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<21・Justice>
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最近のスマートフォンは優秀だ。
ある程度地下に入っても、電波が繋がらなくなるようなことはない。山奥でも、極めて限られたエリアを除けば圏外になることはないという。まあ、それは現在人類の活動範囲が限られているからというのもあるのだろうが。さすがに、百年前まで人類の領域だった、現支配エリアの電波塔がどうなっているかまでは誰にも分らない。
「オッケー、ストップ!」
その段階まで来たところで、トーリスは掘削班にストップをかけていた。
「みんな聞いてくれ。……丁度今。この上が、敵のバリアの要……J塔の、真下だ」
スマホに表示された地図を見せて、トーリスは皆に示した。おおおおお、とスコップを握っていた男達から歓声が上がる。
いくらレナの能力があるとはいえ、地道で、かつ代わり映えのない作業が続いていたことは間違いない。ようやく、目的の場所まで掘り進めることができたのだと知り、彼らは控えめにガッツポーズを掲げた。
「やったな、レナぁ!おれも嬉しいゼ!」
「ええ本当に!」
今日の当番にはバランも含まれていた。旧知の仲の彼とハイタッチを決めたレナは、ついに、と頬を紅潮させた。
「ついに、ここまで来たのね。……本当に、敵に一切見つからないとは思ってなかったわ。ロックの能力と、クリス司令、それからトーリスさんの的確な指示のおかげね」
「俺は何もやってないよ。みんなが頑張ってくれたおかげさ」
トーリスは笑って言う。ここのところ悪夢を見る日が増えて少々寝不足ではあったが、どうにかここまで来れて安心していた。
あの悪夢はきっと、みんなと異星人についていろいろな話をして思い出したから、それでついつい見てしまったというだけのことなのだろう。何も気にする必要はない。あれが何かの警告だなんて、そんなことはきっとないはずだ。
実際、トンネル作業は予定よりずっと早く目標地点まで掘り進めることができている。
森の下を抜けて荒野に入っても、恐れていたことは何も起きなかった。侵略者たちは本当に地面の下までは警戒していなかったということらしい。センサーもなく、地雷もロックが言う通り浅いエリアに数個埋まっていた程度。回避することは十分可能だった。
「さて、あとは仕上げだ。塔の真下と、それから敵の司令基地の真下、工場の真下。それぞれが繋がるようにあと少しだけトンネルを掘ることになる」
額に浮いた汗を拭いながら言う。送風機でトンネルに風をお送りこんで貰っていなかったら、蒸し風呂になっていたところである。
「トンネルの作業が終わったら、バランの出番だ。爆弾を設置してもらう。設置する爆弾は合計三個。塔の真下に一つ、兵器工場の真下に一つ、司令基地の真下に一つ。その周囲に、燃焼材を運び入れて火力を強化する。バラン、お前の能力なんだが」
「おうヨ」
ひょい、とバランが手を挙げて答えた。
「おれのスキル、“爆発”はみんなも知っての通り。どこまでも威力を増大させることはできるが、遠隔で爆発させられるのは50メートルの距離までだ。つまり、おれがその程度離れても巻き込まれないくらいの威力、が限界ってことだな」
彼の能力の、唯一のネックはそこである。
電波が届かない場所だろうと、人間が扱えないような威力の爆弾であろうと関係なく使えるのは魅力。また、極めて小型な手榴弾程度の爆弾を、遠隔で爆発する大型爆弾に変えることも可能。裏を返せば、このトンネルに超大型爆弾を、危険をおかして運び込む必要がないというわけだ。
しかし、彼本人が巻き込まれてしまうことを考えると、50メートル程度離れた場所にいても爆風が飛んでこない程度の威力、が限界である。彼が三つの爆弾を爆発させるのと同時に、その三つの中央地点に置いた別の爆弾も時間差で誘爆するように仕向ける。燃焼材を増やして、とにかく火力と爆発力を増大させつつ、塔のバランは可能な限り速やかにその場を離れる――これが理想だ。
そして煙が来ないようにするためにはもう一つ。“自分達のトンネル”を塞ぐように天井を崩落させなければいけない。これは、レナの力も必要だろう。極めて小さな火力の爆弾で崩れるくらい、天井を脆くする必要があるのだから。
