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24話:せめて夢の中でだけ
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ベッドの上でスヤスヤと眠っている幼い自分を、ヴィンスは静かに見つめていた。夢の中で、この光景を何度も繰り返し見ていたから、これから何が起きるのか、分かっている。
眠りを唐突に妨げられ、小さな己は父に抱き上げられると慌ただしい動きでクローゼットに押し込められた。
「父……さん? どうしたの」
いつも穏やかで優しい父とは思えない行動に怯えを感じ、細々とした視界越しに幼いヴィンスが呼びかける姿を、クローゼットの中で今のヴィンスが見つめた後、父へと顔を向けた。
二人のヴィンスの視線に対し、振り返る事なく父は語り掛けた。
「ヴィンス、これからとても怖い人が来る……だから、夜が明けるまで絶対に静かにして、此処から出てはいけないよ」
「怖い人が来るの……? なら、父さんも此処で一緒に隠れないと、危ないよ」
「駄目だ。怖い人達は、父さんを捕まえに来たんだ。だから、一緒にはいられない」
「じゃあ、僕も、父さんと一緒に捕まる。一人なんて嫌だ、父さんと一緒がいい」
明確な拒絶に、小さなヴィンスは必死で扉を開こうと力を込めた。だが、強くクローゼットを叩かれ、大きな音と身近に迫りつつある別れに小さなヴィンスの身体は硬直した。クローゼットを開こうとする力が止まると、父親が優しく語り掛けた。
「良い子だ。何があっても、朝までこのままじっとして、それから孤児院に行くんだ――そうすれば、お前だけは生きられる」
「とう……さん」
段々と、人々の喧騒が近づいてくる。小さく呼びかけた後に父の言葉を思い出し、小さなヴィンスが両手で口を塞いでいると、隙間越しに父が深々と安堵の息を吐いていた。
「ねぇ、ヴィンス。お前が産まれてくれて、本当に嬉しかった。お前と生きる日々は、本当に幸せだった。だからお前は……何があっても生きてくれ」
記憶の中ではドアを蹴破って現れた男達の圧に怯えて動けなくなり、父が縛られ連れて行かれる光景を、ただ見つめる事しかできなかった。あの時父は、既に死への覚悟を決めていたのだと気づいていた。だから幼かった自分もまたその覚悟に圧され、父の意に従う以上の事ができなかった。
繰り返し見る夢の中でも、己はこの父の死と、死に追いやった者たちの醜さを忘れまいと、瞬きすることなく見つめる事しかできなかった。
「……」
きっと、これは現実に持ち帰る事の出来ない夢だ。目が覚めた後に覚えているかどうかさえ、確かではないうえに、これからの結末を夢でどういじくり回そうとも、変える事なんて出来やしない事など、重々に承知している。
「ヴィン、ス?」
腕に力を込め、父が防ぐクローゼットの扉を開いて飛び出した。クローゼットに押し込んだ時には小さな子どもだった自分が、いきなり長じて出て来た事に、己によく似た薄緑色の瞳が大きく見開かれている。
戸惑い動けないでいる父親の腕を掴むと、ヴィンスは強く手を引いた。父が居るに相応しい場所へと連れて行くために。
そのための道筋を思いながら振り返れば、先程自分が飛び出したクローゼットの中は、一番星のように光が差す場所へと道が繋がっている。
「一緒に行こう、父さん。貴方がゆっくり眠れる場所へ」
ヴィンスの呼びかけに、父は戸惑った様に瞬きを繰り返していたが、やがて応えるように手を握り返した。二人で走って、走って、走り続けて。どんどんと喧騒から遠ざかり、変わりに光が強まってゆく。
光が近づけば近づく程に、握る父の手の感触はどんどんと曖昧になり、父の手を引く自分の腕からは、鼓動に併せてズキズキと鋭い痛みがはしる。それでもヴィンスは父の手を握り続けた。
(私の胸に眠る貴方を、ずっとあの場所に縛り続けていたのは私だ)
ベートは、魂は思う相手の胸の中で眠ると言っていた。それならば、自分が何度も何度もあの悲劇に苛まれる度に、父もまた何度も苦痛を味わってきたという事だ。
(だからこそ、私は貴方を、この光の差しこむ暖かい場所に、連れて行く。私が貴方を思い出す度に、貴方が幸せな日々を過ごせるように――私が自身を呪うことで、貴方の眠りが妨げられることのないように)
「あ……」
