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そして、和平協議へ
123話 吐きそう
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「なにをする、彼女を放せ!」
わたしの側を見てオリヴィエ様は瞠目し、ミュラさんはとっさにわたしを拘束した人にくってかかろうとしました。それをオリヴィエ様が引き留めます。
「ミュラ、多勢に無勢です。ここはおとなしくした方がいい」
わたし、拘束とは言いつつも単に後ろ手にされてつかまれてるだけです。オリヴィエ様がじっとわたしをご覧になったので、ちょっとうなずくと表情がやわらかくなりました。たぶん抵抗するなってことだと思います。ミュラさんは「しかし!」とか言っていましたが、「だいじょうぶです、とりあえず言うこと聞いたほうがいい気がします」とわたしが言うと「聡明なお嬢さんで助かります」と、この集団のリーダーっぽい軍服さんが言いました。
「宰相殿と公使が我々の指示に従ってくだされば、お嬢さんに危害は加えませんよ。いうなれば人質です。あなたたちも拘束させていただく」
他の軍服さんたちがお二人を取り囲んで、わたしと同じように後ろ手に拘束しました。そオリヴィエ様は泰然と、ミュラさんは少し抵抗しつつ悔しそうに。それぞれ両脇に軍服さんがつきます。
で、よくわからないところへ連れて行かれるわけです。でも、どっちの方向なのかはわかります。さっき鶏さんを放した場所とは反対側の斜め方向……たぶん爆発があった場所よりも奥のあたりを目指してる。
「軍曹……あの」
「なんだ」
「鶏が……ついて来ます」
こっこっこっこ。はい。わたし緩拘束されながら最後尾なんですけど。ついてきてますね鶏さん。こっこっこっこ。
リーダー軍曹さん、じっと見たあと「放っておけ」とおっしゃいました。そうですか。こっこっこっこ。
「……いったい、目的はなんなんだ」
様子を窺っていたっぽいミュラさんが、歩きながらリーダー軍曹さんに尋ねました。「ちゃんとお話します。まずは私たちの元へお招きしてからです」とミュラさんを見ずにリーダー軍曹さんはおっしゃいました。
さっぱりわかりません。こんなイベント、グレⅡの中にはなかった。
けれどオリヴィエ様がなにひとつ動揺されていないのが印象的でした。すてきすき。だからわたしも冷静でいられるんですけど。もしかしたら予期されていたのか。だとしたら、なにを。そして、しばらく歩いたのち。
「――ここから先は会話を控えていただけますか。なにを見聞きしてもなにも口にされぬよう。質問には後ほどお答えいたします」
喧騒が近づいてきました。かすかに焦げた臭い。それがだんだん大きく、濃くなっていって、大きな広場へ出たときにそれらすべてが襲いかかってくるかのようでした。見たくないと思いながらも右手側を見上げて、わたしの喉が鳴りました。もうもうと、立ち込める煙、そして嫌な嫌な、臭い。
――あそこ、あの階。……レアさん廊下だ。
煙に因らず涙が出ました。こっこっこっこ。足元を見て、顔を上げるとこちらを振り向いたオリヴィエ様と目が合いました。足が止まりそうになったわたしの右肩をわたしを拘束している軍服さんが、とん、とひとつ叩きます。急かすというよりは励ますようなその仕草に、なんだかよくわからないながらわたしは進みました。こっこっこっこ。黒煙が厚くて被害状況がわからないくらいでした。そりゃあ、鶏さんもびっくりするよね。
「――ペリエ! なにしてる! 手が空いてるならこちらに隊を送ってくれ!」
「要人を安全な場所へと護送中だ! すまないが後ほどそちらに加わる!」
「そうか、失礼した!」
……わたしら護送されてるん……? 絶賛拘束されているが????
