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25話:別れと祈りの言葉を君に
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目を開いたヴィンスが見た最初の光景は、ベートの金色の瞳からポロポロと零れ落ち、自分の頬を慈雨のように濡らしているものだった。頭を動かし、ゆっくりと患部を確かめてみると、少し形は崩れてはいるものの、適切な処置で血止めがされている。
「こ、れは……?」
傷口はまだ痛む。だが意識を失う前の、あの鋭い痛みも冷たさもとうに失せ、寝台に暖かく包まれている。もしやまだ、自分は幸せな夢を見ているのだろうか。ぼんやりとした口調でヴィンスが問いかけると、ベートは涙を拭う事も忘れて笑みを浮かべながら口を開いた。
「ルナールが、血止めの薬の作り方を知っていて」
その言葉を口にしながら、ベートはちらりとルナールの方へ視線を送った。たった数時間前まで憎しみ合っていた相手。けれど今その存在が、大切な人の命を救う糸口となった。複雑な感情が胸の中で絡み合い、ベートは無意識のうちにヴィンスの傍により近く寄り添っていた。
「俺が材料を採ってきて、ルナールが血止めの薬を作ったんだ。薬、効いてよかった……ヴィンスが起きて、よかった……!!」
「お前達が?」
二人が本気で殺し合っている姿を、ヴィンスは目の当たりにしていた。だが己になされた手当は、己が知っている中で最善の方法でされている。控え目に自分達から離れた場所に立ちながらも、案じる視線を向けているルナールに気づいて顔を向けると、ルナールは息を深々と吐いた。
「ベートの奴が、すぐにタチアオイの根を採って戻ってきてくれたから、間に合った……ヴィンス」
一言名前を呼んだ後、一歩一歩、近づくことを己は許されているだろうか。二人の表情を確かめながら、ヴィンスとベートの傍に少しずつルナールは近づいている。
「本当に悪かった」
ベートの隣まで近づくと、ルナールは勢いよく頭を下げた。小さくため息を吐くと、無事な方の腕でちょいちょいと手招きしてルナールの顔を近づけさせた。
「いって!!」
ヴィンスは額を勢いよく指で弾くと、ルナールは痛みの声を上げて額を抑えてしゃがみ込んだ。片手を使ってヴィンスが身を起こそうとする動きにベートが気づいて、身体を支えた。
「ルナール、これだと延々と謝罪の繰り返しになる。だからこの話はこれで終わりだ」
「でも、俺のした事は……」
「当の本人の私の頼みでもか?」
じとりと睨みつけて問いかけると、ルナールは反論しようと口を開こうとしたが、納得したように息を吐いた。
「ああ。きっとそれを含めて――償いなんだろうな」
ゆっくりと立ち上がると、フラフラとした足でルナールは小屋の出口まで歩き出した。
「ルナール、どうしたんだ?」
「旦那様の猟犬を、お返しに行かないといけない。まあ、多分――その後、解雇されるだろうけど。でも、それが俺がした事なら、受け入れなくっちゃな」
小さく頬を掻き肩を竦めて笑みを浮かべた後、ルナールは表情を引き締めるとヴィンスの方を真直ぐに見つめた。
「お前に、望まないモノを押し続けてきた。お前に向き合って、こなかった。でも……俺は……お前の事を愛している。それだけは、本当なんだ」
信じてくれ。
ルナールの口がそう動こうとした時、強く口を閉じて拳を強く握り締めて背中を向けた。その拳はフルフルと小刻みに震え、必死に欲望に耐えている。彼の告白には、もう相手を縛りつけようとする欲望はない。ただ真実を伝えたいという純粋な思いだけが込められている。
「ごめん、何でもない。忘れてくれ」
振り返って作り笑いを浮かべているルナールに対し、ヴィンスは小さく微笑んで、無事な方の手を伸ばした。
