最弱の無能力者は、最強チームの指揮官でした

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<7・Robot>

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 五年前の、ロボット大騒乱事件。
 夕食の時間にそれについて尋ねると、バランは“おれは知ってるゼ”と渋い顔をしたのだった。

「その頃、まさに第十基地に配属されてすぐのことだったからナ。正直に言うと、この基地に異動になってなかったらおれみたいなのは真っ先に死んでてもおかしくなかったと思うゼ」

 親睦を深めるという意味もあって、現在トーリスはバラン、レナ、ケンスケらと食卓を囲んでいる。他にも何人か、彼らと親しいメンバーが集まっている状態だった。案内役のポーラもちゃっかり近くに座っている。彼女の性格からして、トーリスを心配しているのか面白がっているのかは判断に困るところであったが。

「その時まだ、中尉は兵士じゃなかったんだっけか?」
「ん、まあ。俺は学生だったし。というか、階級で呼ぶのやめてくれないか。あんたには言う必要もなさそうだが、正直敬語で話されるのも苦手なんだ。あんた達の方がここの先輩だし、そういうの気にしなくていいから。公の場では別として」
「まあ、うちの軍ではそういうの多いナ。トーリスが言うように、ろくな戦果も挙げてないのに上がバタバタ死んだせいで無駄に出世しちまって右往左往している尉官、左官クラスは少なくないし。クリスさんみたいに、普通に頭の良さと努力で将軍まで上り詰めた人もいるけどナ」

 まあそうだろうな、とちらっと後ろを振り返って思うトーリス。クリス司令官は皆と一緒にご飯は食べないのか、あるいは仕事が残っているからなのか司令室にこもりきりだった。直前に前を通った様子だと長電話に捕まっていたようなのでそのせいかもしれないが。
 ちなみに現在自分が食べているのが、ポーラが“ほっぺが落ちるほど美味しいです!”とおすすめしてくれたハンバーグ定食。ちなみに一言でハンバーグと言ってもソースは様々で、キノコの入った和風ソースと、チーズが入ったデミグラスソースが特にポーラのお気に入りだという。今日トーリスが食べているのは後者だった。ナイフで切った途端、中から肉汁ととろとろチーズがじゅわあ、と溢れてくる。たまらない。
 鼻孔をつくいい匂いに、これだけで“この基地に来て良かったあ!”と思ってしまうのは安いだろうか。いや実際、第三司令基地にも食堂はあったが、メニューの数も少なければ味も残念なものばかりであったものだから。

「はむ、はむ……このハンバーグまじでうま……ライスおかわりしようかな」
「ぜひぜひ、そうしちゃってください!ご飯のおかわりは自由ですから!あ、スープバーもありますよう!」

 斜め前の席に座るポーラが、ひらひらとフォークを持った手を振ってくる。ちょっと怖い。

「それとドル軍曹!ぜひぜひ、クリス司令官のかっこいい話をお聞かせください!この新人さんにぜひにぜひに!」
「おいおいポーラ、おれのかっこいい話じゃなくて司令官のかっこいい話なのかヨ!もう少し、おれの活躍も評価してくれてもいいと思うんだゼ!?」
「私、ドル軍曹の武勇伝なんて酔っぱらって暴走した話しか知りませんもーん!」
「てめコラ!コラ!」
「きゃー」

 食事中に騒いでいても怒ってくる人はいない。それどころか、あちこちから笑い声が上がる。ポーラが伍長でバランが軍曹、バランの方が一つ階級が上のはず。それなのに、こうやって揶揄われても本気で怒る様子がない。むしろ、ここにいる者達はみんな階級も立場も軍歴もバラバラなはず。それなのに、まるで友達のように話すことが許されている。
 この空気は、今までの基地では経験したことのないものだった。以前の場所では、とにかく階級が絶対であったから。――まあ、中尉であるわりに自分は若すぎてちっとも尊敬されていなかった気がするが、それはそれ、まともな戦果も挙げてないのに超速昇進してしまったのだから仕方ないことではあるのだが。
 階級を重視しない、というのはきっと人によっては苦い顔をすることだろう。軍隊において、上下関係の重視はつまり、命令系統の重視に繋がるものであるからだ。きちんと上から下へ命令が行く仕組みになっている、というのが友達のような関係ではうまくいかないことも少なくあるまい。
 それでもこの雰囲気が許されているのは――きっと司令官が“そういうもの”を許しているから、なのだろう。まだ少し話しただけだが、それでもクリスという人物がどういう人間であるのかは窺い知れるというものだ。
 少なくとも、彼を慕っている人間、感謝している人間は少なくないようである。落ちこぼれ、無能力者と、基地の外ではあれだけ蔑まれている人物であるにも関わらず。

「……まあ、実際。おれの武勇伝なんて無いも同然というか。五年前も、クリス司令がいてくれなきゃ、おれは死んでたと思うしなあ」

 はあ、とお茶をちびちびと飲みながらバランが言う。今は酒の気分ではないらしい。あるいは、晩御飯の時にはお酒は飲めないものなのかもしれない。もとより殆ど飲酒しない自分にはあまり関係ないことだが。

「五年前のロボットの大騒乱。あれ、よその基地で大量に死人が出た理由知ってっか?」
「いえ」
「真っ黒な山か海か。そう思うほどロボットが押し寄せてやべえことになったのは事実だ。戦車で撃っても航空機で撃ってもキリがない上に、向こうの射程に範囲と片っ端から撃ち落されるわけだからな。歩兵もライフルで長距離から狙ったりしたんだが、まあ同じ運命ダ。バタバタ人が死んでった。地面は潰れた航空機の残骸とぶっ壊れた戦車と、死体の山で埋め尽くされたって話」

