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17 薫の狭い心1
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自分の家に茉白がいる。ベッドで深い眠りについていて、なんだか俺も夢を見ている気がしたが、現実に起こっている事だった。
すん、と彼女に気づかれずに、彼女の頭に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、彼女は俺が使うのと同じシャンプーの匂いがした。こうしてどのくらいからこうしているのか分からないが、これは夢なんじゃないかと思えて、何度も彼女の存在を確かめていた。
一昨日の夜、身体が強張ったと起きたら、リビングの床で眠っていたのに気がついて、そばにいるはずの茉白がいなくて探してしまった。結局彼女は窓のそばで座っていたのだけど、俺のYシャツを着て座る姿は女神のように美しくて、しばし見惚れてしまった。
あれこれ彼女にしようと思っていたのに、結局いつものように夢中になって彼女を求めてしまったのだが…体感的には土曜日の朝だろうか、扉の隙間から光が漏れ始めている。他の部屋にはついているんだが、俺の寝室には眠りの妨げになるので窓がない。電気を消せば真っ暗になる部屋だから、良質な睡眠が取れる。7.5帖の部屋の中央にある大きいキングベッド。部屋の出入り口の扉の近くには、クローゼットがあり俺の服が仕舞ってある。
「…っ」
茉白が寝返りを打って、俺の横に近寄る。抱きしめたい、と強く思っても、彼女を起こしてしまうと俺の頭の中で葛藤が生まれる。目が暗闇に慣れてくると、彼女の眠るシルエットが浮かび上がる。規則正しく上下に動く上半身、彼女の吐息が俺の胸に当たる。やっぱり我慢が出来なくなって、横向きになっている彼女の首の下に腕を差し込んで、身体を近寄ってみたら、もぞもぞと動く彼女が俺の腕の上で頭を動かして、寝やすい体勢に目を閉じたまま動き終わると、また寝息を立てた。
――これくらいなら…いいか
悩んで悩んで、結局彼女の腰に手を回したら、あまりの小さな身体に守ってあげたいと強く思う。
俺の身体とは違う柔らかな身体を抱きしめ、俺と同じ匂いのはずなのにほんのりと甘い香りが混じっている彼女を腕の中に閉じ込めて俺も目を閉じた。
***************
「この顧客は、スケジュールリセットになるのか?」
「はい、なんか不動産営業の佐藤さんから電話がありまして」
「それはいつ?金曜日に連絡あった?」
「いえ、今日の朝イチに連絡があったみたいです」
「そっか、ちょっとこの案件もらうわ、俺から取引先に確認するわ」
「すいません、よろしくお願いします」
茉白との充実した週末を過ごし、仕事が開始する月曜日の朝早くに出社すると、顔を青くした部下に声を掛けられた。
――このまま契約まで持ち込みたいが…営業と話すか
形は違えど同じ営業なのだ、今抱えてる案件がそのままなくなったら、己の営業成績に響く。昨今は人口減の不景気のダブルパンチで、そもそも自分が住むならまだしも、投資のために不動産所有したいと思う人が少なくなっていた。それでも投資したい少ない顧客を奪い合うので、不動産投資をしているのはなにも自分の会社だけじゃないから、同業他社との競争が生まれる。なので取引先がこの取引はキャンセルしたい旨を言われても、はいそうですか、では簡単には終わらせられないのだ。
部下から貰った資料を自分のデスクに置き、会社支給のノートパソコンを起動すると、金曜日の夜から溜まっていたメールの処理にかかる。茉白と付き合う前なら、仕事を持ち帰っていたが、今は彼女との時間を大事にしたいと会社用の携帯以外からの取引先や会社のやつとの連絡方法は基本的に触らないようにしている。
「課長おはようございます」
「おはよ、安藤…と清水、ちょっと来て」
メールをあらかた返信し終わると、同じ課の部下の始業時間になり、各自自分のデスクへと向かっていく。俺の近くをたまたま通った新入社員の安藤を呼び、すでに自分の席でパソコンを見ていた安藤の指導社員である清水を呼び、土曜日に送られてきた清水からのメールを元にもう一度口頭で報告を受けた。
