今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜

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18 茉白とお友達

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――なんで薫は、怒らないんだろう



週3日、仕事終わりに薫と会う。彼は課長という部長の一つ下の役職についていて、日々忙しそうにしていた。一緒にいる時に取引先から電話があったりしているのを見ているけど、極力携帯電話も私の前では見ていなかった。それは反対に、
「一緒にいる時に携帯触らないの、怪しいね」
「えーそうかな、携帯ばっかりいじってたら嫌だなぁ」
久しぶりに大学の時の2人の友達と会って、ハワイアンレストランでご飯を食べいた。食後のコーヒーを飲みながら、近況報告していたら、私の番になって彼氏ができた事を報告したら、そう言われた。
「しかし恋が続かない茉白に彼氏ねー、同じ会社の一回りも上の人か」
「普段年上の人と何すんの?ってか何話すの?」
「えー、普通だよ、ご飯行って送ってもらって、土日は一緒に過ごして」
私が普段どう過ごしているか、長年一緒に過ごした友達に言うと、私の僅かな表情の変化を見逃すはずがなかった。
「…その割にはなんか楽しそうじゃないけど?」
「そんな事な…い…」
語尾が萎んでしまうと、もう1人の友達がすかさずツッコミをいれた。
「あっ、この感じなんか思う所あるんだね?」
「…うっ」
固まる私に、さぁっ!さぁっ!吐きなさいっ!と言うオーラを出していた2人に、私は薫と付き合ってからの顛末を話した――もちろん、会った日のホテルの件を除いて。


「…ちょっと、保険かけ過ぎじゃない?その彼氏」
「わかる、仮の恋人ってさ、なんか嫌、正式な恋人じゃないの?って感じ」
2人に話すと、私と同じ事を口にしてくれて、私は普通の感覚を持っていると安心した。
「それにご飯とか外出先全部奢ってくれるのは、いいけど…支払いって現金?」
「うーん、現金も使うし、カードも使う…かな、半々くらい」
薫と外出する時のお会計の時を思い出して2人に言うと、少しだけほっとしていた。
「なら大丈夫か」
「どういう事?」
「いや、所帯持ちならカードの明細が嫁に見られて、浮気がバレるからさ…でも週末一緒に過ごしてるなら違うか」
「うん、さすがに毎週土日一緒に過ごして…所帯持ちはないかも」
1人が問題定義をして、もう1人が矛盾点をつくのは、この3人の中では当たり前の事だった。美人と言われることが多いから、事実として受け止めてきた私達は顔が整っている分、変な男に引っかかる事も多かった。だから新しい彼氏が出来るたびに、出会いや付き合うきっかけになった出来事などを話すと自分が感じた違和感や自分から見て不思議な行動を取る相手を友達に指摘してもらっていた。反対に私も友達の好きな人や彼氏ができたら相談するのだ。
「好きって言われた?」
「…可愛い、とは言われた」
「はい?ますます変なのっ!」
ふとした時に可愛いとは言ってくれるけど、好きとは言われていない。
「仮の恋人、好きと言われない…本当に付き合っているの?」
「それを言われると…自信ないや」
初めて薫と一夜を過ごした時に、目が覚めたら彼がいなかった時の事が頭をよぎる。
パパ活、嫌な言葉だ。
「よしっ!今日はうちに来い!モヤモヤした気持ちをこの際全部吐き出しちゃおう」
「賛成!私も色々話したりないっ!」
大学卒業する前までは、ほぼ毎日一緒に過ごしていたから、積もる話もあるのだ。どうしようかと、携帯を取ると、目敏く友達に取り上げられた。
「…茉白、今日は彼氏の連絡取るの禁止ね」
「えっ」
「そそっ、茉白が感じている不安は、文字じゃなくて、ちゃんと向き合って言わないと、永遠に伝わらないから」
そう言われて、それもそうかと、ストンと心の中で納得した。
文字だけだと、送った側も誤解をしそう。特に薫は、他愛のない話はするのに、自分の気持ちをそんなには教えてくれないから、本当はどう思っているのか分からないのだ。
友達の家へ行き、日付が変わる前までお喋りをして、朝早くに起きて自分の家に戻って朝のシャワーと着替えを済ませて、会社へと向かった。



私が勤める会社は、80階のオフィスビルの74階のフロア全部を借りていた。通路側とは反対側は前面窓ガラスで、外の景色が一望出来る。最初は綺麗だなと思っていたけど、薫の家へと行くようになってからは、薫の家の方の景色が好きだと気がついた。
8月に入るとお盆と重なるため不動産投資申込者があまりない。そのためこの手が空いた時に、新入社員とベテラン社員の勉強会などが盛んに行われるようになる。業務をこなしていくうちに起こる疑問や、改善点を見つけた箇所を大きな会議室の大型スクリーンで映し出されて意見交換をする。会議室からも外を見ることが出来るが、よそ見をすることが出来なかった。
それが1時間で終わると、自分の席に戻って持っている案件に取り掛かる。派遣社員からデスク不在の時に電話のあった旨のメモや取引先に頼んでいた資料が届いてデスクの上へと置かれていたので、そちらから手をつけた。
普段なら個別で自由に行けるお昼時間も、珍しく一緒会議の出席をした同じ課の先輩と行き、2時間ほど残業をしてやっと業務が終わり帰ろうとして始めて、昨日の夜から携帯電話を触っていない事に気がついた。
荷物を置くロッカーは電波が悪いので、カバンを持ってエレベーターに乗って1階まで降りながら携帯を操作する。
大きく20:39と時刻が映し出された携帯電話のロックを外しホーム画面が明るくなると、3件の着信とSNSのメッセージアプリに7件の未読メッセージが残っていた。着信3件のうち1件は、友達と待ち合わせ付近の友達からの着信で、その後は21時と24時に薫からの不在着信。SNSのメッセージアプリの未読7件のうちの2件が、フレンズ登録した企業からの新商品のおすすめのお知らせで、3件は友達と行ったご飯の写真、そして残りの2件は薫からのメッセージだった。
『終わった?』
『泊まるのか』
シンプルな文面だったけど、いつも何かしら使っているスタンプがなくて、それにそれ以降はなんの連絡もないからなんだか怒っているのを感じた。
――ヤバい…連絡してなかった
昨日は友達と居たから出れなかったけど、その後からは連絡が出来たはずなのに全く薫に連絡していなかった。辺りを見渡して、知っている人が居ないのを確認してから、1階のフロアの隅に行き、薫に電話をすると、数度のコール音の後で低い声が出た。
「……はい」
「薫っ、あのっ、昨日はごめん…なさい」
初めて会った時から初めて聞く短い返事に、冷や汗が出ながら最初に謝ると、彼はまだ会社に居て出られないから、今日は会えないと言う。
じゃあ、明日会おう、と言おうとして、口が閉じた。
『ちゃんと会って気持ちを伝えないと』
この時になって友達の言葉が頭の中に浮かび、明日に会えるまでこんな気持ちでいるのに耐えられる自信がない。
「薫、私は今会いたい」
そう勇気を持って言えば、彼が電話の奥で息を呑んだ。
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