25 / 36
25話:別れと祈りの言葉を君に
しおりを挟む
目を開いたヴィンスが見た最初の光景は、ベートの金色の瞳からポロポロと零れ落ち、自分の頬を慈雨のように濡らしているものだった。頭を動かし、ゆっくりと患部を確かめてみると、少し形は崩れてはいるものの、適切な処置で血止めがされている。
「こ、れは……?」
傷口はまだ痛む。だが意識を失う前の、あの鋭い痛みも冷たさもとうに失せ、寝台に暖かく包まれている。もしやまだ、自分は幸せな夢を見ているのだろうか。ぼんやりとした口調でヴィンスが問いかけると、ベートは涙を拭う事も忘れて笑みを浮かべながら口を開いた。
「ルナールが、血止めの薬の作り方を知っていて」
その言葉を口にしながら、ベートはちらりとルナールの方へ視線を送った。たった数時間前まで憎しみ合っていた相手。けれど今その存在が、大切な人の命を救う糸口となった。複雑な感情が胸の中で絡み合い、ベートは無意識のうちにヴィンスの傍により近く寄り添っていた。
「俺が材料を採ってきて、ルナールが血止めの薬を作ったんだ。薬、効いてよかった……ヴィンスが起きて、よかった……!!」
「お前達が?」
二人が本気で殺し合っている姿を、ヴィンスは目の当たりにしていた。だが己になされた手当は、己が知っている中で最善の方法でされている。控え目に自分達から離れた場所に立ちながらも、案じる視線を向けているルナールに気づいて顔を向けると、ルナールは息を深々と吐いた。
「ベートの奴が、すぐにタチアオイの根を採って戻ってきてくれたから、間に合った……ヴィンス」
一言名前を呼んだ後、一歩一歩、近づくことを己は許されているだろうか。二人の表情を確かめながら、ヴィンスとベートの傍に少しずつルナールは近づいている。
「本当に悪かった」
ベートの隣まで近づくと、ルナールは勢いよく頭を下げた。小さくため息を吐くと、無事な方の腕でちょいちょいと手招きしてルナールの顔を近づけさせた。
「いって!!」
ヴィンスは額を勢いよく指で弾くと、ルナールは痛みの声を上げて額を抑えてしゃがみ込んだ。片手を使ってヴィンスが身を起こそうとする動きにベートが気づいて、身体を支えた。
「ルナール、これだと延々と謝罪の繰り返しになる。だからこの話はこれで終わりだ」
「でも、俺のした事は……」
「当の本人の私の頼みでもか?」
じとりと睨みつけて問いかけると、ルナールは反論しようと口を開こうとしたが、納得したように息を吐いた。
「ああ。きっとそれを含めて――償いなんだろうな」
ゆっくりと立ち上がると、フラフラとした足でルナールは小屋の出口まで歩き出した。
「ルナール、どうしたんだ?」
「旦那様の猟犬を、お返しに行かないといけない。まあ、多分――その後、解雇されるだろうけど。でも、それが俺がした事なら、受け入れなくっちゃな」
小さく頬を掻き肩を竦めて笑みを浮かべた後、ルナールは表情を引き締めるとヴィンスの方を真直ぐに見つめた。
「お前に、望まないモノを押し続けてきた。お前に向き合って、こなかった。でも……俺は……お前の事を愛している。それだけは、本当なんだ」
信じてくれ。
ルナールの口がそう動こうとした時、強く口を閉じて拳を強く握り締めて背中を向けた。その拳はフルフルと小刻みに震え、必死に欲望に耐えている。彼の告白には、もう相手を縛りつけようとする欲望はない。ただ真実を伝えたいという純粋な思いだけが込められている。
「ごめん、何でもない。忘れてくれ」
振り返って作り笑いを浮かべているルナールに対し、ヴィンスは小さく微笑んで、無事な方の手を伸ばした。
「お前の言う事を信じるよ――友人の言う事だからな」
ヴィンスの言葉に、ルナールは目を見開くとくしゃくしゃと顔を歪めて笑みを浮かべた。
