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第4章 婚約の行方

36.偽りの聖女

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「リヒト様、最後に私からお話ししたいことがあります。」

 マグノリアは俺に人払いをするように頼んだ。侍女達が部屋を出ていくとカインと俺だけが部屋に残された。マグノリアは俺を見つめると「この話は他言無用でお願いします」と口にする。彼女は重たい口を開くように喋り始めた。

「リヒト様にお話ししたいのはアリア・アンリゼットのことについてです。」
「…アリアのことか?」
「ええ、私は随分と昔にアンリゼットの名を捨て、そして聖女としての地位もなくしました。…ですが、先日アリアが聖魔法を覚醒させたと聞きそんなことは起こり得ないと感じたのです。」
「起こり得ないというのは?」
「…彼女はアンリゼット家の血を引いていないからです」

 俺はマグノリアの瞳を見つめた。彼女が嘘をつくことは今まで無かったが、こんなにも真剣に話す彼女を見たことは無かった。

「私の弟であるアンリゼット侯爵家当主のエルヴィンは妻であるアイリーンと愛し合っていました。それは誰が見ても分かるほどに。…けれどアイリーンはアリスを産んで帰らぬ人となりました。エルヴィンは悲しみの淵にいた頃、あの女がやって来たのです」
「あの女?」
「アリアの母であるヒルダです。」
「…ヒルダ?聞いたことがないな」
「そうでしょうね。彼女、ヒルダは幼い乳飲み子を抱えてエルヴィンの元に来ました。ヒルダは侯爵家の前で『この子はいずれ聖女になる子だ』と声をあげているところを召使いに発見されたのです。」
「…エルヴィン殿は不貞を行っていたのか?」
「それはございません。ですが、あまりにもヒルダが確信を持って話したのです。身なりも整っていない母親と乳飲み子を見てエルヴィンも憐れに思ったのでしょう。エルヴィンはその者を屋敷に入れたのです。…昔から優しい子ではありましたがそれが仇となりました。ヒルダは屋敷に入るとナイフを自らの腹に刺そうとしました。エルヴィンはそれを止めようとしましたが、暴れるヒルダのナイフがエルヴィンの腕を切り裂き、エルヴィンの手が離れるとヒルダは自害をしました。そして、エルヴィンに乳飲み子を差し出し、『この子は聖女になる子だ』と言って絶命したのです。」
「…それは」
「皆が戯言だと思っていたのです。身寄りのない女が貴族の家に押入り、貴族の子だと妄言をしたと」
「しかし、そうでは無かったと?」
「ええ」

 マグノリアは眠るアリスの頭を撫でると決意したように話し始めた。

「アリアはその時、聖魔法を発動したのです。」
「どういうことだ?」
「乳飲み子を抱いたエルヴィンの腕の傷が直ったのです。アリアの魔法によって。傷を治癒する力は聖魔法の一種ですからエルヴィンも私も真相が分かるまでアリアを保護しようと決めたのです。本当にアンリゼット家の血を引いているかどうか分かるまで」

 傍に控えているカインはマグノリアの様子を窺いながら真剣な眼差しで彼女を見つめていた。俺はマグノリアが話していることに理解が追いつかないまま彼女の話しに耳を傾けていた。

「私はアリアの件をエルヴィンに頼まれ、聖魔法と対極にある闇魔法の研究を始めました。そしてティズ族が多く、奴隷として扱われる地へと赴いた際に『ある計画』を聞き出しました。…私は彼等に襲われ聖魔法の力を失い、マグノリア・アンリゼットは亡くなった者とされたのです。」
「…ある計画?」
「ええ、ティズ族が王族に反乱を起こすための長きに渡る計画を。」
「まさか…それは今起こっているというのか」

 マグノリアは静かに頷いた。

「ティズ族は長年虐げられてきた一族ですが、族長の血を引く者達はその間も闇魔法を伝承し続けていたのです。…王家に見放された屈辱と憎悪を胸に反旗を翻すために何世代にも渡って。」
「それは国王が病に伏しているのも、アリスが命を狙われていることにも関係しているのか?」
「ええ。ティズ族族長の家系には特殊な闇魔法が使えるのです。そしてアリアはその家系の末裔にあたります。」
「特殊な魔法とは何だ?」
「自身の命を削り、術者の望みのままに魔法を発動させることが出来る闇魔法…それがアリアが使える聖魔法なのです。だからあの子も知らずの内に自身の命を削っているのです。」
「それはアリアは偽りの聖女ということか」
「ええ、だから、リヒト様…どうかこの子達を…」

 マグノリアは喋っている途中に椅子から崩れ落ちそうになっていた。すかさずカインが彼女を支えた。俺は「マグノリアを隣の部屋で休ませてくれ」とカインに告げるとカインは彼女を連れて部屋を後にした。

 俺はふとアリスを見つめた。マグノリアの魔力が満ちたのか先ほどよりは安らかに眠っている。俺はアリスの髪を少し撫でると決意を改め部屋を出た。
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