100 / 581
本編
花街のお姉さん
しおりを挟む「は、はひ?お礼って、俺、何もしてませんが、お姉さんたちにお礼されるような事は。」
竜樹は、色鮮やかなドレス達にドギマギしながら、しゃがんで、少女から花束を受け取って返事をした。
ジェム達は、照れてポリポリ頭を掻いている竜樹に、ニシシシと顔見合わせて笑っている。王子達は、「きれいね、おねえさん!」と言ったニリヤに、うんうんして。
少女の後ろ、華やかな女性達を率いている、先頭のほっそり可憐な、けれど堂々としているお姉さん。白金混じりのベージュ髪、ぱっちりスミレ色の瞳、長いまつ毛の人、が、礼をしたまま、ゆったりと告げる。
「ギフトの御方様は、知らぬうちに私達を助けてくださっています。」
礼をなおり、ニコリと笑う。少女は、トコトコと、お姉さんの後ろに下がった。
「まずは、先日、広場のてれびで、『おうち経済・おこずかいの使い方、貯め方』を、私達も拝見いたしましたのよ。流行りの話題をお相手に提供するのも、お仕事の内ですから。この頃は、私達でも、花街の館から時々、男衆はつきますけれど、お出かけしてテレビを見に行く事ができますの。」
そう言われれば、お姉さん達の後ろに、コワモテのお兄さん達が着いてきている。騎士団の連中が、引き続き警戒しつつ。
「私達って、子供のうちから見習いで、花街に勤める者も多いのです。お金には、振り回されて育ちますが、貯めたり使ったりを、上手くできないまま、大人になる者も、少なくありませんの。」
ぱっ、と、竜樹が売り出したばかりのおこずかい帳を、お姉さん達が取り出して、振り振りした。
女性らしく、リボンや、レースで、オリジナルに飾られたそれは、大切にされていると分かる。
「私達、教養として読み書きは教わります。お相手様に、お手紙を書く事も、ございますしね。だから、みんなでおこづかい帳をつけ始められましたの。そうしたら、本当に、何にお金を使って、幾ら貯まるか、目に見えて分かりやすいのですね。」
見習いの時から、つけていれば。大人になって、そして花になり、盛りが過ぎて花を引退して、どこかの旦那様の後添えや、小さなお酒を飲ませるお店を持たせられたりした時に、大きな失敗をしないんじゃないかと思うのです。
「第二の人生で、お金に過不足ない暮らしができる者はいいけれど、全てがそうじゃありませんわ。」
一人寂しく、貧しい暮らしを余儀なくされる者も、かなりいます。
「そんな私達の、後の暮らしに、ギフトの御方様は、一条の光を与えてくれたと思うのです。」
可憐なお姉さんの後ろ、様々なタイプの艶やかなお姉さん達が、うんうん頷く。
「そりゃ良かった!そうですよね、街の中じゃ、息をするだけで自然とチャリンチャリンとお金がかかる。そんな中で、生きていかなきゃいけないですもんね。花街のお姉さん達の助けにもなったなら、良かったですよ。」
竜樹がニカリと笑って返事をすると、「まぁ、やはりギフトの御方様は世慣れてらっしゃるわ。」
「お優しい方ね。」
「ご身分のある方なのに、私達花街の女にも、卑しいなどと見下げたりなさらないわね。」
さわさわニコニコ話し合う。
「新聞も面白くて、毎日楽しみに読んでいますの。お相手様との会話も弾みますのよ。」
「私、家庭のヒント、お料理のコーナー、つい見ちゃうわ。後々作ったりするのかな、なんて。」
「私は芸能ニュースが楽しみ!」
これには、新聞売りのジェム達も、ふおっと頬を赤らめて、顔を綻ばせる。
「あとは、ある花街の花の、個人的な感謝もございます。」
「個人的な感謝?」
んん?と首を傾げる竜樹である。
「ある所に、子爵令嬢で、借金のために父親が悪い事をして、お家取り潰しに合い、花街に身を落とした花がございます。」
うんうん。周りを取り囲んで、野次馬して聞いている者たちも頷く。冒険者のパーシモン、マロン、ノワールも、きなこ飴をもぐもぐしながら見守っている。
「その、元子爵令嬢は、花街に落とされる前に、婚約者だった若者と、思い出の、最後の一夜を過ごしました。」
目をつむり、手を合わせて、想いを馳せる様子の、可憐なお姉さん。
泣けるわねぇ、とノワール。
「神の悪戯か、その一夜で愛しの子供を授かり。花になった途端、身籠った元子爵令嬢は、困っておりました。そして、ある優しい伯爵が、その子供を引き取って育ててくれると申し出てくれて、泣く泣く愛し子を手放したのです。」
月足らずで産んだ、小さな男の子でしたのよ。
ふふ、と微笑んで。
「伯爵様は、お世継ぎはもういらっしゃるので、その補佐に、との目論見があって、男の子を引き取ったのです。ですが。」
パチリ、目を開けて、スミレ色の瞳が、アルディ王子を見る。
