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番外編:少し先の話 1

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 異国に着いた後ヴィンスは学生として学院で学び、ベートは下働きとしてルンペルに雇われる事になった。慣れない文化や気候に毎日の課題。頭を悩ませる事は多くあれど、『悪魔憑き』として告発される恐怖に怯える事の無い生活は快適で、あの国に居たときの鬱屈と劣等感が入り混じった思いが湧き上がることも段々と少なくなっていった。そして疑い構える事も少なくなったからか、人の厚意や思いもまた、素直に受け止められるようになった。
 今日授業で習った内容を脳内で反復しながらヴィンスが道を歩きつつ、自分の国とは異なる開放的な人々の様子を確かめた。
 
「歩きづらくはないかい? 支えようか?」
 
「心配しすぎだよ。病院じゃあ経過は順調って言っただろう?」 
 
「でもさ……」
 
 楽し気に会話を投げ合いながら、愛おしげに腹を撫でながら歩く男の腰を支えるカップルが自分の横を通り過ぎる。この国にとってはごく平凡でありきたりな幸福な光景に、ヴィンスはまだ戸惑いと驚きを感じてしまう。
 
 この国に慣れれば、こうして歩く二人の姿をごく自然に受け入れられるようになるのだろうか。ぼんやりと考え込みながら、ヴィンスが屋敷に戻り仕事場へと足を進めていくと、荷物を運び終えたベートの姿が見えた。
 
「ベート」
 
 ヴィンスが呼びかけると、ベートは勢いよく振り返った。いつもなら、見えない尾でも振るように喜びを露にしてこちらに近づくのに、今は動こうとはしない。おまけに左手には自分で付けたであろうくっきりとした鋭い歯跡が、痛ましいくらいの数で付けられ、今もまた新しい歯型が付けられている。何があったのかと近づいて訪ねようとした時、ベートの金色の瞳がギラリと輝いた。
 
「グゥゥ……」
 
 喉を鳴らして狙いを定めるベートの様子は、狼そのものだった。自分の身体がぶわりと熱くなり、立つ事さえ覚束ない。人を呼び、助けを呼ばなければ。頭ではそれを理解しているのに、ヴィンスの腕は自らを抱きしめ、カタカタと震える事しかできない。
 
「あ――」
 
 欲しい、ベートの種が中に欲しい。だが、今のベートは最初に出会った頃のように理性が失われている。この状態で彼を受け入れてしまえば、きっと我を取り戻した時に酷く自らを責めて傷ついてしまうだろう。だから拒まなくてはならないのに、自分の身体は強制的にベートを求めて、昂り続けている。
 
(誰、か……)
 
 この状況を、解決してくれる存在をヴィンスが胸中で呼んだ時。二人の様子に気づいたルンペルが駆け寄り、持っていたステッキをベートの側頭部に叩き込み、気を失わせた。
 
「君たち、ベートを隔離部屋に。轡と拘束も忘れないように」
 
 崩れた落ちたベートを抱え、近づいてくる使用人達に渡すルンペルに、ヴィンスは足首を掴んで引き留めようと力を込めた。
 
「待、て……ベートに何を……」
 
「ヴィンス、これはベートの為だよ」
 
「……?」
 
「彼に発情期が来てしまった」
 
「発、情期……? それは、獣の話だろ」
 
 ヴィンスの言葉に、ルンペルは小さく肩を竦めると運ばれていくベートの方を見つめながら、溜息を吐いた。
 
「αやΩの男は、ああして理性が蒸発したように強引にでもまぐわおうとする時期が定期的にくるんだよ。そういう雄を相手にすると、Ωならほぼ確実に孕んでしまう。そういう時、αは収まるまで隔離するんだ。
 君やベートは一般的なαやΩよりは落ち着いているから発情期も軽い方だと思って、説明するのはもう少し此処の暮らしに慣れてからって思っていたんだけど――ベートが相手を見つけると激しくなるタイプだとは思わなかった。その点については謝ろう」
 
 ルンペルの眉は少しだけ歪んでおり、苦々しい表情を浮べている。いつも飄々として捉えどころのない対応をしているだけに、こうして悔恨を露にしている顔にヴィンスが戸惑っていると、腰を屈めて頬に手を当てられた。
 
「随分と熱いね――αとΩの発情期は、互いに引き寄せ合う。さっきのベートの発情期に当てられて、君にも発情期が来てしまったようだ」
 
「私も、隔離されるのか?」
 
 少し怯えたようなヴィンスの言葉に、ルンペルは苦々しく眉を歪めつつ首を横に振った。

「あれはあくまでαの場合だ、Ωの場合は少し違う」
 
 それは何なのだ。ヴィンスが問いかけようとした時、ルンペルの腕に抱き上げられ、寝室へと向かっていった。
 
「Ωの発情期はαよりも深刻でね。縛って隔離するだけなんて真似をすれば、満たされずに発狂しかねない。発情したΩを慰める事ができるのは、肉体的な交わりだけだ」 
 
 あまりにも明け透けとした説明にヴィンスが言葉を失った時、ルンペルは荒々しく足で寝台のドアを蹴って開いた。 
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