「お前の言う事を信じるよ――友人の言う事だからな」
ヴィンスの言葉に、ルナールは目を見開くとくしゃくしゃと顔を歪めて笑みを浮かべた。
「友人、か」
一言呟くと、ルナールの心の中で何かが砕け散るような音がした。これまで執着という暗い糸で縛りつけようとしていた関係が、今、まったく違う形で紡ぎ直されようとしている。恋を手離す苦しみと喪失が、ズキズキと剥きだしの心を突き刺す。だが同時にその痛みは、希望を感じさせた。
「――そういう関係だって、あったんだよな」
その言葉を口にしながら、ルナールは自身の胸の奥の澱みのようなモノが、ゆっくりと消えていくのを感じた。己を縛っていた執着という名の鎖が、静かに、しかし確実に解けていく。それは痛みを伴うものだったが、同時に不思議な解放感も感じられた。
ヴィンスの掌へと、ルナールは応えるべく手を伸ばす。その一瞬の躊躇いにも似た動作の中に、過去の想いを手放す決意と、新たな関係を築く希望が交錯している。新しく結ばれた絆を確かめあうように、二人は固い握手を握り交わした。
「ありがとう――ヴィンス。俺と、友達になってくれて」
感謝の言葉の後に、ルナールはヴィンスの手を握っていた手から力を離し、一歩後ずさった。
「これからどうするんだ?」
「ベートと共に、国を出て別の国を訪れようと思っている。この国が『悪魔憑き』と呼んでいるものが何なのかを、解明するために」
一瞬、ルナールはヴィンスがその旅路に自分を誘う事を期待した。だが、ヴィンスは押し黙ったまま、それ以上を言う事はない。彼が人生を共に添いたいと思う相手が誰なのか。それをまざまざと思い知り、ルナールは泣きそうになる胸を押し潰し、満面の笑みを精一杯に浮かべた。
「じゃあお前がこの国を抜けるまで、お前達の事は適当に言って何とか誤魔化してみるよ。ベート、ヴィンスの事――頼むな」
「うん、わかった」
「助かる、ルナール」
「なあヴィンス」
「何だ?」
「お前が生きやすい所に……行ける事を祈っている」
それだけを伝えると、ルナールは今度こそ小屋から立ち去った。
「こ、れは……?」
傷口はまだ痛む。だが意識を失う前の、あの鋭い痛みも冷たさもとうに失せ、寝台に暖かく包まれている。もしやまだ、自分は幸せな夢を見ているのだろうか。ぼんやりとした口調でヴィンスが問いかけると、ベートは涙を拭う事も忘れて笑みを浮かべながら口を開いた。
「ルナールが、血止めの薬の作り方を知っていて」
その言葉を口にしながら、ベートはちらりとルナールの方へ視線を送った。たった数時間前まで憎しみ合っていた相手。けれど今その存在が、大切な人の命を救う糸口となった。複雑な感情が胸の中で絡み合い、ベートは無意識のうちにヴィンスの傍により近く寄り添っていた。
「俺が材料を採ってきて、ルナールが血止めの薬を作ったんだ。薬、効いてよかった……ヴィンスが起きて、よかった……!!」
「お前達が?」
二人が本気で殺し合っている姿を、ヴィンスは目の当たりにしていた。だが己になされた手当は、己が知っている中で最善の方法でされている。控え目に自分達から離れた場所に立ちながらも、案じる視線を向けているルナールに気づいて顔を向けると、ルナールは息を深々と吐いた。
「ベートの奴が、すぐにタチアオイの根を採って戻ってきてくれたから、間に合った……ヴィンス」
一言名前を呼んだ後、一歩一歩、近づくことを己は許されているだろうか。二人の表情を確かめながら、ヴィンスとベートの傍に少しずつルナールは近づいている。
「本当に悪かった」
ベートの隣まで近づくと、ルナールは勢いよく頭を下げた。小さくため息を吐くと、無事な方の腕でちょいちょいと手招きしてルナールの顔を近づけさせた。
「いって!!」
