最弱の無能力者は、最強チームの指揮官でした

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<22・Invasion>

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 迷っていたのも、悩んでいたのも、トーリスだけではないはずだ。
 普段の訓練や生活の中では、多くの仲間たちが笑顔で、一生懸命何かになろうと足掻いていた。前を向いて走り続けていた。でも、本当のところは誰だってわかっていることなのである。
 兵士になるということは、誰かを守ることであると同時に、誰かを殺すということ。その覚悟をしなければならないということ。
 主に自分達が戦う相手は異星人だ。人間ではないから、殺しても問題ないと己を誤魔化すことはできなくはないだろう。だが、忘れてはいけない。彼らもまた赤い血を流し、意思を持っているということを。侵略者であり、敵であり、倒さねば守れないものがあるとしても。自分達は何故彼らが侵略してきたのかを何も知らないし――例え相手が決定的に悪だったところで、そこに罪悪感を抱くなというのは無理な話であるということを。
 人を殺すことに何も感じなくなってしまったら。きっと人は人として、大切なものを失ってしまう。
 人を殺せる人間はとても強いけれど、一度殺してしまえばそこからもう戻ることはできない。人を殺さないでいられた強さを、もう一度取り戻すことはできなくなるのだ。
 みんな、みんな、わかっていたはずだった。上から命令されたからとはいえ、自分達がやったことで――どれほだけの犠牲が出て、一体何が起きるのかということを。

『速報です!第十司令基地が、敵エイリアンのバリア、J塔の破壊に成功したとの情報が入りました。J塔のみならず、付近のエイリアンの航空基地、兵器工場などにも甚大な損害を与えることに成功したようです。ご覧ください、この距離からでもわかるように大きな火の手が、煙が上がっています!今、バリアが壊れた場所から次々と、我が人類のミサイルが、戦闘機部隊が突入していきました!見えますでしょうか!?』

 ニュースでは、女性アナウンサーが興奮したように戦況を伝えている。こちらのニュースや電波を、向こうが乗っ取ったり視聴する方法がないということは既にわかっていることだ。だから特に、こちら側で情報規制をするようなことはない。
 むしろ政府は、大々的に放送する。
 人類が大きな一歩を踏み出したことを。革命的な勝利を収めたことを。
 それが、人々の希望になるがゆえに。

『バリアと壁が崩壊したことによって、崩壊した基地の様子がよく見えます。取材ヘリの、中立地帯での限定飛行が許可されました。上空からの映像をお届けします。ヘリのウェールズさん、どうですか!?』
『はい、こちらウェールズです。ご覧ください。かつて人類が、異星人にこれほど大きな先制攻撃を成功させたことが今まであったでしょうか!?基地の様子が見えます。とてつもなく大きいな穴が開いていて、その中に壊れた戦闘機や建物の瓦礫が大量に落下しています。むしろ、まだ崩落は続いているようです。今、あそこの蒼い屋根が滑り落ちていくのが見えました。あの灰色のコンクリートのようなものは、恐らく滑走路だった場所なのでしょう。異星人らしき人影が、倒れている姿が見えます』

 興奮していたせいだろう。あるいは、相手が異星人だから、人間ではないからいいと思ったのか。
 テレビ局のヘリから撮影された映像は、モザイクをかけることもなく全国に放送された。アスファルトの上に散らばる赤い花も、航空機の残骸の下に押しつぶされている異星人らしき者達の手足も。千切れた翼も、何かもわからない肉塊も。
 基地で起きた火災は、そのまま港町の方まで延焼している様子だった。人類の戦闘機は僅かに形が残っていた敵の兵器工場と残っていた戦車、戦闘機などをかたっぱしから爆撃し、跡形もなく粉砕した。
 同時に、天候は人類の味方をしたとも言えるだろう。東から西へ吹き付ける強風にあおられ、基地で起きた火災が広範囲へと広がっていったのだ。
 いくら高い科学力と生命力を持つとはいえ、戦闘機や戦車をかたっぱしから破壊されてしまっては異星人たちもどうしようもない。ちらほらと、炎の隙間から逃げまどう住民たちの姿が見えた。それを、トーリスたちは後になって、テレビの映像で見ることになったのだ。
 それは、人類が、歴史的勝利を収めた日だった。
 他の基地からの援軍が来るよりも前に町を制圧し、即席のバリア塔を新たに奪還したエリアに建てることに成功。破壊した敵のバリア塔の中身をそのまま応用すれば、数日で正式なバリア塔、第十一塔を新たな生活圏に建てることも可能だろう。
 異星人の重要拠点だった港町は。脅威であった宇宙戦艦の助けを得ることもできないまま、人類に制圧されたのだった。
 本来なら、その勝利を自分達はみんな喜ぶべきであったことだろう。人類側の被害は軽微。数名の怪我人と、小破、中破した戦闘機がいくつか出たのみ。この百年で最も大きな勝利であり、戦果であったのは間違いないのだから。でも。