こうして取引先とのやり取りから始まった月曜日は、すぐに乗り切れると思った。なぜなら火曜日と水曜日、金曜日は茉白と一緒に過ごすから、エネルギーチャージが出来るからだ。
だが、この時俺は火曜日も水曜日も茉白とは過ごせなくなるとは、思ってもいなかったのだ。
***************
「…友達と会うのか」
「うん、社会人になったし、近況報告をしようってなって」
「………そうか……なら、水曜日にするか」
「うん、ごめんね薫」
「いいって、ちょうど今案件抱えてるからさ、じゃあ明日の夜に」
珍しく彼女から仕事中にも関わらず、会いたいと言われ、個室になっている会議スペースを予約して取った。指定された時間に向かうと、茉白はドアの前にいた。俺は自分の社員IDパスカードを会議室の扉の横に設置された読み取り機にかざした。それにより、ピッと鳴り会議室の鍵が開き、扉を開いて先に会議室へと入ったのだ。
彼女は会議室に俺の後に続いて、会議室の扉が閉まって施錠されると、やっと口を開いたのが先ほどの友達との外出だ。しかも俺と会うと決めている日に、と声に出さなかっただけ偉いと思って欲しい。俺にも友達はいるし、会社の付き合いもそれなりの頻度であるから、彼女も同じように友達もいるし、会社の付き合いもあるとわかっている……が、簡単に言えば面白くない。俺以外とは会うなと言えば、じゃあ薫は?と言われたら俺は茉白以外とは会わないとは言えない。
だが、面白くないものは面白くないので、普段なら言わない明日の約束を一方的に言った。
「…じゃあ、そろそろいくね」
「ああ、俺はココでもう少しここに残って資料を作るから」
最後までごめん、と謝っていた彼女に、大人気ないな、と思いつつも、次回も同じ事をされたら同じことをいってしまうと思いながら、会議室に一人残された。
しかし友達との集まりが終わっただろうと夜に茉白にSNSアプリでメッセージを送っても、彼女はメッセージを既読にもしなかったし、電話をしても出てくれなかった。
すん、と彼女に気づかれずに、彼女の頭に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、彼女は俺が使うのと同じシャンプーの匂いがした。こうしてどのくらいからこうしているのか分からないが、これは夢なんじゃないかと思えて、何度も彼女の存在を確かめていた。
一昨日の夜、身体が強張ったと起きたら、リビングの床で眠っていたのに気がついて、そばにいるはずの茉白がいなくて探してしまった。結局彼女は窓のそばで座っていたのだけど、俺のYシャツを着て座る姿は女神のように美しくて、しばし見惚れてしまった。
あれこれ彼女にしようと思っていたのに、結局いつものように夢中になって彼女を求めてしまったのだが…体感的には土曜日の朝だろうか、扉の隙間から光が漏れ始めている。他の部屋にはついているんだが、俺の寝室には眠りの妨げになるので窓がない。電気を消せば真っ暗になる部屋だから、良質な睡眠が取れる。7.5帖の部屋の中央にある大きいキングベッド。部屋の出入り口の扉の近くには、クローゼットがあり俺の服が仕舞ってある。
「…っ」
茉白が寝返りを打って、俺の横に近寄る。抱きしめたい、と強く思っても、彼女を起こしてしまうと俺の頭の中で葛藤が生まれる。目が暗闇に慣れてくると、彼女の眠るシルエットが浮かび上がる。規則正しく上下に動く上半身、彼女の吐息が俺の胸に当たる。やっぱり我慢が出来なくなって、横向きになっている彼女の首の下に腕を差し込んで、身体を近寄ってみたら、もぞもぞと動く彼女が俺の腕の上で頭を動かして、寝やすい体勢に目を閉じたまま動き終わると、また寝息を立てた。
――これくらいなら…いいか
悩んで悩んで、結局彼女の腰に手を回したら、あまりの小さな身体に守ってあげたいと強く思う。
俺の身体とは違う柔らかな身体を抱きしめ、俺と同じ匂いのはずなのにほんのりと甘い香りが混じっている彼女を腕の中に閉じ込めて俺も目を閉じた。