「私は爆弾の威力を最大限生かすために、天井の強度の調整役をすればいいのよね?」
「そうだ。爆弾を設置して全員が範囲から撤退させたら、トンネルの一部を崩して爆風が来ないようにする。そのあたりも頼む」
「イエス、サー」
あと少し。
あと少しで、自分達の目的は達成される。
全員が確実に来るであろう未来を想像して、頷きあった。
「全員の退避には、ポーラのスキルを使わせて貰うことになっている。……作業完了前に、彼女に来て貰えるように手配しよう」
ポーラのスキルは“転移”。目に見える範囲、かつ“一日に限られた回数”に限定されるが。人間をテレポートさせることができる能力だ。
つまり、爆弾から50メートルのところでバランが爆弾を爆発させた直後、彼をさらにトンネルの反対側へ一瞬にして転移させることも可能、というわけである。ポーラもケンスケほどではないがかなり目がいいし、豆粒程度のサイズでも見えていれば効果を発揮できるらしい。避難には十分な能力だ。
まあ、本人は転移できないので、走って逃げなければいけないのが難点ではあるが。
「あとちょっとだ!頑張るぞ、みんな!」
「おー!」
少しだけ。ほんの少しだけ胸に沸いた黒雲を振り払うように、トーリスは声を上げた。
この先に、人類の希望が待っていると信じて。
***
やがて、その瞬間は訪れることになる。
爆弾の設置、燃焼材に運び入れ、避難の準備が完了。そして、バリアが崩壊すると同時に突入する予定の、第十航空基地の戦闘機部隊の出撃準備も整ったと連絡が入った。
いよいよだ。いよいよ、歴史が変わる瞬間が訪れる。
『すべての準備は完了しました。あとは、貴方がGOサインを出すだけです、トーリスさん』
「……はい」
トンネルの中、無線でクリスと連絡を取り合う。トーリスの視線の先では、トーリスの鶴の一声をバランがじっと見つめて待っていた。最終的にタイミングを合わせるため、トーリスはバランと一緒に50メートルギリギリ地点に一緒にいて、爆発と同時にポーラの能力で飛ばしてもらうことになっている。
「トーリスさあああああん!どうしたんですかあああああああ?そろそろ時間ですよおおおおお?」
遠くから、豆粒サイズの距離となったポーラが叫んでくる。彼女も100メートル先にいるはずなのに、声ががっつり聞こえてくるのだから凄い話だ。まあ、普段から彼女の声は結構大きいのだが。
「ごめん、あとちょっとだけ待って」
トーリスは手を挙げて少しだけポーラを制した。最後に一つだけ。一つだけトーリスはクリスに尋ねたいことがあったのである。こんなタイミングに、と言われそうだが。むしろ、こんなタイミングであればこそ。
「クリス司令。……この爆弾を爆発させたら、敵の塔と基地と工場が、一斉に崩落することになるのですよね」
レナの能力で、岩盤は可能な限り脆くなるようにしてもらっている。小さな爆弾でも崩落するところ、さらに50メートル離れていても巻き込まれかねないくらい大きな爆発を起こそうというのだ。
計算通りなら、相当広い範囲が崩れ落ちるはずである。それこそ、バリアの土台の壁も、広範囲で崩落するし、港町の一部も壊れることだろう。なんなら、敵が埋めている地雷に誘爆する可能性もあるので、そうなったらさらに甚大な被害が出るのは間違いない。
自分達は戦争をやっている。敵を倒すのが仕事だ。目の前に今敵兵がいなくても、今ここで爆発を起こせば――見えないところにいる、たくさんの侵略者が死ぬことになる。
それが自分達の狙い。そのための仕事をしている。最初からそんなことはわかっていた、でも。
「……これをやることで、たくさんの異星人が死にます。そしてひょっとしたら……大きな戦争が再開されて、人類の方にもたくさん犠牲が出るようになるかもしれません。それでも、俺達がやることは正しいのでしょうか?」
この土壇場で、こんなことを司令に尋ねるのはあまりに卑怯だとわかっていた。でも訊かずにはいられなかった。
あの悪夢の答えを知るために。
自分自身が納得して、未来に進むために。
『トーリスさん。絶対的に正しい選択なんて、この世にはないんですよ』