「……俺達、正しかったんだよな?」

 テレビを見ながら、兵士の一人が呟いた。
 その言葉に、トーリスも誰も、言葉を返すことができなかったのである。



 ***



 人類の生活圏が、約百年ぶりに拡大された。
 J塔の向こうにあった港町と、第十塔からJ塔に至るまでの中立地帯をぐるりとバリアで囲み、人類が安全に行き来できるエリアとすることができたのである。
 もちろん、元異星人の支配権だった場所に、人類が暮らせる町を再建させられるまでにはかなりの時間がかかることだろう。なんせ、空爆と火災で破壊されつくしてしまっている。何より、中立地帯を挟まず、敵の支配エリアに突出した形となってしまっている特殊な地域だ。一般人が安心して住めるほどの安全を確保できるようになるまでは、さらに長い年月が必要となるはずだ。
 それでも人類の食糧問題と住居問題が切迫していた今。大きな進歩であったことは言うまでもない。
 同時に、港町で生き残っていた住人達を捕虜として捕まえたことで、異星人たちの言語を解析したり、新たな科学技術を入手したり、同時に交渉の材料とすることも可能となったはずだ。
 そう、トーリスたちがやったことで、人類は間違いなく救われた。その勝利を素直に喜ぶべきであったはずだ――本来なら。
 でも。

「……司令官」

 J塔を崩落させてから、一か月後。
 バタバタしていた事後処理が一通り片付き、新たに得た生活圏の復興、整備などの目途が立ったところで――トーリスはようやく、執務室でクリスと二人きりで話す機会を得たのだった。

「司令官は、わかってたんですか?……異星人たちのこと」

 質問したかったのは、それだった。
 トーリスは第十司令基地の人間として、捕虜たちとも何度か顔を合わせている。捕虜の中には学のある者もいて、そういった者達は人類の言語を話すこともできた。
 特に長い青髪の若い青年。彼は、異星人の学者だと名乗り、自分達にこう訴えてきたのだった。

『お願いしまス。私にできることでしたら、何でもしまス。欲しい情報があるならば全て提供しまス。私自身の命が欲しいならそれもあげまス。ですからどうか、どうか、家族のの命だけはお助けくださイ。私は、家族さえいれば、他にもう何も要らないのでス……!』

 港町の火災から必死で逃げて来たという、自分の両親と妹と弟を。まだ年若い兄は、一生懸命守ろうとしていたのだった。人間で言うところの、十七歳の年だという。学校では、人類の言葉も学んでいた。だから話もできるし、知っていることもたくさんあると語った。己はどんな仕事でもするから、そのあと殺されてもいいから、家族だけは救ってくれと懇願してきたのだ。
 本人も、手足や顔にやけどをした、酷い状態であったにも関わらず。
 そう、家族を思う気持ちは、愛する者を救いたいと願う気持ちは。――異星人も、人類とまったく変わらなかったのだ。

「異星人も、人類と同じように生活があって、生きている。それを奪うのは罪深いこと。そうわかっていたから、あんなことをおっしゃったのではないですか?」

 そう、爆破を行うあの日。
 クリスが言った言葉を、自分はけして忘れてはいない。



『大切なのは、傲慢を捨てて割り切ること。私達は、間違えることのあるイキモノだと。絶対的に正しいなんて、思ってはいけないことを。何故ならば本来どんな理由があろうと……命を奪うことは、肯定されるべきことではないのだから。異星人であれ、命の重さに変わりはないのだから』