 そんでもってな、とバランはため息交じりに言う。

「最終的には、埋めてあった地雷をありったけ爆発させてまとめてふっとばして、どうにかロボット軍団を撤退させたようだが。……まあそんなことしたら、地上部隊もただじゃすまないわな。味方もろとも吹っ飛ばしたわけダ。落ちた航空機や潰れた戦車の中で生きてたやつも、地上でぎりぎりまで敵を足止めしようと撃ち続けてたやつも、みんなみんなバラバラになった。……だから正確な死人の数って、実はわかってねえんだヨ。跡形もなく吹き飛ばされたやつは、まともに死体も回収できなかったからナ……」

 淡々と語られる、恐ろしい話。トーリスは何も言えなくなった。
 そうだ、自分は宇宙戦艦グランノースばかり恐れていたが――グランノースがなくても、連中にはとんでもない科学技術がある。この惑星の人間では扱いきれないような数多くのロボットや兵器があり、それだけでも十分すぎるほど脅威になるということを奴らは自分達に知らしめたというわけだ。
 思わずトーリスは、先日見た光景を思い出してしまっていた。きっとあの戦場がマシと思えるほどの地獄があったのだろう。――味方の中にはバラバラにされた人もいなかったわけではなかったが、それでも“誰”なのか判別できないほどになった者はほとんどいなかったのだから。

「実際は、行方不明者の方が多いのよ、あれ」

 レナがぽつり、と呟いた。

「私は当時、第四司令基地にいたんだけど。一緒の部隊にいた人達のほとんどが、結局死体も見つからないままになってしまったわ。腕の一本だけでも回収できた人はまだ幸せだったくらいだもの」
「レナ……」
「ちなみに私がこの第十司令基地に飛ばされた原因、その後年前の件だったりして。最前線で足止めするように言われたのに、私はびびって敵前逃亡したの。で、その結果地雷に巻き込まれずに済んで私だけ生き残っちゃって……軍法会議にかけられたわけ。仲間たちもまさか、自分達ごと地雷で吹き飛ばされるとは思ってなかったんでしょうけど」

 そこまで聞いて、トーリスは不思議に思った。
 ポーラは確かに、自分にこう言っている。



『第十司令基地で亡くなった人は、たった二人だけだったそうです。他の基地では数十人、多いと三桁の殉職者が出たにも関わらず』



 彼女は確かに二人、といった。つまり死んだ人が少なかったのみならず、死者の数を正確に把握できる状況にあったということである。
 一体どうやって、大量に迫りくるロボットを撃退したのだろうか。

「第十司令基地にも、たくさんロボットは襲ってきたんだよな?どうやって基地と塔を守ったんだ?」
「それ。それがうちの司令官のすごいところなんだゼ!」

 沈んでいたバランが、一気に声を張り上げた。高揚してたまらない、といようにお茶の入ったコップを掲げる。

「第十司令基地は、第一司令基地と並んで海に近いっていうのは知ってるカ?」
「え?まあ」

 人類の生活圏をぐるりと囲む、第一から第十の塔と司令基地。そのうち、第十司令基地は、一番南に位置している。南に進むと中立地帯があり、さらに進むと敵の占領地があるわけだが――占領地に入ってすぐの場所が海になっているのだ。正確にはとんでもない断崖絶壁で、その向こうが海というわけである。

「じ、実は、あの時襲撃してきたロボットは、以前にも第二基地に偵察にきていて捕縛されたことのあるものだったんです。ロボットが大量襲来する一年前のことです。その時現れたのは一機だけだったんですが」

 ケンスケが恐る恐ると言った様子で口を開く。

「く、クリス総司令はですね、そのロボットのデータを頭に叩き込んでまして。今回大量に現れたのも同じロボットだ、とすぐに気づいたわけなんです。で、そのデータを素早く解析して、弱点を突き止めたわけですね、ハイ」
「弱点?ロボットたちに弱点があったのか?」
「は、ハイ。ロボットたちはとても軽量化されていて、どんなボコボコの地面もしっかり走れるように作られていて……その上、航空機も撃ち落せるような機銃まで装備しているっていう恐ろしいものだったわけですが。その代わり、水に弱かったんですね、ハイ。だから」

 よその基地が襲来され始め――第十司令基地まで被害が及んでいない段階から、クリスは準備を始めたのだ。
 つまり、基地と塔の周辺に、大きくて広い落とし穴を急ピッチで掘らせたのである。その落とし穴は滑り台状態になっていて、堕ちたら最後崖の穴から海へ真っ逆さま!になるというものだった。
 あのロボットたちは、防水耐性がなっていない。特に、海水に浸かって無事で済むとは思えない。そこで、クリスは航空機と戦車と歩兵たちに弾幕を張らせながら後退させ、ロボットたちをまとめて落とし穴に誘導して落とすという作戦を取ったのだ。
 それが大成功だった。
 穴に次々落とされたロボットたちは誰一人として這い上がることができず。大量に戦力を削られた彼らはそのまま撤退していくことになったのだという。

「兵士に深追いさせない。相手のロボットの射程を正確に把握し、射程に入る前に全ての兵を退かせ、同時に落とし穴に落とす。……その結果、怪我人は複数出たけど……死んだ人はたった二人だけだったんです」

 ポーラはどこか目を潤ませて語ったのだった。

「最終的に兵士たちを巻き込んだ地雷なんか使わなかった。それ以前にも兵士たちを無駄に捨て駒にしなかった。……他の基地の方々とは明らかに違う。クリス総司令は我々が誇るべき、最高の指揮官なんです」
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