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第3章 アリスと公爵家

26.視察の誘い

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 公爵様にお茶に招かれてから翌日のことだった。私の部屋にクロード様が尋ねてきた。

「失礼します。アリス様。」
「クロード様!お久しぶりですね」
「ええ、公爵邸に帰ってきてからというもの主にこきを使われましたから…アリス様は怪我の具合は如何ですか?」
「元々かすり傷でしたし、もう跡もないほどに回復しました。」
「それは何よりです。それで今回なのですが…」

 クロード様が持ってきたのは意外なお話しだった。

「えっ?私がですか?」
「ええ、主からもそのようにと」
「ですが、私がノースジブル薬学研究所の視察などについていってお邪魔ではないのですか?」
「そんなことはありませんよ。…主からも聞きましたがアリス様はノースジブル領の魔法研究に興味があると聞きました。それに特に薬学研究所に心を惹かれていたと…」
「ええ、それはそうですが…公爵様の視察についていくというのは何だか気後れしてしまいます。」

 公爵様とお茶を飲んだ時、公爵様からノースジブル領の農業研究と薬学研究について話しを聞いた。聞けばノースジブル領は研究によると山脈から流れる瘴気のせいか何十年に一度の流行り病が定期的に起こることが分かったそうだ。そのため、王都であれば聖女をすぐに要請するところだが、ノースジブル領では要請に関しても手続きや道中が険しいため自領で何とかできないものかと考えた結果、数年前に薬学研究所を創設したとのことだった。

「主が是非にと仰っていたので大丈夫ですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、それに…薬学研究所も農業と魔法の融合研究も主が進めたものですから興味を持ってくれる令嬢がいてくれて嬉しかったのでしょう」
「それでしたら私もご一緒したいです」

 そう言うとクロード様は嬉しそうに頷いて「それでは主にもそうお伝えします」と言い残して部屋を後にした。

「薬学研究所か…」

 私は独り言のように呟いた。聖女の力というのは聞こえはいいが、諸刃の剣だ。私は聖女として務めていた時から自分の存在に疑問を持っていた。代々アンリゼット家から聖女は生まれ、国民を救ってきたがもし聖女がいなくなれば高額な医療費を払えない平民は息絶えてしまう。

 聖女という存在に頼り、ラティア王国は医療の研究、薬学の研究をほとんど進めていない。他国と比べてもこの怠惰さは異常なことだろう。そのため高度な医療は貴族にしか手が届かず、平民はとてもではないが受けることはできなかった。

ー私が聖魔法を発揮できなくなってからこの5年はラティア王国にとって辛いものだった。

 大きな流行り病が起こらなかったことは幸いだが王都から遠い辺境の地では瘴気から流行り病になり多くの人が亡くなった。辺境の地では聖女がいなくなったラティア王国に頼れる存在はなかっただろう。陛下も策は講じていたが何より医療、薬学の研究を疎かにしたことが響いていた。

 私は聖魔法が使えなくなってからは個人で物資の提供や医者を派遣することしか出来ず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。アリアが聖女になった今、ラティア王国は救われるだろうか。今、王宮は陛下の具合が優れずクリスが政を執り行っていると聞いた。2人なら私が救えなかった民を救ってくれるだろうか。

ーもしクリスが昔のように民のことを考えているのなら

 ふとそんな楽観的な考えが頭に過ぎった。しかし、直ぐに我に帰った。私はまだ見ぬ研究所に期待を巡らせながらその日を待ち望んでいた。



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