***************
「この顧客は、スケジュールリセットになるのか?」
「はい、なんか不動産営業の佐藤さんから電話がありまして」
「それはいつ?金曜日に連絡あった?」
「いえ、今日の朝イチに連絡があったみたいです」
「そっか、ちょっとこの案件もらうわ、俺から取引先に確認するわ」
「すいません、よろしくお願いします」
茉白との充実した週末を過ごし、仕事が開始する月曜日の朝早くに出社すると、顔を青くした部下に声を掛けられた。
――このまま契約まで持ち込みたいが…営業と話すか
形は違えど同じ営業なのだ、今抱えてる案件がそのままなくなったら、己の営業成績に響く。昨今は人口減の不景気のダブルパンチで、そもそも自分が住むならまだしも、投資のために不動産所有したいと思う人が少なくなっていた。それでも投資したい少ない顧客を奪い合うので、不動産投資をしているのはなにも自分の会社だけじゃないから、同業他社との競争が生まれる。なので取引先がこの取引はキャンセルしたい旨を言われても、はいそうですか、では簡単には終わらせられないのだ。
部下から貰った資料を自分のデスクに置き、会社支給のノートパソコンを起動すると、金曜日の夜から溜まっていたメールの処理にかかる。茉白と付き合う前なら、仕事を持ち帰っていたが、今は彼女との時間を大事にしたいと会社用の携帯以外からの取引先や会社のやつとの連絡方法は基本的に触らないようにしている。
「課長おはようございます」
「おはよ、安藤…と清水、ちょっと来て」
メールをあらかた返信し終わると、同じ課の部下の始業時間になり、各自自分のデスクへと向かっていく。俺の近くをたまたま通った新入社員の安藤を呼び、すでに自分の席でパソコンを見ていた安藤の指導社員である清水を呼び、土曜日に送られてきた清水からのメールを元にもう一度口頭で報告を受けた。
こうして取引先とのやり取りから始まった月曜日は、すぐに乗り切れると思った。なぜなら火曜日と水曜日、金曜日は茉白と一緒に過ごすから、エネルギーチャージが出来るからだ。
だが、この時俺は火曜日も水曜日も茉白とは過ごせなくなるとは、思ってもいなかったのだ。
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「…友達と会うのか」
「うん、社会人になったし、近況報告をしようってなって」
「………そうか……なら、水曜日にするか」
「うん、ごめんね薫」
「いいって、ちょうど今案件抱えてるからさ、じゃあ明日の夜に」
珍しく彼女から仕事中にも関わらず、会いたいと言われ、個室になっている会議スペースを予約して取った。指定された時間に向かうと、茉白はドアの前にいた。俺は自分の社員IDパスカードを会議室の扉の横に設置された読み取り機にかざした。それにより、ピッと鳴り会議室の鍵が開き、扉を開いて先に会議室へと入ったのだ。
彼女は会議室に俺の後に続いて、会議室の扉が閉まって施錠されると、やっと口を開いたのが先ほどの友達との外出だ。しかも俺と会うと決めている日に、と声に出さなかっただけ偉いと思って欲しい。俺にも友達はいるし、会社の付き合いもそれなりの頻度であるから、彼女も同じように友達もいるし、会社の付き合いもあるとわかっている……が、簡単に言えば面白くない。俺以外とは会うなと言えば、じゃあ薫は?と言われたら俺は茉白以外とは会わないとは言えない。
だが、面白くないものは面白くないので、普段なら言わない明日の約束を一方的に言った。
「…じゃあ、そろそろいくね」
「ああ、俺はココでもう少しここに残って資料を作るから」
最後までごめん、と謝っていた彼女に、大人気ないな、と思いつつも、次回も同じ事をされたら同じことをいってしまうと思いながら、会議室に一人残された。
しかし友達との集まりが終わっただろうと夜に茉白にSNSアプリでメッセージを送っても、彼女はメッセージを既読にもしなかったし、電話をしても出てくれなかった。
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