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第242話 墓のない村③

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 掛け軸が視界に入らない位置に移動して、ひたすらスマホをいじっていると、かなり時間が経ってから、彼女がお盆を掲げて戻ってきた。
「お待たせ。ありあわせのものだけど、こんなものでよかったら、どうぞ」
 背の低いテーブルの上に並べられたのは、いくつかの小鉢と皿、そして炊き立ての白米を入れた米櫃である。
「お昼から何も食べてないから、おなか空いてるでしょ」
 茶碗にご飯を盛りながら彼女が言った。
「う、うん、ありがとう」
 箸を取り、料理を見回した僕はそこで「うっ」とうめき声を飲み込んだ。
 小鉢や皿に盛られているのは、見たことのない料理ばかりだった。
 この半透明なものは烏賊か海月の刺身だろうか。
 表面がピクピク波打っているのは、まだ生きている証拠だろう。
 そういえばあのサラダも気色悪い。
 サニーレタスに囲まれて真ん中に大きな貝が鎮座しているのだが、その貝殻が蝸牛のそれにそっくりなのだ。
 となると、すまし汁に沈んでいるこの肉片の正体も怪しいものだ。
 もしかすると、みんなあのでかい蝸牛の一部ということなのかもしれない。
 いや、形からして蛭…?
 それからあの小鉢の中の佃煮…。
 小魚にしては細かい脚がいっぱい生えているように見えるのは気のせいだろうか。
 箸に取って確かめてみる気になれないのは、そいつがなんとなくゲジゲジかムカデの子供に見えるからだ。
「あのさ、これ、素材はなんなの?」
 テーブルに広げられた料理を箸の先で示して、おそるおそる僕はたずねた。
「このへんで採れるものばかりだけど…。正体が何かは、聞かないほうがいいかもね」
 すました顔で白米とおかずを交互に口に運びながら、彼女が答えた。
「お、おどかすなよ…」
 冷や汗が脇の下を伝った。
 胸がむかついて、食欲がすっかりなくなっているのがわかった。
 蛞蝓の刺身に蝸牛のお造り、それからムカデの佃煮、蛭を出汁にしたお吸い物…。
 原材料を想像するだけで、吐き気がこみ上げてくる。
 仕方ない。
 飯だけで済ませるか。
 そう決心して茶椀に盛られた白米に視線を落とした僕は、次の瞬間、炊き立ての米粒に見えるその白い粒々に小さな黒い目があることに気づき、「ぎゃっ」と悲鳴を上げて箸を取り落としていた…。
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