そんなトーリスの弱さを理解したのだろうか。幼い少年のような舌足らずな声で、しかし大人の余裕を備えた力強い口調で。クリスは答えたのだ。
『私も、貴方も、他の誰かも。必ず間違いを犯します。私達はこの作戦が正しいと信じてここまで来ました。仮に今回の作戦で、一番望む最高の成果が得られたとしても。人類側には一切犠牲が出なかったとしても。それをいつか“正しくないこと”として、後悔や反省する日が来ないとは言い切れないのです』
「……はい」
『大切なのは、傲慢を捨てて割り切ること。私達は、間違えることのあるイキモノだと。絶対的に正しいなんて、思ってはいけないことを。何故ならば本来どんな理由があろうと……命を奪うことは、肯定されるべきことではないのだから。異星人であれ、命の重さに変わりはないのだから』
驚いた。
敵に甚大な被害を与えるこの作戦を考えたのはクリスで。彼は、異星人の命を奪うことに躊躇いはないと思っていただけに。
異星人の命の重さと、人類の命の重さは同じ。クリスがまさか、そう考えているなどとは思いもしていなかったのである。
『それでも、我々は前に進まなければいけない。どれほどこの手を血で汚しても、それを洗い流して、己を誤魔化しながら。そうすることでしか、守れないものがあるからこそ』
だから、とクリスは続ける。
『どうしても辛かったら、全て私のせいにしなさい。貴方がたにその作戦を命じたのは私です。貴方がたはただ、その命令に従っただけに過ぎないのだから』
「司令……」
この人は、とトーリスは奥歯を噛みしめる。今はっきりと思ったのだ。この人が、自分達の上官で本当に良かったと。
聞いたことがある。上官の命令にけして逆らってはいけない。その代わり、上官は部下の命を死ぬ気で守る義務がある。――優れた上官の命令ならば、部下は強い言葉で命じられずとも従うものだと。
まさに、本物の王となる風格を持つ者であれば。
「……バラン」
迷いの全てが振り切れたわけではない。それでも、トーリスの覚悟は決まっていた。
「やってくれ。……司令、実行に移します」
「……おう」
クリスとの会話をすべて隣で聞いていた彼は、何を思ったのだろう。少しだけ目を潤ませて、前方に手を向けたのだった。そして。
「いくゼ、爆破!」
瞬間、凄まじい爆発音がトンネルの中に響き渡ったのだった。
ある程度地下に入っても、電波が繋がらなくなるようなことはない。山奥でも、極めて限られたエリアを除けば圏外になることはないという。まあ、それは現在人類の活動範囲が限られているからというのもあるのだろうが。さすがに、百年前まで人類の領域だった、現支配エリアの電波塔がどうなっているかまでは誰にも分らない。
「オッケー、ストップ!」
その段階まで来たところで、トーリスは掘削班にストップをかけていた。
「みんな聞いてくれ。……丁度今。この上が、敵のバリアの要……J塔の、真下だ」
スマホに表示された地図を見せて、トーリスは皆に示した。おおおおお、とスコップを握っていた男達から歓声が上がる。
いくらレナの能力があるとはいえ、地道で、かつ代わり映えのない作業が続いていたことは間違いない。ようやく、目的の場所まで掘り進めることができたのだと知り、彼らは控えめにガッツポーズを掲げた。
「やったな、レナぁ!おれも嬉しいゼ!」
「ええ本当に!」
今日の当番にはバランも含まれていた。旧知の仲の彼とハイタッチを決めたレナは、ついに、と頬を紅潮させた。
「ついに、ここまで来たのね。……本当に、敵に一切見つからないとは思ってなかったわ。ロックの能力と、クリス司令、それからトーリスさんの的確な指示のおかげね」
「俺は何もやってないよ。みんなが頑張ってくれたおかげさ」
トーリスは笑って言う。ここのところ悪夢を見る日が増えて少々寝不足ではあったが、どうにかここまで来れて安心していた。
あの悪夢はきっと、みんなと異星人についていろいろな話をして思い出したから、それでついつい見てしまったというだけのことなのだろう。何も気にする必要はない。あれが何かの警告だなんて、そんなことはきっとないはずだ。
実際、トンネル作業は予定よりずっと早く目標地点まで掘り進めることができている。
森の下を抜けて荒野に入っても、恐れていたことは何も起きなかった。侵略者たちは本当に地面の下までは警戒していなかったということらしい。センサーもなく、地雷もロックが言う通り浅いエリアに数個埋まっていた程度。回避することは十分可能だった。
「さて、あとは仕上げだ。塔の真下と、それから敵の司令基地の真下、工場の真下。それぞれが繋がるようにあと少しだけトンネルを掘ることになる」
額に浮いた汗を拭いながら言う。送風機でトンネルに風をお送りこんで貰っていなかったら、蒸し風呂になっていたところである。
「トンネルの作業が終わったら、バランの出番だ。爆弾を設置してもらう。設置する爆弾は合計三個。塔の真下に一つ、兵器工場の真下に一つ、司令基地の真下に一つ。その周囲に、燃焼材を運び入れて火力を強化する。バラン、お前の能力なんだが」
「おうヨ」
ひょい、とバランが手を挙げて答えた。
「おれのスキル、“爆発”はみんなも知っての通り。どこまでも威力を増大させることはできるが、遠隔で爆発させられるのは50メートルの距離までだ。つまり、おれがその程度離れても巻き込まれないくらいの威力、が限界ってことだな」
彼の能力の、唯一のネックはそこである。
電波が届かない場所だろうと、人間が扱えないような威力の爆弾であろうと関係なく使えるのは魅力。また、極めて小型な手榴弾程度の爆弾を、遠隔で爆発する大型爆弾に変えることも可能。裏を返せば、このトンネルに超大型爆弾を、危険をおかして運び込む必要がないというわけだ。
しかし、彼本人が巻き込まれてしまうことを考えると、50メートル程度離れた場所にいても爆風が飛んでこない程度の威力、が限界である。彼が三つの爆弾を爆発させるのと同時に、その三つの中央地点に置いた別の爆弾も時間差で誘爆するように仕向ける。燃焼材を増やして、とにかく火力と爆発力を増大させつつ、塔のバランは可能な限り速やかにその場を離れる――これが理想だ。
そして煙が来ないようにするためにはもう一つ。“自分達のトンネル”を塞ぐように天井を崩落させなければいけない。これは、レナの力も必要だろう。極めて小さな火力の爆弾で崩れるくらい、天井を脆くする必要があるのだから。
「私は爆弾の威力を最大限生かすために、天井の強度の調整役をすればいいのよね?」
「そうだ。爆弾を設置して全員が範囲から撤退させたら、トンネルの一部を崩して爆風が来ないようにする。そのあたりも頼む」
「イエス、サー」
あと少し。
あと少しで、自分達の目的は達成される。
全員が確実に来るであろう未来を想像して、頷きあった。
「全員の退避には、ポーラのスキルを使わせて貰うことになっている。……作業完了前に、彼女に来て貰えるように手配しよう」
ポーラのスキルは“転移”。目に見える範囲、かつ“一日に限られた回数”に限定されるが。人間をテレポートさせることができる能力だ。
つまり、爆弾から50メートルのところでバランが爆弾を爆発させた直後、彼をさらにトンネルの反対側へ一瞬にして転移させることも可能、というわけである。ポーラもケンスケほどではないがかなり目がいいし、豆粒程度のサイズでも見えていれば効果を発揮できるらしい。避難には十分な能力だ。
まあ、本人は転移できないので、走って逃げなければいけないのが難点ではあるが。
「あとちょっとだ!頑張るぞ、みんな!」
「おー!」
少しだけ。ほんの少しだけ胸に沸いた黒雲を振り払うように、トーリスは声を上げた。
この先に、人類の希望が待っていると信じて。
***
やがて、その瞬間は訪れることになる。
爆弾の設置、燃焼材に運び入れ、避難の準備が完了。そして、バリアが崩壊すると同時に突入する予定の、第十航空基地の戦闘機部隊の出撃準備も整ったと連絡が入った。
いよいよだ。いよいよ、歴史が変わる瞬間が訪れる。
『すべての準備は完了しました。あとは、貴方がGOサインを出すだけです、トーリスさん』
「……はい」
トンネルの中、無線でクリスと連絡を取り合う。トーリスの視線の先では、トーリスの鶴の一声をバランがじっと見つめて待っていた。最終的にタイミングを合わせるため、トーリスはバランと一緒に50メートルギリギリ地点に一緒にいて、爆発と同時にポーラの能力で飛ばしてもらうことになっている。
「トーリスさあああああん!どうしたんですかあああああああ?そろそろ時間ですよおおおおお?」