「友人、か」
一言呟くと、ルナールの心の中で何かが砕け散るような音がした。これまで執着という暗い糸で縛りつけようとしていた関係が、今、まったく違う形で紡ぎ直されようとしている。恋を手離す苦しみと喪失が、ズキズキと剥きだしの心を突き刺す。だが同時にその痛みは、希望を感じさせた。
「――そういう関係だって、あったんだよな」
その言葉を口にしながら、ルナールは自身の胸の奥の澱みのようなモノが、ゆっくりと消えていくのを感じた。己を縛っていた執着という名の鎖が、静かに、しかし確実に解けていく。それは痛みを伴うものだったが、同時に不思議な解放感も感じられた。
ヴィンスの掌へと、ルナールは応えるべく手を伸ばす。その一瞬の躊躇いにも似た動作の中に、過去の想いを手放す決意と、新たな関係を築く希望が交錯している。新しく結ばれた絆を確かめあうように、二人は固い握手を握り交わした。
「ありがとう――ヴィンス。俺と、友達になってくれて」
感謝の言葉の後に、ルナールはヴィンスの手を握っていた手から力を離し、一歩後ずさった。
「これからどうするんだ?」
「ベートと共に、国を出て別の国を訪れようと思っている。この国が『悪魔憑き』と呼んでいるものが何なのかを、解明するために」
一瞬、ルナールはヴィンスがその旅路に自分を誘う事を期待した。だが、ヴィンスは押し黙ったまま、それ以上を言う事はない。彼が人生を共に添いたいと思う相手が誰なのか。それをまざまざと思い知り、ルナールは泣きそうになる胸を押し潰し、満面の笑みを精一杯に浮かべた。
「じゃあお前がこの国を抜けるまで、お前達の事は適当に言って何とか誤魔化してみるよ。ベート、ヴィンスの事――頼むな」
「うん、わかった」
「助かる、ルナール」
「なあヴィンス」
「何だ?」
「お前が生きやすい所に……行ける事を祈っている」
それだけを伝えると、ルナールは今度こそ小屋から立ち去った。
「こ、れは……?」
傷口はまだ痛む。だが意識を失う前の、あの鋭い痛みも冷たさもとうに失せ、寝台に暖かく包まれている。もしやまだ、自分は幸せな夢を見ているのだろうか。ぼんやりとした口調でヴィンスが問いかけると、ベートは涙を拭う事も忘れて笑みを浮かべながら口を開いた。
「ルナールが、血止めの薬の作り方を知っていて」
その言葉を口にしながら、ベートはちらりとルナールの方へ視線を送った。たった数時間前まで憎しみ合っていた相手。けれど今その存在が、大切な人の命を救う糸口となった。複雑な感情が胸の中で絡み合い、ベートは無意識のうちにヴィンスの傍により近く寄り添っていた。
「俺が材料を採ってきて、ルナールが血止めの薬を作ったんだ。薬、効いてよかった……ヴィンスが起きて、よかった……!!」
「お前達が?」
二人が本気で殺し合っている姿を、ヴィンスは目の当たりにしていた。だが己になされた手当は、己が知っている中で最善の方法でされている。控え目に自分達から離れた場所に立ちながらも、案じる視線を向けているルナールに気づいて顔を向けると、ルナールは息を深々と吐いた。
「ベートの奴が、すぐにタチアオイの根を採って戻ってきてくれたから、間に合った……ヴィンス」
一言名前を呼んだ後、一歩一歩、近づくことを己は許されているだろうか。二人の表情を確かめながら、ヴィンスとベートの傍に少しずつルナールは近づいている。
「本当に悪かった」
ベートの隣まで近づくと、ルナールは勢いよく頭を下げた。小さくため息を吐くと、無事な方の腕でちょいちょいと手招きしてルナールの顔を近づけさせた。
「いって!!」
ヴィンスは額を勢いよく指で弾くと、ルナールは痛みの声を上げて額を抑えてしゃがみ込んだ。片手を使ってヴィンスが身を起こそうとする動きにベートが気づいて、身体を支えた。