ヴィンスは額を勢いよく指で弾くと、ルナールは痛みの声を上げて額を抑えてしゃがみ込んだ。片手を使ってヴィンスが身を起こそうとする動きにベートが気づいて、身体を支えた。
「ルナール、これだと延々と謝罪の繰り返しになる。だからこの話はこれで終わりだ」
「でも、俺のした事は……」
「当の本人の私の頼みでもか?」
じとりと睨みつけて問いかけると、ルナールは反論しようと口を開こうとしたが、納得したように息を吐いた。
「ああ。きっとそれを含めて――償いなんだろうな」
ゆっくりと立ち上がると、フラフラとした足でルナールは小屋の出口まで歩き出した。
「ルナール、どうしたんだ?」
「旦那様の猟犬を、お返しに行かないといけない。まあ、多分――その後、解雇されるだろうけど。でも、それが俺がした事なら、受け入れなくっちゃな」
小さく頬を掻き肩を竦めて笑みを浮かべた後、ルナールは表情を引き締めるとヴィンスの方を真直ぐに見つめた。
「お前に、望まないモノを押し続けてきた。お前に向き合って、こなかった。でも……俺は……お前の事を愛している。それだけは、本当なんだ」
信じてくれ。
ルナールの口がそう動こうとした時、強く口を閉じて拳を強く握り締めて背中を向けた。その拳はフルフルと小刻みに震え、必死に欲望に耐えている。彼の告白には、もう相手を縛りつけようとする欲望はない。ただ真実を伝えたいという純粋な思いだけが込められている。
「ごめん、何でもない。忘れてくれ」
振り返って作り笑いを浮かべているルナールに対し、ヴィンスは小さく微笑んで、無事な方の手を伸ばした。
「お前の言う事を信じるよ――友人の言う事だからな」
ヴィンスの言葉に、ルナールは目を見開くとくしゃくしゃと顔を歪めて笑みを浮かべた。
「友人、か」
一言呟くと、ルナールの心の中で何かが砕け散るような音がした。これまで執着という暗い糸で縛りつけようとしていた関係が、今、まったく違う形で紡ぎ直されようとしている。恋を手離す苦しみと喪失が、ズキズキと剥きだしの心を突き刺す。だが同時にその痛みは、希望を感じさせた。
「――そういう関係だって、あったんだよな」
その言葉を口にしながら、ルナールは自身の胸の奥の澱みのようなモノが、ゆっくりと消えていくのを感じた。己を縛っていた執着という名の鎖が、静かに、しかし確実に解けていく。それは痛みを伴うものだったが、同時に不思議な解放感も感じられた。
ヴィンスの掌へと、ルナールは応えるべく手を伸ばす。その一瞬の躊躇いにも似た動作の中に、過去の想いを手放す決意と、新たな関係を築く希望が交錯している。新しく結ばれた絆を確かめあうように、二人は固い握手を握り交わした。
「ありがとう――ヴィンス。俺と、友達になってくれて」
感謝の言葉の後に、ルナールはヴィンスの手を握っていた手から力を離し、一歩後ずさった。
「これからどうするんだ?」
「ベートと共に、国を出て別の国を訪れようと思っている。この国が『悪魔憑き』と呼んでいるものが何なのかを、解明するために」
一瞬、ルナールはヴィンスがその旅路に自分を誘う事を期待した。だが、ヴィンスは押し黙ったまま、それ以上を言う事はない。彼が人生を共に添いたいと思う相手が誰なのか。それをまざまざと思い知り、ルナールは泣きそうになる胸を押し潰し、満面の笑みを精一杯に浮かべた。
「じゃあお前がこの国を抜けるまで、お前達の事は適当に言って何とか誤魔化してみるよ。ベート、ヴィンスの事――頼むな」
「うん、わかった」
「助かる、ルナール」
「なあヴィンス」
「何だ?」
「お前が生きやすい所に……行ける事を祈っている」
それだけを伝えると、ルナールは今度こそ小屋から立ち去った。
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