遠くから、豆粒サイズの距離となったポーラが叫んでくる。彼女も100メートル先にいるはずなのに、声ががっつり聞こえてくるのだから凄い話だ。まあ、普段から彼女の声は結構大きいのだが。
「ごめん、あとちょっとだけ待って」
トーリスは手を挙げて少しだけポーラを制した。最後に一つだけ。一つだけトーリスはクリスに尋ねたいことがあったのである。こんなタイミングに、と言われそうだが。むしろ、こんなタイミングであればこそ。
「クリス司令。……この爆弾を爆発させたら、敵の塔と基地と工場が、一斉に崩落することになるのですよね」
レナの能力で、岩盤は可能な限り脆くなるようにしてもらっている。小さな爆弾でも崩落するところ、さらに50メートル離れていても巻き込まれかねないくらい大きな爆発を起こそうというのだ。
計算通りなら、相当広い範囲が崩れ落ちるはずである。それこそ、バリアの土台の壁も、広範囲で崩落するし、港町の一部も壊れることだろう。なんなら、敵が埋めている地雷に誘爆する可能性もあるので、そうなったらさらに甚大な被害が出るのは間違いない。
自分達は戦争をやっている。敵を倒すのが仕事だ。目の前に今敵兵がいなくても、今ここで爆発を起こせば――見えないところにいる、たくさんの侵略者が死ぬことになる。
それが自分達の狙い。そのための仕事をしている。最初からそんなことはわかっていた、でも。
「……これをやることで、たくさんの異星人が死にます。そしてひょっとしたら……大きな戦争が再開されて、人類の方にもたくさん犠牲が出るようになるかもしれません。それでも、俺達がやることは正しいのでしょうか?」
この土壇場で、こんなことを司令に尋ねるのはあまりに卑怯だとわかっていた。でも訊かずにはいられなかった。
あの悪夢の答えを知るために。
自分自身が納得して、未来に進むために。
『トーリスさん。絶対的に正しい選択なんて、この世にはないんですよ』
そんなトーリスの弱さを理解したのだろうか。幼い少年のような舌足らずな声で、しかし大人の余裕を備えた力強い口調で。クリスは答えたのだ。
『私も、貴方も、他の誰かも。必ず間違いを犯します。私達はこの作戦が正しいと信じてここまで来ました。仮に今回の作戦で、一番望む最高の成果が得られたとしても。人類側には一切犠牲が出なかったとしても。それをいつか“正しくないこと”として、後悔や反省する日が来ないとは言い切れないのです』
「……はい」
『大切なのは、傲慢を捨てて割り切ること。私達は、間違えることのあるイキモノだと。絶対的に正しいなんて、思ってはいけないことを。何故ならば本来どんな理由があろうと……命を奪うことは、肯定されるべきことではないのだから。異星人であれ、命の重さに変わりはないのだから』
驚いた。
敵に甚大な被害を与えるこの作戦を考えたのはクリスで。彼は、異星人の命を奪うことに躊躇いはないと思っていただけに。
異星人の命の重さと、人類の命の重さは同じ。クリスがまさか、そう考えているなどとは思いもしていなかったのである。
『それでも、我々は前に進まなければいけない。どれほどこの手を血で汚しても、それを洗い流して、己を誤魔化しながら。そうすることでしか、守れないものがあるからこそ』
だから、とクリスは続ける。
『どうしても辛かったら、全て私のせいにしなさい。貴方がたにその作戦を命じたのは私です。貴方がたはただ、その命令に従っただけに過ぎないのだから』
「司令……」
この人は、とトーリスは奥歯を噛みしめる。今はっきりと思ったのだ。この人が、自分達の上官で本当に良かったと。
聞いたことがある。上官の命令にけして逆らってはいけない。その代わり、上官は部下の命を死ぬ気で守る義務がある。――優れた上官の命令ならば、部下は強い言葉で命じられずとも従うものだと。
まさに、本物の王となる風格を持つ者であれば。
「……バラン」
迷いの全てが振り切れたわけではない。それでも、トーリスの覚悟は決まっていた。
「やってくれ。……司令、実行に移します」
「……おう」
クリスとの会話をすべて隣で聞いていた彼は、何を思ったのだろう。少しだけ目を潤ませて、前方に手を向けたのだった。そして。
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