「ルナール、これだと延々と謝罪の繰り返しになる。だからこの話はこれで終わりだ」
「でも、俺のした事は……」
「当の本人の私の頼みでもか?」
じとりと睨みつけて問いかけると、ルナールは反論しようと口を開こうとしたが、納得したように息を吐いた。
「ああ。きっとそれを含めて――償いなんだろうな」
ゆっくりと立ち上がると、フラフラとした足でルナールは小屋の出口まで歩き出した。
「ルナール、どうしたんだ?」
「旦那様の猟犬を、お返しに行かないといけない。まあ、多分――その後、解雇されるだろうけど。でも、それが俺がした事なら、受け入れなくっちゃな」
小さく頬を掻き肩を竦めて笑みを浮かべた後、ルナールは表情を引き締めるとヴィンスの方を真直ぐに見つめた。
「お前に、望まないモノを押し続けてきた。お前に向き合って、こなかった。でも……俺は……お前の事を愛している。それだけは、本当なんだ」
信じてくれ。
ルナールの口がそう動こうとした時、強く口を閉じて拳を強く握り締めて背中を向けた。その拳はフルフルと小刻みに震え、必死に欲望に耐えている。彼の告白には、もう相手を縛りつけようとする欲望はない。ただ真実を伝えたいという純粋な思いだけが込められている。
「ごめん、何でもない。忘れてくれ」
振り返って作り笑いを浮かべているルナールに対し、ヴィンスは小さく微笑んで、無事な方の手を伸ばした。
「お前の言う事を信じるよ――友人の言う事だからな」
ヴィンスの言葉に、ルナールは目を見開くとくしゃくしゃと顔を歪めて笑みを浮かべた。
「友人、か」
一言呟くと、ルナールの心の中で何かが砕け散るような音がした。これまで執着という暗い糸で縛りつけようとしていた関係が、今、まったく違う形で紡ぎ直されようとしている。恋を手離す苦しみと喪失が、ズキズキと剥きだしの心を突き刺す。だが同時にその痛みは、希望を感じさせた。
「――そういう関係だって、あったんだよな」
その言葉を口にしながら、ルナールは自身の胸の奥の澱みのようなモノが、ゆっくりと消えていくのを感じた。己を縛っていた執着という名の鎖が、静かに、しかし確実に解けていく。それは痛みを伴うものだったが、同時に不思議な解放感も感じられた。
ヴィンスの掌へと、ルナールは応えるべく手を伸ばす。その一瞬の躊躇いにも似た動作の中に、過去の想いを手放す決意と、新たな関係を築く希望が交錯している。新しく結ばれた絆を確かめあうように、二人は固い握手を握り交わした。
「ありがとう――ヴィンス。俺と、友達になってくれて」
感謝の言葉の後に、ルナールはヴィンスの手を握っていた手から力を離し、一歩後ずさった。
「これからどうするんだ?」
「ベートと共に、国を出て別の国を訪れようと思っている。この国が『悪魔憑き』と呼んでいるものが何なのかを、解明するために」
一瞬、ルナールはヴィンスがその旅路に自分を誘う事を期待した。だが、ヴィンスは押し黙ったまま、それ以上を言う事はない。彼が人生を共に添いたいと思う相手が誰なのか。それをまざまざと思い知り、ルナールは泣きそうになる胸を押し潰し、満面の笑みを精一杯に浮かべた。
「じゃあお前がこの国を抜けるまで、お前達の事は適当に言って何とか誤魔化してみるよ。ベート、ヴィンスの事――頼むな」
「うん、わかった」
「助かる、ルナール」
「なあヴィンス」
「何だ?」
「お前が生きやすい所に……行ける事を祈っている」
それだけを伝えると、ルナールは今度こそ小屋から立ち去った。
10
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる