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第312話 離島怪異譚⑳
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乾医院の中はひどく薄暗く、かび臭い匂いがした。
築90年から100年は経っていそうな建物は、壁に染みができ、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。
できることなら、逃げ出したかった。
けど、不可能だった。
看護師と思われるあの魚面の老婆が、私の退路を断つように後ろに貼りついて、通せんぼしてくるのである。
「さあさ、上がって」
少し高くなったところに、表面のはげたビニールのスリッパを並べて、老婆が言う。
「は、はい」
仕方なく、従うことにした。
こうなったら、適当に診察を済ませて、逃げ出そう。
こんな気味悪い所に長居は無用だ。
それでなくとも、さっきから下腹が張ってきて、気分が悪いというのに…。
当然のことながら、患者は私ひとりだった。
壊れかけたソファの並ぶ待合室は、閑散としている。
壁に貼ってあるお知らせの類いもポスターも、何もかもが古く、年月日を確かめると昭和のものが多い。
ラックにある雑誌もそうで、どれもすでに廃刊になったものばかりだった。
待つほどもなく、名前を呼ばれ、私は診察室のプレートの出た部屋に入った。
正面に事務机と回転椅子があり、左手がカーテンで仕切られている。
回転椅子が回り、白衣の人物がこちらを向いた。
年齢不詳の、異様に小柄な男である。
禿頭の頭部にはまったく肉というものがなく、皮膚が直接頭蓋骨に貼りついているような感じだ。
口だけがひょっとこの面のそれみたいに飛び出ていて、見ようによってはデフォルメされた蛸に見える。
「医師のイヌイダイスケです。今村圭さん、32歳、と」
受付で書かされた書類に飛び出た目を向け、そう言った。
乾医師の横には、あの魚面の老婆が白衣を羽織って控えている。
「お嬢さんも、妊娠ですかな」
眼鏡を押し上げながらこちらを見上げたその顔には、なぜか医者にそぐわない下品さが感じられて、私はぞっとなった。
第一、まだ何も言っていないのにいきなり妊娠だなんて、いったいどういうことなのだろう?
「隠さなくてもわかりますよ」
言葉を探しあぐねて沈黙していると、訳知り顔で乾医師が続けた。
「あなた、多胡島帰りでしょ? あの島から戻ってきた女性はね、みーんな妊娠してるんですよ。しかも、早く堕ろさないと、大変なことになる」
背中に氷でも放り込まれたように、私は戦慄した。
言い当てられたことより、最後の一言が恐ろしかった。
早く堕ろさないと…って、何を?
「まず、検査ですね。妊娠検査薬を」
魚面の看護師に、髑髏男が指示を出す。
「はいはい」
看護師尾賀白衣のポケットから体温計のようなものを引っ張り出し、私に突きつけてきた。
「やり方は知ってますよね。これをトイレで、尿に浸して…」
「わかってます」
私は椅子を蹴るようにして立ち上がった。
こみ上げる恐怖と嫌悪感で、どうにも足が震えて仕方がなかったのだ…。
築90年から100年は経っていそうな建物は、壁に染みができ、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。
できることなら、逃げ出したかった。
けど、不可能だった。
看護師と思われるあの魚面の老婆が、私の退路を断つように後ろに貼りついて、通せんぼしてくるのである。
「さあさ、上がって」
少し高くなったところに、表面のはげたビニールのスリッパを並べて、老婆が言う。
「は、はい」
仕方なく、従うことにした。
こうなったら、適当に診察を済ませて、逃げ出そう。
こんな気味悪い所に長居は無用だ。
それでなくとも、さっきから下腹が張ってきて、気分が悪いというのに…。
当然のことながら、患者は私ひとりだった。
壊れかけたソファの並ぶ待合室は、閑散としている。
壁に貼ってあるお知らせの類いもポスターも、何もかもが古く、年月日を確かめると昭和のものが多い。
ラックにある雑誌もそうで、どれもすでに廃刊になったものばかりだった。
待つほどもなく、名前を呼ばれ、私は診察室のプレートの出た部屋に入った。
正面に事務机と回転椅子があり、左手がカーテンで仕切られている。
回転椅子が回り、白衣の人物がこちらを向いた。
年齢不詳の、異様に小柄な男である。
禿頭の頭部にはまったく肉というものがなく、皮膚が直接頭蓋骨に貼りついているような感じだ。
口だけがひょっとこの面のそれみたいに飛び出ていて、見ようによってはデフォルメされた蛸に見える。
「医師のイヌイダイスケです。今村圭さん、32歳、と」
受付で書かされた書類に飛び出た目を向け、そう言った。
乾医師の横には、あの魚面の老婆が白衣を羽織って控えている。
「お嬢さんも、妊娠ですかな」
眼鏡を押し上げながらこちらを見上げたその顔には、なぜか医者にそぐわない下品さが感じられて、私はぞっとなった。
第一、まだ何も言っていないのにいきなり妊娠だなんて、いったいどういうことなのだろう?
「隠さなくてもわかりますよ」
言葉を探しあぐねて沈黙していると、訳知り顔で乾医師が続けた。
「あなた、多胡島帰りでしょ? あの島から戻ってきた女性はね、みーんな妊娠してるんですよ。しかも、早く堕ろさないと、大変なことになる」
背中に氷でも放り込まれたように、私は戦慄した。
言い当てられたことより、最後の一言が恐ろしかった。
早く堕ろさないと…って、何を?
「まず、検査ですね。妊娠検査薬を」
魚面の看護師に、髑髏男が指示を出す。
「はいはい」
看護師尾賀白衣のポケットから体温計のようなものを引っ張り出し、私に突きつけてきた。
「やり方は知ってますよね。これをトイレで、尿に浸して…」
「わかってます」
私は椅子を蹴るようにして立ち上がった。
こみ上げる恐怖と嫌悪感で、どうにも足が震えて仕方がなかったのだ…。
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