もう三十分くらい歩いたでしょうか。東棟はもとより、西棟さえも通り過ぎました。人の気配がほとんどありません。きっとみんな爆発現場に行っているのでしょう。わたしはちょっと遅れ気味に歩いていますが、後ろの軍服さんも鶏さんも急かしたりしませんでした。
見えてきたのは、大きな……あるとは聞いていた施設。きっと一般人は入っちゃいけない場所。保護色なんでしょうか、マディア公爵邸を囲う高い塀と同じ黄土色のレンガブロックで作られています。なので、パッと見はとてもそっけない造りの箱型の建物。に、連れられて入っちゃいました。いいんですかこれ? ――マディア公爵家ヘルガ騎士団の、参謀本部、です。
オリヴィエ様も、ミュラさんも、おとなしくついて行っています。ときどき心配したようにミュラさんがこちらを見てくださいました。ありがとうございます。わたしは元気です。ちなみに鶏さんはさすがに中には入れてもらえませんでした。こっこっこっここけー。すんごい騒いでくれてクロヴィスとかが気づいてくれるのを期待しましたが、さすがにそうは上手く問屋が卸さない感じでしたね。
中に入ると、無人というわけではありませんでした。お水みたいな名前のリーダー軍曹さんが先陣をきって奥へと歩いて行くわけですが、堂々としているからか、みなさん敬礼する程度です。集団移動でもさっきみたいに呼び止められませんでした。で、ひとつの部屋にたどり着いたわけです。
オリヴィエ様とミュラさんは、並んでソファに座らされました。わたしはその後ろの方で、拘束してきた軍服さんを背中に立たされたままです。
「さて、ご足労いただきありがとうございました。あなたがたをこちらにお招きしたのは他でもありません。『私たち』の願いを、ぜひとも聞いていただきたいのです」
お水リーダー軍曹さんが、もったいぶった、いかにも演技臭い調子でそう言いました。わたしにだって、これが『護送』じゃなかったことぐらいわかります。いったいなにが目的なんでしょうか。……歩きながら考えていて、じつはちょっとだけ思い当たることがありました。
あまりにもゲームシナリオとかけ離れ過ぎていて、信じたくなかったけれど。でも、これは現実に起こっていることだから。……こんな風にこじれてしまうことだって、あるのかもしれない。
「その前にお尋ねしたいことがある、レイモン・ペリエ少尉……いえ、こちらでは軍曹とのことでしたか」
「……覚えていてくださっていたとは、望外の喜びでございますよ、宰相閣下。なんでしょうか、伺いましょう」
「メラニー夫人に危害を加えたのは、あなた方か」
わたしもミュラさんも、大きく息を呑みました。そう。わたしも、そう考えた。冷や汗が出てきて、首筋を伝って行きました。そして、ペリエさんだけじゃなくて。
「はい。私たちが成しました」
わたしは声をあげました。自分でも意味がわからない音でした。ミュラさんはびくっとして振り返り、オリヴィエ様は少しだけ、振り向きがちにこちらをご覧になりました。とめどないってこういうときに使う言葉なんでしょうね。泣いたってどうにもならないのに、涙が止まりませんでした。メラニー。メラニー。黒煙がもうもうと立ち込める様子と、嫌な臭い。メラニー! 春になったら友だちに会うんだって言ってた。ちぐはぐなラジオ体操で、体力つけるんだって言ってた。わたしのうしろの軍服さんが、前のめりになるわたしをなだめるように起立させました。――ああ、敵だ。初めて、生まれて初めて心の底から思い、感じた。この人たちは、わたしの敵だ!