「産んだ時、怪しげな医師に、取り落とされたその男の子は、どこかを打って、両足が動かなくなったのです。育った今も。そして、お咳の病気もありました。」
あ、ぜんそく。
アルディ王子が、魔道具を握って、言葉を細く漏らす。
「この間まで、原因がわからなかったのです。ぜんそく、とは、そんなに珍しい病気ではないのですね。伯爵様は、血の繋がらない弱い男の子を、可愛がっていて。てれびをみて、早速、癒しの魔法を使える者を、手配してくださって。」
胸の前で、手を組み、ふんわり微笑む。
「男の子は、足こそ動かないものの、咳の発作は、かなり抑えられて、お勉強も、身が入るようになったと、元子爵令嬢の花は、嬉しい連絡をもらいましたのよ。」
うふふ、と本当にお姉さんは嬉しそうにした。目の前に男の子がいるかのように。
「足かー。落とした、ってことは、腰あたりの神経を傷つけちゃったのかな。この間からチリが作って使ってみてる、身体の中を見られる魔道具で、見ながら診察したら、神経のどこらへんを治したらいいか分かったりするかなぁ。」
「どこ、と分からなくても、中を見ながら大体の仕組みを再建する方が、再生の魔法は、効くってわかりましたからね。絶対とはいえないけれど、やってみる価値はあるかも。」
竜樹と魔法療法師のルルーが、うんうん言いながら話し合う。
え、とお姉さんは口を開け、竜樹とルルーを見つめる。
「もしや、足、までも?治す方法があると?!」
「いやいや、絶対じゃないです!あと、神経が治ったとしても、よっぽど根気良くリハビリ、歩くために筋肉をつける練習、をしないと、難しいとは思いますが。」
竜樹の言葉に、うんうんとルルーは頷き、「筋肉の衰えまでは、再生魔法でもなかなかできませんからね。何故筋肉が、あまりつかないのか分からないけど、鍛えて強くなる所だからでしょうか。努力しなさい、という、神の御心によるのかも。」と言った。
「そうなると、やっぱり温水プール欲しいねえ。」
「水に身体が浮くから、無理なく全身の運動ができるんですっけ。」
アルディ王子も、他のぜんそくの子も、水泳、いいだろうしねえ。
「ぼくも、ぷーるしたいよ!」
ニリヤもニコニコして、「みんなで、およぎたい!」と竜樹のマントをツンツンした。「私も!」「私も、泳いでみたい!」オランネージュとネクターもねだる。
「私も、泳げるかな!その伯爵の男の子とも、友達に、なれる?」
ふおー、とアルディ王子も、目をキラキラさせた。
ともだち、ともだち!
ワイワイする王子達に、俺らも遊べたりするのかなぁ、泳いだこと、ないね!とジェム達。
「まさか、本当に!ギフトの御方様、私でできる事なら、何でも、何でも致します!お金もあるだけ、出します!どうか、あの子、いえ、パンセ家のエフォール伯爵令息様に、治療を!」
「私達からも、お願いします!」
お願いします!
声を揃えて言う花達に、竜樹は、
「今なら、お試し治療のモデルにできるかもだから。そして、お金は伯爵様から常識的な額をもらうから、お手伝いして欲しい事ができた時は、お願いしますね。」とニッカリ答えた。
「おお•••エフォール。」
スミレ色の瞳が、ゆらゆらと涙に揺れて、一粒、玉がこぼれる。
「おねえさん!なみだ、いっぱいよ。」
ニリヤが駆け寄って、タシタシとドレスを叩いた。ズボンのポケットから、母様のではない、シンプルな白いハンカチを差し出す。
「あ、ありがとうございます、ニリヤ王子殿下。御身手ずからなんて、勿体なくて。」
膝を折ってハンカチを受け取り、もみもみ。
良かった、良かった。
良かったわぁ~。
パーシモン、ノワールやマロンまでも涙ぐみ、屋台の親父も、野次馬達も、ハタハタ肉の煙を仰ぎながら、うんうんと頷いている。
キラン!
地面が光り、まあるく切り取られる。
ルルーが、「これは!?」と叫ぶ。
マルサが、「まずい!こんな所で!?」騎士団を振り仰いで、丸の範囲に入っているのを確認すると、「何の魔法だ、クソっ!」と罵る。
竜樹は何の反応も出来ず、うわわわ、と子供達を見回して。
ブォン。
景色がブレて。
四方が古いレンガの壁。
そしてそこに、犬耳の灰色ローブを着た、びっくりまなこの獣人。
そこに、転移した。
竜樹にルルー、王子達にアルディ王子にジェム達。マルサに屋台の親父、パーシモン達に花街の花達。クルーに騎士団の連中も、みんな一緒くたに。
「なっ!ぎ、ギフトの御方様に王子様達まで!?あああ!だから、たった一人を転移させるなんて、無理だって言ったんだぁ!俺はこれでおしまいダァあー!!」
犬耳獣人が、頭を抱えて泣き叫んだ。
44
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる