31 / 36
番外編:少し先の話 1
しおりを挟む
異国に着いた後ヴィンスは学生として学院で学び、ベートは下働きとしてルンペルに雇われる事になった。慣れない文化や気候に毎日の課題。頭を悩ませる事は多くあれど、『悪魔憑き』として告発される恐怖に怯える事の無い生活は快適で、あの国に居たときの鬱屈と劣等感が入り混じった思いが湧き上がることも段々と少なくなっていった。そして疑い構える事も少なくなったからか、人の厚意や思いもまた、素直に受け止められるようになった。
今日授業で習った内容を脳内で反復しながらヴィンスが道を歩きつつ、自分の国とは異なる開放的な人々の様子を確かめた。
「歩きづらくはないかい? 支えようか?」
「心配しすぎだよ。病院じゃあ経過は順調って言っただろう?」
「でもさ……」
楽し気に会話を投げ合いながら、愛おしげに腹を撫でながら歩く男の腰を支えるカップルが自分の横を通り過ぎる。この国にとってはごく平凡でありきたりな幸福な光景に、ヴィンスはまだ戸惑いと驚きを感じてしまう。
この国に慣れれば、こうして歩く二人の姿をごく自然に受け入れられるようになるのだろうか。ぼんやりと考え込みながら、ヴィンスが屋敷に戻り仕事場へと足を進めていくと、荷物を運び終えたベートの姿が見えた。
「ベート」
ヴィンスが呼びかけると、ベートは勢いよく振り返った。いつもなら、見えない尾でも振るように喜びを露にしてこちらに近づくのに、今は動こうとはしない。おまけに左手には自分で付けたであろうくっきりとした鋭い歯跡が、痛ましいくらいの数で付けられ、今もまた新しい歯型が付けられている。何があったのかと近づいて訪ねようとした時、ベートの金色の瞳がギラリと輝いた。
「グゥゥ……」
喉を鳴らして狙いを定めるベートの様子は、狼そのものだった。自分の身体がぶわりと熱くなり、立つ事さえ覚束ない。人を呼び、助けを呼ばなければ。頭ではそれを理解しているのに、ヴィンスの腕は自らを抱きしめ、カタカタと震える事しかできない。
「あ――」
欲しい、ベートの種が中に欲しい。だが、今のベートは最初に出会った頃のように理性が失われている。この状態で彼を受け入れてしまえば、きっと我を取り戻した時に酷く自らを責めて傷ついてしまうだろう。だから拒まなくてはならないのに、自分の身体は強制的にベートを求めて、昂り続けている。
(誰、か……)
この状況を、解決してくれる存在をヴィンスが胸中で呼んだ時。二人の様子に気づいたルンペルが駆け寄り、持っていたステッキをベートの側頭部に叩き込み、気を失わせた。
「君たち、ベートを隔離部屋に。轡と拘束も忘れないように」
崩れた落ちたベートを抱え、近づいてくる使用人達に渡すルンペルに、ヴィンスは足首を掴んで引き留めようと力を込めた。
「待、て……ベートに何を……」
「ヴィンス、これはベートの為だよ」
「……?」
「彼に発情期が来てしまった」
「発、情期……? それは、獣の話だろ」
ヴィンスの言葉に、ルンペルは小さく肩を竦めると運ばれていくベートの方を見つめながら、溜息を吐いた。
「αやΩの男は、ああして理性が蒸発したように強引にでもまぐわおうとする時期が定期的にくるんだよ。そういう雄を相手にすると、Ωならほぼ確実に孕んでしまう。そういう時、αは収まるまで隔離するんだ。
君やベートは一般的なαやΩよりは落ち着いているから発情期も軽い方だと思って、説明するのはもう少し此処の暮らしに慣れてからって思っていたんだけど――ベートが相手を見つけると激しくなるタイプだとは思わなかった。その点については謝ろう」
ルンペルの眉は少しだけ歪んでおり、苦々しい表情を浮べている。いつも飄々として捉えどころのない対応をしているだけに、こうして悔恨を露にしている顔にヴィンスが戸惑っていると、腰を屈めて頬に手を当てられた。
「随分と熱いね――αとΩの発情期は、互いに引き寄せ合う。さっきのベートの発情期に当てられて、君にも発情期が来てしまったようだ」
「私も、隔離されるのか?」
少し怯えたようなヴィンスの言葉に、ルンペルは苦々しく眉を歪めつつ首を横に振った。
「あれはあくまでαの場合だ、Ωの場合は少し違う」
それは何なのだ。ヴィンスが問いかけようとした時、ルンペルの腕に抱き上げられ、寝室へと向かっていった。
「Ωの発情期はαよりも深刻でね。縛って隔離するだけなんて真似をすれば、満たされずに発狂しかねない。発情したΩを慰める事ができるのは、肉体的な交わりだけだ」
あまりにも明け透けとした説明にヴィンスが言葉を失った時、ルンペルは荒々しく足で寝台のドアを蹴って開いた。
今日授業で習った内容を脳内で反復しながらヴィンスが道を歩きつつ、自分の国とは異なる開放的な人々の様子を確かめた。
「歩きづらくはないかい? 支えようか?」
「心配しすぎだよ。病院じゃあ経過は順調って言っただろう?」
「でもさ……」
楽し気に会話を投げ合いながら、愛おしげに腹を撫でながら歩く男の腰を支えるカップルが自分の横を通り過ぎる。この国にとってはごく平凡でありきたりな幸福な光景に、ヴィンスはまだ戸惑いと驚きを感じてしまう。
この国に慣れれば、こうして歩く二人の姿をごく自然に受け入れられるようになるのだろうか。ぼんやりと考え込みながら、ヴィンスが屋敷に戻り仕事場へと足を進めていくと、荷物を運び終えたベートの姿が見えた。
「ベート」
ヴィンスが呼びかけると、ベートは勢いよく振り返った。いつもなら、見えない尾でも振るように喜びを露にしてこちらに近づくのに、今は動こうとはしない。おまけに左手には自分で付けたであろうくっきりとした鋭い歯跡が、痛ましいくらいの数で付けられ、今もまた新しい歯型が付けられている。何があったのかと近づいて訪ねようとした時、ベートの金色の瞳がギラリと輝いた。
「グゥゥ……」
喉を鳴らして狙いを定めるベートの様子は、狼そのものだった。自分の身体がぶわりと熱くなり、立つ事さえ覚束ない。人を呼び、助けを呼ばなければ。頭ではそれを理解しているのに、ヴィンスの腕は自らを抱きしめ、カタカタと震える事しかできない。
「あ――」
欲しい、ベートの種が中に欲しい。だが、今のベートは最初に出会った頃のように理性が失われている。この状態で彼を受け入れてしまえば、きっと我を取り戻した時に酷く自らを責めて傷ついてしまうだろう。だから拒まなくてはならないのに、自分の身体は強制的にベートを求めて、昂り続けている。
(誰、か……)
この状況を、解決してくれる存在をヴィンスが胸中で呼んだ時。二人の様子に気づいたルンペルが駆け寄り、持っていたステッキをベートの側頭部に叩き込み、気を失わせた。
「君たち、ベートを隔離部屋に。轡と拘束も忘れないように」
崩れた落ちたベートを抱え、近づいてくる使用人達に渡すルンペルに、ヴィンスは足首を掴んで引き留めようと力を込めた。
「待、て……ベートに何を……」
「ヴィンス、これはベートの為だよ」
「……?」
「彼に発情期が来てしまった」
「発、情期……? それは、獣の話だろ」
ヴィンスの言葉に、ルンペルは小さく肩を竦めると運ばれていくベートの方を見つめながら、溜息を吐いた。
「αやΩの男は、ああして理性が蒸発したように強引にでもまぐわおうとする時期が定期的にくるんだよ。そういう雄を相手にすると、Ωならほぼ確実に孕んでしまう。そういう時、αは収まるまで隔離するんだ。
君やベートは一般的なαやΩよりは落ち着いているから発情期も軽い方だと思って、説明するのはもう少し此処の暮らしに慣れてからって思っていたんだけど――ベートが相手を見つけると激しくなるタイプだとは思わなかった。その点については謝ろう」
ルンペルの眉は少しだけ歪んでおり、苦々しい表情を浮べている。いつも飄々として捉えどころのない対応をしているだけに、こうして悔恨を露にしている顔にヴィンスが戸惑っていると、腰を屈めて頬に手を当てられた。
「随分と熱いね――αとΩの発情期は、互いに引き寄せ合う。さっきのベートの発情期に当てられて、君にも発情期が来てしまったようだ」
「私も、隔離されるのか?」
少し怯えたようなヴィンスの言葉に、ルンペルは苦々しく眉を歪めつつ首を横に振った。
「あれはあくまでαの場合だ、Ωの場合は少し違う」
それは何なのだ。ヴィンスが問いかけようとした時、ルンペルの腕に抱き上げられ、寝室へと向かっていった。
「Ωの発情期はαよりも深刻でね。縛って隔離するだけなんて真似をすれば、満たされずに発狂しかねない。発情したΩを慰める事ができるのは、肉体的な交わりだけだ」
あまりにも明け透けとした説明にヴィンスが言葉を失った時、ルンペルは荒々しく足で寝台のドアを蹴って開いた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる