最弱の無能力者は、最強チームの指揮官でした

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<8・Balan>

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 夕食後の後の片付けのあとは風呂、そして就寝までは自由時間となる。就寝時間が二十二時厳守なのでそこまで長くうろちょろできるわけではないが、この時間の間は自主練をする者から、他の者の部屋に行って交流を深める者まで様々であるようだ。
 ちなみに翌朝に残らない、ことを条件にこの時間にお酒を飲むのは自由ということになっているらしい。風呂のあと、トーリスは酒瓶を持って練り歩くバランを見かけたのだった。

「おうおう、トーリス!お前も一杯どうだ?」
「……で、でっかい瓶だなそれ。え、どこのやつ?」

 思わずトーリスは凝視してしまった。バランが持っている酒瓶には、一つには“嵌め殺し”と書かれており、もう一つは“大盛太郎”と書かれている。どちらもこの国の言葉ではない。確か、ケンスケの出身国の言語ではなかっただろうか。今は少数民族の言葉となっているが、一応自分も勉強しているのでまったく読めないことはない。

「だろ、だろ?これ、ケンスケが地元から取り寄せてくれたんだゼ!あいつの故郷のジャパン自治区には、うまーいニホンシュを作ってる工場がたくさんいるんだあ」

 バランは嬉しそうに瓶に頬ずりして言う。すると後ろに立っている屈強な同僚たちが、やめろ酒が煮えちまう!と笑っている。

「バラン、お前体温高いんだからよー!頬ずりはやめろや、頬ずりは。酒が沸騰して消滅したらどーしてくれんだあ?」
「いくらおれでもそこまで体温高いなんてこたねえ!なんだなんだ、おれは湯沸かし器か、そーなのカ?」
「酒飲んだお前は似たようなもんだけどな!……あ、マイン中尉、あんたも酒盛り参加すっか?バランの酔っ払いは手がかかるが、ケンスケの酒が美味いのは間違いないぜ!」
「そうそう。酒飲みながらトランプするのが俺らの恒例行事なのさ!やってかねーか?」

 その様子を見るだけでもわかる。バランは、友人が多いタイプなのだ、ということが。
 そうこうしているうちに近くの部屋のドアが開いて、他にも屈強な男達がちらほらと集まってくる。そしていつもの酒盛りの誘いをして回っているのだとわかると、途端に手を挙げて参加表明をしているのだ。

「いつもこうやってバランがみんなを誘ってるのか?」

 尋ねるとバランは、おう!と嬉しそうに酒瓶を掲げて言った。まだ酒は入っていないはずなのだが、楽しいのか頬が少しばかり紅潮している。

「おれぁ、自分が取り建てて大きな取り柄のない人間だっつーことはわかってる!でもな、こうやって仲間作って酒飲んで話をするくらいはできるんだゼ。昔から、酒を使ってみんなで交流するのが得意だったんだ。酒が入れば、普段は話しづらいこともみんな話せるようになるだロ?愚痴も相談もそう。ストレスためこむより、酒飲んでぱーっとぶちまけてすっきりした方がいいに決まってんダ。なあ?」

 そうだそうだ、と後ろの仲間たちも賛成する。見ているうちに、彼の後ろの集団は五、六人まで増えていた。どこで酒盛りをするのかわからないが、恐らくバラン本人の部屋に行くのだろう。果たしてこの人数が入るほど広い部屋なのだろうか。
 まあ中には広い部屋を相部屋で使っている者達もいるようなので、そういう者達の部屋ならば多人数で騒ぐこともできるのかもしれないが。

「……取り柄がないなんてことはないと思うぞ」

 思わず、トーリスは正直に言った。

「どういう組織でもそうだ。ただ技能が高いやつだけ集まってもうまくなんかねえ。ムードメーカー……みんなの緩衝材になれるような人間がいてこそチームはまとまるし、みんな笑顔になるんだ」

 トーリスの能力で、彼の身体能力やスキルの詳細は既にわかっている。しかし人間的な魅力や良さは、やっぱり本人たちと話して初めてわかることが多いのだ。
 これだけの友人達が自分から“混ぜてくれ”なんて言い出すのは――単にケンスケがくれる酒が美味いから、という理由だけではないのだろう。ただの太っちょの酔っ払い、なんて愚かな認識は改めるべきだと反省した。彼はこれだけの者達をまとめるだけの人望ある人間なのだ。
 案外指揮官に向いているのかもしれない。まあ指揮官になったなら、お酒はほどほどにしてもらわなければ困るが。

「お前、いいやつだなあ」

 そんなトーリスの言葉に、バランは感動したように目を潤ませる。

「そもそも、おれは自分が不細工でデブって自覚もある。それなのに、お前はおれに対してちっとも見下す気配もねえ!気に入ったゼ!」
「そんな良い人間じゃないよ、俺は。……んー初日だし、下手に酔って明日迷惑をかけたらいけないから、今日は遠慮する。また明日以降誘ってくれないか?酒は苦手だから、ちょこっと飲むだけだけど……それ以上にみんながどういう話をするのか知りたいし」
「そうかそうか。ん、それもそうだな、お前、なんかずっと昔から仲間だったような気がしちまうけど、今日来たばっかりだもんな。よしきた、また今度誘うゼ!その時も良い酒仕入れるから、楽しみにしてろヨー!」

