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第235話 親切な人
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「ママ、トイレ」
3歳になる正樹がスカートを引っ張った。
「え?」
私はうろたえた。
抱っこ紐で胸に抱えた弟の翔太が目を覚まし、ぐずり出したところだったからである。
「大小、どっちなの?」
「大きいほう」
トイレの案内板を目で探す。
あった。
そんなに遠くはないけれど、翔太を抱いたままというのがネックだった。
小ならまだしも、大のほうとなると、正樹はまだ心もとないのだ。
ひとりでさせたら、二回に一回の確率でズボンの中に漏らすだろう。
このショッピングセンターにおむつ台まで備えた多機能トイレはない。
普通のトイレの個室は、正樹を連れ、赤ん坊の翔太を抱えたまま入るには狭すぎる。
どうしよう?
途方に暮れていると、
「行ってらっしゃいよ。赤ちゃんの面倒は私が見ててあげるから」
「は?」
振り返ると、人のよさそうな初老の夫人が、にこにこしながらこちらを見ていた。
「いいんですか?」
ついそう口にしてしまったのは、その人があまりに人畜無害で優しそうだったからだ。
「すみません。すぐ戻りますので」
抱っこ紐を外し、ぐずる翔太を差し出された両腕に預ける。
「正樹ちゃん、行くよ」
真っ赤な顔で耐えている正樹の手を引いて、急いで女子用トイレに駆け込んだ。
無事用を済ませて、正樹にズボンをはかせている時である。
突然、トイレの外からすさまじい悲鳴が聴こえてきた。
私は真っ蒼になった。
あれは、翔太の声だ。
後悔の念が嵐のように押し寄せる。
あの人、翔太に何をしたのだろう?
まさか、誘拐?
あるいは、床に落っことしたとか?
どちらにせよ、見ず知らずの他人に大事な子供を預けた私がバカだったのだ。
正樹を引きずるようにしてトイレから飛び出すと、さっきと同じ位置に女性は立っていた。
腕の中に翔太を抱え、相変わらず柔和な笑みを顔中に浮かべている。
「返して!」
叫ぶように言って、女性の腕から翔太をひったくる。
抱きしめたけど、翔太は目を見開いたまま、なぜかぐったりしている。
首をだらりと仰向け、四肢も力なく垂らしたままだった。
「この子に、何をしたの?」
そう言い募ると、私の言葉を遮るように、女が言った。
「国生み神話って知ってるかしら? イザナギとイザナミがこの国をつくるにあたって、神様たちを産んだ話」
「それが、どうしたのよ?」
「その時、最初に産まれた神様はヒルコと言って、骨のないぐにゃぐにゃの肉塊だったと言われているわ。だから葦船に乗せられて、海に流されちゃった…。かわいそうでしょ? だから、私はそのヒルコを、あなたの赤ちゃんで再現してみたの」
狂ってる…。
次の瞬間、私は全身の骨を砕かれた乳児を胸に抱き、金切り声で叫んでいた。
3歳になる正樹がスカートを引っ張った。
「え?」
私はうろたえた。
抱っこ紐で胸に抱えた弟の翔太が目を覚まし、ぐずり出したところだったからである。
「大小、どっちなの?」
「大きいほう」
トイレの案内板を目で探す。
あった。
そんなに遠くはないけれど、翔太を抱いたままというのがネックだった。
小ならまだしも、大のほうとなると、正樹はまだ心もとないのだ。
ひとりでさせたら、二回に一回の確率でズボンの中に漏らすだろう。
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どうしよう?
途方に暮れていると、
「行ってらっしゃいよ。赤ちゃんの面倒は私が見ててあげるから」
「は?」
振り返ると、人のよさそうな初老の夫人が、にこにこしながらこちらを見ていた。
「いいんですか?」
ついそう口にしてしまったのは、その人があまりに人畜無害で優しそうだったからだ。
「すみません。すぐ戻りますので」
抱っこ紐を外し、ぐずる翔太を差し出された両腕に預ける。
「正樹ちゃん、行くよ」
真っ赤な顔で耐えている正樹の手を引いて、急いで女子用トイレに駆け込んだ。
無事用を済ませて、正樹にズボンをはかせている時である。
突然、トイレの外からすさまじい悲鳴が聴こえてきた。
私は真っ蒼になった。
あれは、翔太の声だ。
後悔の念が嵐のように押し寄せる。
あの人、翔太に何をしたのだろう?
まさか、誘拐?
あるいは、床に落っことしたとか?
どちらにせよ、見ず知らずの他人に大事な子供を預けた私がバカだったのだ。
正樹を引きずるようにしてトイレから飛び出すと、さっきと同じ位置に女性は立っていた。
腕の中に翔太を抱え、相変わらず柔和な笑みを顔中に浮かべている。
「返して!」
叫ぶように言って、女性の腕から翔太をひったくる。
抱きしめたけど、翔太は目を見開いたまま、なぜかぐったりしている。
首をだらりと仰向け、四肢も力なく垂らしたままだった。
「この子に、何をしたの?」
そう言い募ると、私の言葉を遮るように、女が言った。
「国生み神話って知ってるかしら? イザナギとイザナミがこの国をつくるにあたって、神様たちを産んだ話」
「それが、どうしたのよ?」
「その時、最初に産まれた神様はヒルコと言って、骨のないぐにゃぐにゃの肉塊だったと言われているわ。だから葦船に乗せられて、海に流されちゃった…。かわいそうでしょ? だから、私はそのヒルコを、あなたの赤ちゃんで再現してみたの」
狂ってる…。
次の瞬間、私は全身の骨を砕かれた乳児を胸に抱き、金切り声で叫んでいた。
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