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第4章 婚約の行方

35.闇魔法

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 俺は執務室で書類にサインをしながら公務をしていた。本来ならばアリスの治療のために尽くしたいところだが領主としてはそうはいかない。

 サナ・エバンズの件はクロードに任せ、アリスの治療については今日も様々な専門分野の研究者たちが原因を究明していた。それに遂にあの人も公爵邸に向かっていると知らせを受けた。

 俺は少し目を押さえると視界が少しぐらついた。思えば最近はあまり眠れていない。そのせいだろうか。そんな時、扉を叩く音がした。

「旦那様、失礼致します」
「ノーマンか、入れ」

 ノーマンは静かに扉を開けると俺の方を向いた。

「旦那様、マグノリア様が来られました」
「そうか、俺もアリスの所へ行く。暫くの間執務室を空ける。」

 そう言うと俺は執務室を後にし、アリスの所へ向かった。アリスの部屋へと入ると彼女はそこにいた。

「マグノリア」
「リヒト様、暫くぶりですね」

 彼女は俺に一礼をすると美しいブロンドの髪が揺らめいていた。相変わらず年齢を感じさせないほどの容姿だ。その横にはカインも傍に控えていた。

「…それにカインも。よく来てくれた。」
「いえ、私はマグノリア様の付き添いですから」

 カインはそう言うとマグノリアが静かに喋り出した。

「このような容態になっては私しかみられないと思っていましたから。早速ですが、アリスの容態を診ますね。…あまり時間はないようですから」

 マグノリアはアリスの体に触れた。

「これは…」
「何か分かったか?」

 そう言った瞬間、マグノリアの手は何かに阻まれるように何かの力で退けられた。

「マグノリア様!」
「マグノリア!大丈夫か?」

 マグノリアは体勢を立て直すと「大丈夫です」と言ってまたアリスの体に触れようとした。それをカインが咄嗟に止めようとする。

「マグノリア様、僕が代わりに!」
「カイン、貴方の魔力よりも私のほうがアリスと相性が良いのです。だからこれは私の仕事です」

 マグノリアはカインを宥めると改めてアリスの体にそっと触れた。マグノリアは何か囁くと一つ深呼吸をしてアリスの顔を見つめていた。アリスの体から光が放たれるとマグノリアの魔力がアリスの体に行き渡っているのが傍目から見ても分かった。凄まじい程の魔力量だ。

 マグノリアはアリスの体から手を離すと体の重心を失いかけていた。咄嗟にカインがマグノリアを支える。

「無茶をし過ぎです。全く貴女って人は…」
「ありがとう、カイン。でもこれでひとまず少しだけアリスの魔力が戻ったはずよ」

 カインはマグノリアを椅子まで運ぶとマグノリアは椅子に座って俺の方を見た。

「リヒト様、アリスの容態をお教えします。今は私の魔力を注力したので暫くは大丈夫でしょうが、これはかなり危険な状態です。…呪詛が身体中を覆い尽くしている。それにこの闇魔法は特殊なものです」
「マグノリア様、それに関しては僕から説明します」

 カインはマグノリアの話を遮ると意を決したように話し始めた。

「…僕もティズ族ですから」
「カイン」
「こんな所で役に立てるのなら光栄です…。この呪詛はティズ族の中でもかなり高度な闇魔法です。…当然こんな魔法には対価が必要です。人間一人の命が。」
「そうか、それが」

 カインは頷くと話を続けた。

「今回の件、恐らく対価として選ばれたのがサナ・エバンズです。対価として使用された人間は呪う相手の元へ行き、呪詛をかけます。…そして対価は命を捧げた後、相手の死を達成するまで呪いとして身体を蝕み続けるのです。」
「それではアリスは!」

 カインはアリスの顔を少し見るとまたこちらに視線を戻した。

「残念ながらこの闇魔法は解き方がありません」

 俺はその言葉を聞いて絶望にも似た感情を抱いた。自分の傍にいれば安全だと過信していた過去の自分に腹が立っていた。こんな所で腹が立っても仕方がないというのに。

俺の様子を見てカインは更に口を開いた。

「しかし、この闇魔法は可怪しな点があります。」
「それはどういうことだ?」
「完璧ではないのです。…まるで誰かの魔力を借りてかけたような。ティズ族でも随一の闇魔法の使い手は自身の魔法を魔具に宿して与えることが出来ると聞いたことがあります。それが本当なら」
「…その者の魔力が入った魔具を使用して呪いをかけたということか?」
「恐らくは。…借り物の魔法は当然、当人がかけるよりも劣ります。そして、根元となる魔具があるのも弱点です。元々闇魔法は法で使用が禁じられていますし、ティズ族の中でも闇魔法を正確に使える物は少数です。しかしそんな人物がいて魔具もあるとしたら…」
「魔具を破壊することがアリスを助ける唯一の術ということか」

 マグノリアとカインは静かに頷いた。




 


 






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