 誘いを断っても、バランはさほど機嫌を損ねた様子はなかった。人に無理強いして誘うこともしない、というのは案外ポイントが高いものだ。心の中でメモをしながら、トーリスはひらひらと手を振って彼らと別れたのだった。



 ***



 初日で来たばかりなので訓練に参加しなくていい、と言われたとはいえ。それでも自主練をまったくやらない日があるというのはなんだか落ち着かない。
 というわけで、とりあえず向かったのは四階のトレーニングルームだ。ちなみにこの司令基地には屋内プールも併設されているので、そこで泳いで鍛える者も少なくないらしい。

「おお……」

 トレーニングルームは広く、ずらずらずら、とたくさんの最新トレーニング機器が揃っていた。アナログなものからデジタルなものまで。一番近くにあったチェストプレスマシンをまじまじと見つめてしまう。
 チェストプレスマシンとは、主に胸筋を鍛えるための機械だ。椅子に座って両手で胸のあたりにあるバーを前へと押し出すことでトレーニングする。さっき見かけたマッチョな男達は、こういうのを使っているからムキムキなのか、なんて思ってしまう。今日見かけた彼らはみんなシャツのトレーニングパンツ姿だったが、シャツの上からもわかるもど胸も腕もムキムキしていた。

――これも、めっちゃ綺麗に掃除してあるな。……そういえば昼の掃除の時、トレーニングルーム担当になってた人達もいたっけ。使った後に掃除するのは当たり前だけど、それ以外でもきちんと磨いてるってことなのか。

 汗臭い兵士たちが使っているとは思えないほど、赤い椅子はぴかぴかのつるつるに磨かれているし、クッション部分も剥げていない。こういうところで鍛えたら自分ももうちょっとマッチョになるかなあ、なんてついつい自分の胸元に視線を落としてしまう。
 自分もそれなりに鍛えているつもりではいるが、今日見かけた同僚たちと比べるとまだまだ筋肉が薄いと感じてしまう。
 足はそこそこ太いのだが、どうにも肩幅と胸が心もとない。首の太さもだ。やっぱりそれはまだ若くて発展途上だから、なのだろうか。あるいは体質なのか。トレーニング次第でなんとかなると信じたいものだが。

――とりあえず、どんな機械があるのかチェックしよう。今日はいくつもやる時間なんかないだろうし。

 筋トレができる機器は本当に充実しているようだった。ちょっとマイナーな機械まである。
 例えばラットプルダウンマシン。頭の上にあるバーを下に引くことにより、背筋を鍛えるトレーニングができるのだ。これは以前トーリスがいた第三司令基地にはなかったものだった。
 勿論、一般的なトレッドミル・ルームランナー(一般的にはランニングマシンと呼ばれるやつだ)や、フィットネスバイク(自転車にまたがるような形でひたすら漕いで体力を培うやつ)なんかもある。フィットネスバイクには、二人の男性が隣に並んで鍛えているようだった。後ろを通りがかったところで、二人の声が聞こえてくる。

「おいジョンソン、お前いいのかよ、バランがまた酒盛りの誘いして回ってるって話だけどよ」
「お前こそ!オレはなあ、体力テストでベスト更新できなかったことがものすごく悔しいんだよおおお!なんでも、司令官がまた大きな作戦を命令されてるそうじゃねえか!!」
「そうだな」
「オレは!何がなんでも!作戦メンバーに入りたいんだああああ!うごおおおおおおおおもっとだ、もっともっと体力つけて、前線のメンバーに入れて貰うんだああああああ!オレは司令官の役にたーつ!たつったら、たーつ!!」
「はははははは、お前司令官のこと好きすぎい」
「そういうお前だってここにいるってことはそうなんだろうがよ!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「く、お、おれも、負けてたまるかっ!うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 よくわからないが、凄い気迫である。そして食堂でもそうだが、本当にあのクリスの悪い話を聞かないことに驚いていた。
 きっとそれは、五年前の件だけが原因ではないはずだ。中には五年前にまだ現役だったとは思えないくらい若い兵士もいるのだから。それ以外にも色々と、彼に感謝したくなるような出来事があったということかもしれない。

――さて、俺はどうしようかな、と……。

 彼らの後ろを通り過ぎて奥まで行ったところで、がしょん、がしょん、という鉄がこすれる音が聞こえてくる。なんだろう、と思って視線をそちらに向けてみれば、ベンチプレスマシンの上であおむけになって鍛えている女性の姿が。ボブカットの赤毛に長身――レナだ。
 そういえば訓練のムシだと言っていた気がする――と思ってついついついている錘の方を覗き込んでしまう。いくら鍛えているとはいえ、彼女は女性だ。そこまで重たい錘を持ち上げられるわけではないだろう、なんて思っていたら。

「ファ!?さ、さ、三百五十キロ!?」
「ん?」

 トーリスの声に気付いたであろうレナが、錘を持ち上げた状態のままこちらを見て来た。

「あら、トーリスさんいらっしゃい!貴方も自主練?熱心ね!」
「え、ええ、まあ……」

 あの、何故その状態でぴったり静止できるんでしょうか。そして何でそんなに涼しい顔なんでしょうか。

――さてはもっとすげー重量もイケるんだな、そうだな!?

 この人すげえ。マジですげえ。トーリスは口をあんぐり開けて固まるしかないのだった。
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