 異星人の命もまた重いものであると。人間と同じくらい、本当は大切にされなければいけないものであると。
 クリスはきっと、最初からそれがわかっていたのだ。分かった上で、作戦を考えて、指示を出したのだろうと。

「……わかっていましたよ」

 少年の顔をした指揮官は。静かな瞳で、トーリスを見つめてきたのだった。

「正確には、想像がついていた、とでも言いましょうか。……だって、人類を上回るような科学技術、文明を持っている生命体なのですよ?人類以上に高度な知識や意思、感情があると考えるのは至極当然のことです。家族を思う気持ちや、愛する者を守りたいと思う気持ちも、きっと」
「……本当にそんな気持ちがあるなら。なんで奴らは、この惑星を侵略なんてしにきたんですかね」
「そこはまだ、彼らの話を詳しく聞いてみないとわかりませんが。案外、人類と同じだったのかもしれません。人類も、異星人たちが侵略してくるまでは世界中で、自分達の間で戦争をしていたと歴史にあります。領土や食料、および宗教を巡って。異星人たちも……例えば自分たちの惑星が住めなくなったから、この惑星に移住して生き延びようとした、なんてこともあるのかもしれませんね。しかしこの惑星は人類でいっぱいで、自分達が住むだけの余裕がなかった。だから人類の数を減らそうとした、とか」
「よ、よそからやってきておいて!そう思うなら、住まわせてくれと交渉するとか、頼むのが筋でしょう!?なんで、なんで無理やり兵器使って襲い掛かってきて、奪い取ろうとするなんて……!」

 クリスにつっかかりたいわけではない。それでも、想像以上に動揺している己がいるのは間違いないことだった。
 動揺するのは、自分自身が薄々気づいていて、目を背けてきた事実を今まさにつきつけられているからだ。
 人類がやっていることと、異星人がやっていること。その違いが、わからなくなっているからなのだと。

「もう、トーリスさんもわかっているでしょう?」

 クリスはトーリスを責めることなく告げた。

「人類が、“異星人は人間じゃないから殺してもいい”とどこかで思っていたのと同じではないでしょうか。彼らにとって、我々は“人間”ではない。だから殺してもいい。……そう考えることで自分達の行為を正当化し、罪悪感を誤魔化すんです。相手を殺していいという理由をこじつける。そうじゃなければ、まともに立ち続けることもできないから。戦って、守ることができないから」
「そんな、こと……」
「それは、人ならば当然の感情で。だからこそ……だからこそ、異星人たちはどこまでも“人類”とそっくりなのだと、そう言わざるを得ないのです。そこから我々はけして、目を背けてはいけないということも」

 なんて、残酷なことを言うのだろう、彼は。
 いやわかってはいるのだ。クリスは何も、間違ったことは言っていない。予想しようと思えば予想できたことなのだから。そこから逃げていたのは、間違いなく自分達の方なのだから。

「……俺は」

 ぎゅっと拳を握りしめて、トーリスは言う。

「俺は、どうしたらいいですか。異星人たちと、これからどうやって戦えばいいんですか」

 戦わなければ、守らなければ、己は此処にいる意義を失ってしまう。呻くトーリスの前にクリスは立つと、そっと手を伸ばして頭を撫でてきた。まるで、小さな子供にするかのように。

「戦うんじゃない。まずは、向き合うんです。そうすれば、これからは……争わなくてもいい方法が見つかるかもしれないのですから」

 本当は殺したくない。そう思うようになってしまったことを、クリスには見抜かれていた。そして、それを彼は責めなかった。笑えるほど、よくできた上官ではないか。

「……ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」

 自分たちがやったことが正しかったか、間違いであったか。それは後に、歴史が決めればいいことだ。
 きっとまだ自分達の本当の“選択”は、始まってさえいないのだから。
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