超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第311話 離島怪異譚⑲

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 フェリーを降りてから、社長に電話して、野崎が失踪したと告げた。
 社長は激怒したけど、特に私の話を疑うふうでもなく、ウソはすんなり通ってしまった。
 生前の野崎の言動からして、いつかは逃げ出すんじゃないかと思っていた、というのである。
 ついでに島では何も見つからなかったと報告すると、以外にもあっさり許してくれた。
 調査の途中で助手が姿をくらましたのでは仕方がないと、そう判断したのだろう。
 正式な報告書は社に帰ってから作成することにして、私はその足ですぐに産婦人科のある病院を探した。
 そこは多胡島に一番近い本土側の半島にある港町で、見るからにさびれていたけど、贅沢は言っていられない。
 一刻も早く診察してもらい、場合によっては体内から”あれ”を取り出してもらわなければならないのだ。
 あれー。
 すなわち、海魔の体組織の一部を、である。
 晴馬の屋敷の浴場で見た、野崎の死にざまは克明に網膜に焼き付いている。
 首から下がなくなり、空洞になった断面から、吸盤だらけの太い蛸の脚が生えた、あの化け物じみた姿…。
 あんなふうにはなりたくない。
 心の底からそう思う。
 葛飾北斎の春画よろしく、大蛸に犯された夢を見たあの夜。
 もしあれが夢ではなく、実際に起きたことで、私の膣内に蛸の触手の一部でも残っていたとしたら…。
 そう考えると、町を歩いている最中も下腹のあたりに鈍痛が生じ、、陰部が汗だかおりものだかわからないもので濡れてくるのだ。
 そうして、やけに坂の多い狭い漁村を歩き回った挙句、私はようやくその病院を見つけたのだった。
 坂道の中ほどに傾いて建てられたような古びた洋館の門に、『乾産婦人科』と書かれたボロボロの看板がある。
 二階建ての建物の周囲には、鬱蒼たる樹々が野放図に繫茂しており、一見、廃病院といった印象である。
 が、一階の窓に明かりが点いていることから、そうでないことがかろうじてわかった。
 気味が悪い。
 私はノースリーブの肩を両手で抱きしめた。
 正直、気が進まなかった。
 いくらなんでも、こんな所で診察なんて…。
 やっぱり、やめよう。
 JRでもう少し大きな街に出てから、改めて産院を探したほうがいい。
 そう決心して、踵を返しかけた、その時だった。
「患者さんかい?」
 後ろから、突然、呼びかけられた。
 振り返ると、異様に目と目が離れた魚のようなご面相の老婆が、あたかも通せんぼでもするかのように、両手を広げて立っていた。
「どうぞ中にお入り。先生なら診察室でお待ちだよ」
 私が否定の返事をするより一瞬早くー。
 唇のない大きな口の口角を上げて、ひしゃげた蛙の鳴き声みたいな声で、老婆がそう言った。
 
 
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