わたしの考えていることを読み取ったかのように、緩かった拘束が、少しだけ強められました。
「――で、あれば。私たちがあなたから聞くべき言葉はなにもない」
「どうしても?」
「暴力主義者たちの声に傾ける耳などない」
わたしとミュラさんは、オリヴィエ様の言葉に深くうなずきました。「ざーんねんですねえ」と、白々しいセリフが返ってきました。おそらく、最初からわたしたちがなにも聞き入れないことを想定していたのだと思います。
「小芝居はいらない、ペリエ軍曹。さっさと黒幕を呼んでこい」
冷ややかなオリヴィエ様の声が部屋中へ静かに広がりました。ミュラさんがびっくりしてオリヴィエ様を見ています。ペリエ軍曹は「いやいや、なんというか。おさすがですよ。最年少宰相は伊達じゃないんですね」と言いつつ、とてもたのしそうに部屋の奥、続きの間へ消えました。そして。
「――ひさしぶり、オリヴィエ」
「会いたくなかったよ、ブリアック」
悲しかったけれど、今度は涙が出ませんでした。わたしが泣いていい場面じゃない。
少しくすんだ色の金髪。そして、紫の瞳。
ブリアック・ボーヴォワール。……オリヴィエ様の、実のお兄さん。
わたしの側を見てオリヴィエ様は瞠目し、ミュラさんはとっさにわたしを拘束した人にくってかかろうとしました。それをオリヴィエ様が引き留めます。
「ミュラ、多勢に無勢です。ここはおとなしくした方がいい」
わたし、拘束とは言いつつも単に後ろ手にされてつかまれてるだけです。オリヴィエ様がじっとわたしをご覧になったので、ちょっとうなずくと表情がやわらかくなりました。たぶん抵抗するなってことだと思います。ミュラさんは「しかし!」とか言っていましたが、「だいじょうぶです、とりあえず言うこと聞いたほうがいい気がします」とわたしが言うと「聡明なお嬢さんで助かります」と、この集団のリーダーっぽい軍服さんが言いました。
「宰相殿と公使が我々の指示に従ってくだされば、お嬢さんに危害は加えませんよ。いうなれば人質です。あなたたちも拘束させていただく」
他の軍服さんたちがお二人を取り囲んで、わたしと同じように後ろ手に拘束しました。そオリヴィエ様は泰然と、ミュラさんは少し抵抗しつつ悔しそうに。それぞれ両脇に軍服さんがつきます。
で、よくわからないところへ連れて行かれるわけです。でも、どっちの方向なのかはわかります。さっき鶏さんを放した場所とは反対側の斜め方向……たぶん爆発があった場所よりも奥のあたりを目指してる。
「軍曹……あの」
「なんだ」
「鶏が……ついて来ます」
こっこっこっこ。はい。わたし緩拘束されながら最後尾なんですけど。ついてきてますね鶏さん。こっこっこっこ。
リーダー軍曹さん、じっと見たあと「放っておけ」とおっしゃいました。そうですか。こっこっこっこ。
「……いったい、目的はなんなんだ」
様子を窺っていたっぽいミュラさんが、歩きながらリーダー軍曹さんに尋ねました。「ちゃんとお話します。まずは私たちの元へお招きしてからです」とミュラさんを見ずにリーダー軍曹さんはおっしゃいました。
さっぱりわかりません。こんなイベント、グレⅡの中にはなかった。
けれどオリヴィエ様がなにひとつ動揺されていないのが印象的でした。すてきすき。だからわたしも冷静でいられるんですけど。もしかしたら予期されていたのか。だとしたら、なにを。そして、しばらく歩いたのち。
「――ここから先は会話を控えていただけますか。なにを見聞きしてもなにも口にされぬよう。質問には後ほどお答えいたします」
喧騒が近づいてきました。かすかに焦げた臭い。それがだんだん大きく、濃くなっていって、大きな広場へ出たときにそれらすべてが襲いかかってくるかのようでした。見たくないと思いながらも右手側を見上げて、わたしの喉が鳴りました。もうもうと、立ち込める煙、そして嫌な嫌な、臭い。
――あそこ、あの階。……レアさん廊下だ。
煙に因らず涙が出ました。こっこっこっこ。足元を見て、顔を上げるとこちらを振り向いたオリヴィエ様と目が合いました。足が止まりそうになったわたしの右肩をわたしを拘束している軍服さんが、とん、とひとつ叩きます。急かすというよりは励ますようなその仕草に、なんだかよくわからないながらわたしは進みました。こっこっこっこ。黒煙が厚くて被害状況がわからないくらいでした。そりゃあ、鶏さんもびっくりするよね。
「――ペリエ! なにしてる! 手が空いてるならこちらに隊を送ってくれ!」
「要人を安全な場所へと護送中だ! すまないが後ほどそちらに加わる!」
「そうか、失礼した!」
……わたしら護送されてるん……? 絶賛拘束されているが????
もう三十分くらい歩いたでしょうか。東棟はもとより、西棟さえも通り過ぎました。人の気配がほとんどありません。きっとみんな爆発現場に行っているのでしょう。わたしはちょっと遅れ気味に歩いていますが、後ろの軍服さんも鶏さんも急かしたりしませんでした。
見えてきたのは、大きな……あるとは聞いていた施設。きっと一般人は入っちゃいけない場所。保護色なんでしょうか、マディア公爵邸を囲う高い塀と同じ黄土色のレンガブロックで作られています。なので、パッと見はとてもそっけない造りの箱型の建物。に、連れられて入っちゃいました。いいんですかこれ? ――マディア公爵家ヘルガ騎士団の、参謀本部、です。
オリヴィエ様も、ミュラさんも、おとなしくついて行っています。ときどき心配したようにミュラさんがこちらを見てくださいました。ありがとうございます。わたしは元気です。ちなみに鶏さんはさすがに中には入れてもらえませんでした。こっこっこっここけー。すんごい騒いでくれてクロヴィスとかが気づいてくれるのを期待しましたが、さすがにそうは上手く問屋が卸さない感じでしたね。
中に入ると、無人というわけではありませんでした。お水みたいな名前のリーダー軍曹さんが先陣をきって奥へと歩いて行くわけですが、堂々としているからか、みなさん敬礼する程度です。集団移動でもさっきみたいに呼び止められませんでした。で、ひとつの部屋にたどり着いたわけです。
オリヴィエ様とミュラさんは、並んでソファに座らされました。わたしはその後ろの方で、拘束してきた軍服さんを背中に立たされたままです。
「さて、ご足労いただきありがとうございました。あなたがたをこちらにお招きしたのは他でもありません。『私たち』の願いを、ぜひとも聞いていただきたいのです」
お水リーダー軍曹さんが、もったいぶった、いかにも演技臭い調子でそう言いました。わたしにだって、これが『護送』じゃなかったことぐらいわかります。いったいなにが目的なんでしょうか。……歩きながら考えていて、じつはちょっとだけ思い当たることがありました。
あまりにもゲームシナリオとかけ離れ過ぎていて、信じたくなかったけれど。でも、これは現実に起こっていることだから。……こんな風にこじれてしまうことだって、あるのかもしれない。
「その前にお尋ねしたいことがある、レイモン・ペリエ少尉……いえ、こちらでは軍曹とのことでしたか」
「……覚えていてくださっていたとは、望外の喜びでございますよ、宰相閣下。なんでしょうか、伺いましょう」
「メラニー夫人に危害を加えたのは、あなた方か」
わたしもミュラさんも、大きく息を呑みました。そう。わたしも、そう考えた。冷や汗が出てきて、首筋を伝って行きました。そして、ペリエさんだけじゃなくて。
「はい。私たちが成しました」
わたしは声をあげました。自分でも意味がわからない音でした。ミュラさんはびくっとして振り返り、オリヴィエ様は少しだけ、振り向きがちにこちらをご覧になりました。とめどないってこういうときに使う言葉なんでしょうね。泣いたってどうにもならないのに、涙が止まりませんでした。メラニー。メラニー。黒煙がもうもうと立ち込める様子と、嫌な臭い。メラニー! 春になったら友だちに会うんだって言ってた。ちぐはぐなラジオ体操で、体力つけるんだって言ってた。わたしのうしろの軍服さんが、前のめりになるわたしをなだめるように起立させました。――ああ、敵だ。初めて、生まれて初めて心の底から思い、感じた。この人たちは、わたしの敵だ!
わたしの考えていることを読み取ったかのように、緩かった拘束が、少しだけ強められました。
「――で、あれば。私たちがあなたから聞くべき言葉はなにもない」
「どうしても?」
「暴力主義者たちの声に傾ける耳などない」
わたしとミュラさんは、オリヴィエ様の言葉に深くうなずきました。「ざーんねんですねえ」と、白々しいセリフが返ってきました。おそらく、最初からわたしたちがなにも聞き入れないことを想定していたのだと思います。
「小芝居はいらない、ペリエ軍曹。さっさと黒幕を呼んでこい」
冷ややかなオリヴィエ様の声が部屋中へ静かに広がりました。ミュラさんがびっくりしてオリヴィエ様を見ています。ペリエ軍曹は「いやいや、なんというか。おさすがですよ。最年少宰相は伊達じゃないんですね」と言いつつ、とてもたのしそうに部屋の奥、続きの間へ消えました。そして。
「――ひさしぶり、オリヴィエ」
「会いたくなかったよ、ブリアック」
悲しかったけれど、今度は涙が出ませんでした。わたしが泣いていい場面じゃない。
少しくすんだ色の金髪。そして、紫の瞳。
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