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第310話 離島怪異譚⑱
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「け、警察、呼ばないんですか?」
訊くと、晴馬が恐ろしい目で睨んできた。
「海魔の仕業とわかっちょるのに、警察なぞ必要ないじゃろ」
「でも…」
「この島にそんな化け物が住んどることが、本土の人間に知られてみろ。どんな騒ぎになるかわからんじゃろが」
「逆に、観光名所になるかもしれないじゃないですか」
「アホな。海魔は見境いなく人を殺すんじゃぞ。そんなぶっそうな所に誰が来る?」
言い合っていると、晴馬が呼んだ屈強な従業員、つまり漁師たちが入ってきて、いささかもためらうことなく、スムーズな手つきで野崎のなれの果てを大きなポリバケツに入れ、回収していった。
まるで、前にも同じようなことがあり、その処理に馴れているような感じだった。
「あんたも、調査はあきらめて帰ったほうがいいかもしれんな」
再びふたりだけになると、晴馬が言った。
同感だった。
野崎が死んだことに対する悲しみはなかった。
私が薄情な性格であるというより、死に方があまりにも常識離れしていて、実感が湧かないせいだった。
野崎は、ニートがそのまま社会に出てきたような、役立たずで食えない若造だったけど、可愛い所もあった。
彼を失った痛みは、きっともう少し後で、私自身の安全が確保できた頃、やってくるのだろう。
「けど、私、海魔を見てるんですよ。晴馬さんは、そんな私を、本土に戻しちゃっていいんですか?」
「伝説の海魔が連続バラバラ殺人事件の真犯人だった…。そんな話、誰が信じる? 何か証拠があれば別じゃが」
「写真なら、野崎君が撮ってるかもしれない。もしかしたら、動画も」
カメラマンは野崎の役である。
あの洞窟内の様子や、少女に化けた海魔を、スマホで撮っていた可能性はある。
「仮にそうだったとしても、どうじゃろな。今はほれ、写真も動画もアプリとかで加工し放題じゃろ。どんなブスでも簡単に韓国風整形美女になる。仮に警察に見せたところで、フェイク動画と思われるのがオチって気がするが」
「そう…ですね」
私はため息をついた。
一理ある、と思った。
晴馬の例えは乱暴すぎるが、確かに現代社会では、技術が進み過ぎたせいで、何が真実なのか、まるでわからなくなっているのだ。
SNSを覗けば、きっと海魔に似た化け物をアップした偽動画なんて、簡単に見つかるに決まっている。
「そうします」
しばしの逡巡ののち、私は言った。
一番の理由は、自分事だった。
一刻も早く、大きな病院の産婦人科で検査を受けないと。
本土に帰れば、それができる。
晴馬にあの屈辱的な体験を打ち明ける必要もない。
「そうか。なら、早い方がいい」
晴馬が表情を和らげた。
「今からなら、フェリーの最終便に間に合うよ。車で波止場まで送ってやろう」
「ありがとうございます」
晴馬の親切に、不覚にも目頭が熱くなった。
この漁師の頭領、若いけど、本当にいいひとなのだ…。
訊くと、晴馬が恐ろしい目で睨んできた。
「海魔の仕業とわかっちょるのに、警察なぞ必要ないじゃろ」
「でも…」
「この島にそんな化け物が住んどることが、本土の人間に知られてみろ。どんな騒ぎになるかわからんじゃろが」
「逆に、観光名所になるかもしれないじゃないですか」
「アホな。海魔は見境いなく人を殺すんじゃぞ。そんなぶっそうな所に誰が来る?」
言い合っていると、晴馬が呼んだ屈強な従業員、つまり漁師たちが入ってきて、いささかもためらうことなく、スムーズな手つきで野崎のなれの果てを大きなポリバケツに入れ、回収していった。
まるで、前にも同じようなことがあり、その処理に馴れているような感じだった。
「あんたも、調査はあきらめて帰ったほうがいいかもしれんな」
再びふたりだけになると、晴馬が言った。
同感だった。
野崎が死んだことに対する悲しみはなかった。
私が薄情な性格であるというより、死に方があまりにも常識離れしていて、実感が湧かないせいだった。
野崎は、ニートがそのまま社会に出てきたような、役立たずで食えない若造だったけど、可愛い所もあった。
彼を失った痛みは、きっともう少し後で、私自身の安全が確保できた頃、やってくるのだろう。
「けど、私、海魔を見てるんですよ。晴馬さんは、そんな私を、本土に戻しちゃっていいんですか?」
「伝説の海魔が連続バラバラ殺人事件の真犯人だった…。そんな話、誰が信じる? 何か証拠があれば別じゃが」
「写真なら、野崎君が撮ってるかもしれない。もしかしたら、動画も」
カメラマンは野崎の役である。
あの洞窟内の様子や、少女に化けた海魔を、スマホで撮っていた可能性はある。
「仮にそうだったとしても、どうじゃろな。今はほれ、写真も動画もアプリとかで加工し放題じゃろ。どんなブスでも簡単に韓国風整形美女になる。仮に警察に見せたところで、フェイク動画と思われるのがオチって気がするが」
「そう…ですね」
私はため息をついた。
一理ある、と思った。
晴馬の例えは乱暴すぎるが、確かに現代社会では、技術が進み過ぎたせいで、何が真実なのか、まるでわからなくなっているのだ。
SNSを覗けば、きっと海魔に似た化け物をアップした偽動画なんて、簡単に見つかるに決まっている。
「そうします」
しばしの逡巡ののち、私は言った。
一番の理由は、自分事だった。
一刻も早く、大きな病院の産婦人科で検査を受けないと。
本土に帰れば、それができる。
晴馬にあの屈辱的な体験を打ち明ける必要もない。
「そうか。なら、早い方がいい」
晴馬が表情を和らげた。
「今からなら、フェリーの最終便に間に合うよ。車で波止場まで送ってやろう」
「ありがとうございます」
晴馬の親切に、不覚にも目頭が熱くなった。
この漁師の頭領、若いけど、本当にいいひとなのだ…。
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