辿り着いた光の先には、小さな自分を抱え上げて笑う父の姿があった。 光の中で笑う父は、キラキラと輝くように笑っている。ニガヨモギ色の瞳は、己の生を祝福している。小さな自分に向けてくれていた笑みを思い出した事で、自分の胸の中に眠る父は、漸く安らかに眠ることができるのだとヴィンスは実感した。
眠りを唐突に妨げられ、小さな己は父に抱き上げられると慌ただしい動きでクローゼットに押し込められた。
「父……さん? どうしたの」
いつも穏やかで優しい父とは思えない行動に怯えを感じ、細々とした視界越しに幼いヴィンスが呼びかける姿を、クローゼットの中で今のヴィンスが見つめた後、父へと顔を向けた。
二人のヴィンスの視線に対し、振り返る事なく父は語り掛けた。
「ヴィンス、これからとても怖い人が来る……だから、夜が明けるまで絶対に静かにして、此処から出てはいけないよ」
「怖い人が来るの……? なら、父さんも此処で一緒に隠れないと、危ないよ」
「駄目だ。怖い人達は、父さんを捕まえに来たんだ。だから、一緒にはいられない」
「じゃあ、僕も、父さんと一緒に捕まる。一人なんて嫌だ、父さんと一緒がいい」
明確な拒絶に、小さなヴィンスは必死で扉を開こうと力を込めた。だが、強くクローゼットを叩かれ、大きな音と身近に迫りつつある別れに小さなヴィンスの身体は硬直した。クローゼットを開こうとする力が止まると、父親が優しく語り掛けた。
「良い子だ。何があっても、朝までこのままじっとして、それから孤児院に行くんだ――そうすれば、お前だけは生きられる」
「とう……さん」
段々と、人々の喧騒が近づいてくる。小さく呼びかけた後に父の言葉を思い出し、小さなヴィンスが両手で口を塞いでいると、隙間越しに父が深々と安堵の息を吐いていた。
「ねぇ、ヴィンス。お前が産まれてくれて、本当に嬉しかった。お前と生きる日々は、本当に幸せだった。だからお前は……何があっても生きてくれ」
記憶の中ではドアを蹴破って現れた男達の圧に怯えて動けなくなり、父が縛られ連れて行かれる光景を、ただ見つめる事しかできなかった。あの時父は、既に死への覚悟を決めていたのだと気づいていた。だから幼かった自分もまたその覚悟に圧され、父の意に従う以上の事ができなかった。
繰り返し見る夢の中でも、己はこの父の死と、死に追いやった者たちの醜さを忘れまいと、瞬きすることなく見つめる事しかできなかった。
「……」
きっと、これは現実に持ち帰る事の出来ない夢だ。目が覚めた後に覚えているかどうかさえ、確かではないうえに、これからの結末を夢でどういじくり回そうとも、変える事なんて出来やしない事など、重々に承知している。
「ヴィン、ス?」
腕に力を込め、父が防ぐクローゼットの扉を開いて飛び出した。クローゼットに押し込んだ時には小さな子どもだった自分が、いきなり長じて出て来た事に、己によく似た薄緑色の瞳が大きく見開かれている。
戸惑い動けないでいる父親の腕を掴むと、ヴィンスは強く手を引いた。父が居るに相応しい場所へと連れて行くために。
そのための道筋を思いながら振り返れば、先程自分が飛び出したクローゼットの中は、一番星のように光が差す場所へと道が繋がっている。
「一緒に行こう、父さん。貴方がゆっくり眠れる場所へ」
ヴィンスの呼びかけに、父は戸惑った様に瞬きを繰り返していたが、やがて応えるように手を握り返した。二人で走って、走って、走り続けて。どんどんと喧騒から遠ざかり、変わりに光が強まってゆく。
光が近づけば近づく程に、握る父の手の感触はどんどんと曖昧になり、父の手を引く自分の腕からは、鼓動に併せてズキズキと鋭い痛みがはしる。それでもヴィンスは父の手を握り続けた。
(私の胸に眠る貴方を、ずっとあの場所に縛り続けていたのは私だ)
ベートは、魂は思う相手の胸の中で眠ると言っていた。それならば、自分が何度も何度もあの悲劇に苛まれる度に、父もまた何度も苦痛を味わってきたという事だ。
(だからこそ、私は貴方を、この光の差しこむ暖かい場所に、連れて行く。私が貴方を思い出す度に、貴方が幸せな日々を過ごせるように――私が自身を呪うことで、貴方の眠りが妨げられることのないように)
「あ……」
辿り着いた光の先には、小さな自分を抱え上げて笑う父の姿があった。 光の中で笑う父は、キラキラと輝くように笑っている。ニガヨモギ色の瞳は、己の生を祝福している。小さな自分に向けてくれていた笑みを思い出した事で、自分の胸の中に眠る父は、漸く安らかに眠ることができるのだとヴィンスは実感した。
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