握られたまま硬直する。
ドゥラクロワ子爵は泣き出す前のような切ない表情で私の顔を覗き込む。
「しかし今日、先ほど会議に混ぜていただいて痛感いたしました。
リンスター様の明晰な頭脳や凄まじいほどの行動力、とても私ごときが思いを寄せるのは分不相応な雲の上のお方だと。
ガレアッツォ様やジェルヴェ殿下と対等以上にお話しなさる姿は、女神のようで、眩しくて直視することさえ憚られる」
いや…そんな…美辞麗句すぎて、照れることも忘れるわ。
事態が全然飲み込めない。
「何…どうなさったの…」
とか、マヌケな質問を繰り返す。
きっと私の顔もさぞマヌケに見えていることだろう。
「私は、妃殿下の僕となり、どこまでもあなたにお仕えいたします!
どうぞ、お傍に置いてください」
片膝を床について、私の右手の指先に唇を触れた。
すごい…なんて言うか…
お姫様みたい。
いや、元、姫で今は妃なんだけども。
若い男性にこんなふうに傅かれたことなんてない!
物語の中のお姫様のよう。
つい、うっとりしてしまった私を見上げて「…オーギュストとはお呼びいただけませんか」とやるせない表情で見上げて小さく訊く。
私は困って目を上げる。
王太子には年末に文句言われたし…
ジェルヴェといい、ソロモンといい、何で男の人ってこんなにファーストネームで呼び合いたがるんだろう…
部屋の隅にいて様子をうかがっているクラウス、侍女たちと目が合う。
私同様、うっとりと表情をほころばせている者、苦笑している者、反応はさまざまだ。
クラウスは何故か楽しそうに笑って、ウィンクなんかしてみせる。
クラウスはこの国に来て、本当に変わった。
メンデエルにいたころは私以外の人間には決して心を開かず、誰とも口も利かなかった。
私とでさえ、殆どが腹話術でまともに向かい合って話したことなどあまりない、真正の人嫌いだった。
まあ、彼の障碍や生い立ちを考えれば無理もないけれど…
そのクラウスがこんなふうに毎日笑っていろんな人と交流して、才能を認められて尊重されている。
それは誰のお陰でもない、彼自身の今までの努力によるものだ。
この国に来て、良かった。
クラウスも、そして私も。
私はクラウスにウィンクを返し「…オーギュスト、顔を上げて」と促す。
私の両手を握ってその手に祈るように額をつけていたオーギュストは顔を上げ「はい、何でしょう、リンスター王太子妃殿下」と恭しく言った。
「わたくしはこの国で、今はあまりにも小さな存在で、味方と呼べる人は本当に少ないの。
これから先、わたくしが王妃になったらオーギュストやジェルヴェ、クリスティーヌに助けて欲しいと切に思っています。
僕などではなく、大切な友人として、末永くわたくしを支えてください」
私がオーギュストの上に屈むようにして言うと、オーギュストは感激したように涙ぐんで「畏まりました、リンスター妃殿下。いつまでも、私はあなたのお味方です」と言ってまた指先にキスをした。
後になって思い返してみると、この日、オーギュストとの会話が私のその後に大きく影響を与えたのだ。
それまで私は、この国に姉の代理で嫌々嫁してきた、お客さんのような気持ちでいた。
夫である王太子は私の存在など無視して愛妾と勝手に楽しくやっているのだから、私だって二人の邪魔はしないんだし勝手に楽しく暮らして良いはずだと。
だけどこうやってこの国の人々と交流し、心を通わせることができた今は、宮廷内にはびこる黒い噂や悪い慣習を無視していてはいけないと思うようになっていた。
王太子が王になったら、私も否応なく王妃になる。
私が王を援けて、この国を統べていかなければ。
そう決意する私の前に立ちはだかったのは、あまりにも大きな存在だった。
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