家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(12)二度目のエラムラ

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 普段は一匹狼のレオハニーが俺たちと行動を共にするなんて、どういう風の吹き回しだろうか。何かよからぬことを企んでいる気がしたので、俺はすぐにでも問いただそうとしたのだが、レオハニーは食事を取り終わるやすぐに「先に行ってる」と言い残して出かけてしまった。世界最強の討滅者は、食事すらも最速だったらしい。

 俺はレオハニーについて深く考えることは諦めて、エトロたちと一緒にのんびり準備をしてからバルド村を出発した。因みにドミラスは途中でミッサに呼び出されてしまったので、俺たちより遅れて発つ予定だ。

 メルクは最後の最後まで俺たちに着いて行こうとしていたが、見かねたアメリアが秘蔵の最高級ワインをギルド倉庫から引っ張り出してくれたおかげで、なんとか同行拒否することができた。

「メルク村長……いじけてたなぁ」

 最高級ワインを抱えながら涙目で俺たちを見送ってくれたメルクの顔を思い出し、ついしみじみと呟いてしまう。
 
「あれだけ酒を貢げば村から出てこないだろう。村にはハインキーもいるのだから」

 エトロも同じ光景を思い出していたのか、苦笑しながらそう言った。すると、シャルがメモを両手で掲げながら俺の前でぴょんぴょん飛び跳ねた。

『エラムラで おみやげ!』
「そうだな。せめて村長にお土産ぐらい買わないと。酒樽三つで足りるよな?」
「いや、念のため十樽にしよう」

 神妙な顔で提案してくるアンリに、俺とシャルはごくりと喉を鳴らした。あの小さな身体でそれほどの酒を飲んで大丈夫なのだろうか。今更心配するだけ野暮かもしれないが。

 しかしそれにしても、この世界には外見と実年齢が伴っていない人間がやけに多い気がする。アパートの隣人であるオリヴィアは成人済みの一人息子がいるので相当な年齢だろうし、ドミラスやロッシュも三十代なのに大学生と名乗っても差し支えないぐらい若く見える。

 特に気になるのは、レオハニーの年齢だ。

 俺は一瞬躊躇った後、エトロに対して質問してみた。

「あのさ、レオハニーさんも結構年上だよな? ノクタヴィスの惨劇があったのが十五年前で、その時のあの人はもう討滅者だったんだろ? だったらレオハニーさんって、いつ討滅者になったんだ?」

 女性に対してなかなか失礼な質問だったからか、シャルから太ももの辺りに抗議的なパンチを食らった。エトロも俺の頬を一度小突いてきたが、意外と素直に教えてくれた。
 
「師匠から年齢は聞いたことはないが、少なくとも五十年前から師匠の名は各地で轟いていた。私が師匠と初めて会った時も、今とほとんど変わらない若さだったな」
「五十年も前から? あの外見で? ほとんど不老だろそれ」
「ああそれね、実際にレオハニー様が不老不死だって噂もあるよ。直接本人に確かめたことはないけどね」

 続くアンリの台詞を聞いて、俺はへぇ、と中途半端な返事をして考え込んだ。すると、エトロがぼんやりと空を見上げながら、空想でも語るように続けた。

「あのベートとやらも、同じく不老の噂があったな。北方では百年以上を生きる大男がいるとも聞いているし、強い狩人となれば、意外と外見と年齢は関係がなくなるのかもしれないな」

 エトロの言う通り、この世界では不老長寿は珍しいことではないのかもしれない。そもそもこの世界の人類は、地球の身体能力と比べてありえないほど発達しているのだから、むしろそちらの方が自然であろう。

 しかし俺には、レオハニーの不老と機械仕掛けの世界に関係があるように思えてならない。NoDのベートにも不老不死の噂があったのなら、俺の同郷であるレオハニーもNoDだと考えるのが妥当だ。

 そしてレオハニーは、俺に記憶を渡そうとした99を殺害した。それら二つの点からして、レオハニーのことはどうしても信用できない。

 転生者だろうが、同郷の者だろうが、俺を裏切るようなことをすれば、その時は……。

「見えてきた。英雄の丘だ」

 アンリの呼び掛けに引かれて、俺は視線を上げる。高冠樹海を抜けた先に、白く日差しを反射する急勾配の坂道が現れた。

 前回はここに来るまで数時間ほど要したが、今日歩いた時間はせいぜい二十分程度だ。自分の成長を感じるとともに、案外世界は小さいのかも知れない、という大袈裟な感想まで出てきてしまう。

 俺たちはそのまま英雄の丘をずんずんと進み、そのまま下って、山をくり抜いた長いトンネルへ入った。トンネル内は水族館のようなフロアランプが敷かれて広々としており、別の里から来た商人とその馬車が行き交っている。彼らに紛れるようにして進むと、数分ほどでエラムラの里の東門に辿り着いた。

 日差しの向こうから望む和洋折衷な里の街並みに、俺はほうっと息を吐いた。すっかり瓦礫が消えた大通りは、石畳にまで修繕され、建物の外装も新築特有の眩しさがある。通りを歩く里の住人にも活気が戻り、以前にも増して観光客が増えたような気がした。

「すごいな。もうほとんど元通りだ」
「うん。上の方はまだ建築途中だから、完全に戻るまでそう掛からないと思うよ」
「へぇ」

 アンリに相槌を打ちながら復興した景色に感動していると、小さな手がぎゅっと俺の指先を握りしめてきた。
 
「シャル、大丈夫か?」

 小さな手の主人を見下ろすと、シャルは不安そうにしながらもこくりと頷いた。シャルは長らくエラムラから排斥されてきた過去もあり、約一週間ぶりの里帰りに心の傷が刺激されてしまったようだ。

 俺としては、シャルにはバルド村で留守番してもらってもよかったのだが、どうしても行きたいと言われてしまったので無碍にできなかった。

 エラムラに対する苦手意識をシャル自身が何とかしたいと思っているのなら、俺にできるのは彼女を見守ることだけだ。と言っても、シャルと手を繋いでいる時点で、十分過保護であると自覚はしているが。

 俺たちは東門から真っ直ぐ大通りを抜けて、広場の前にでかでかと居座るギルドへ向かった。

 するとその途中で、空からふわりと黒い人影が降りてきた。人の良さそうな笑みを浮かべたその人物は、カソックに似た衣服から鈴の音を鳴らしながら俺たちに向けて手を振った。

「こんにちは、奇遇ですね」
「ロッシュさん。久しぶりです」
「ええ、また会えてうれしいですよ。リョーホさん。皆さんもお久しぶりです。それで――」

 すぅっとロッシュの双眸が細められ、俺以外の面々を見てから軽く眉を顰める。

「ドミラスは来ていないのですか?」
「ああ、ドクターは用事を済ませてから来ると思います」
「そうですか。では皆さんを先にギルドへ案内しましょう。お話はそこで伺います」

 ロッシュはすぐににこやかな笑顔を取り戻すと、ギルドの方へ俺たちを先導した。しかしその歩調は心なしか苛立っているように見えて、俺とシャルは不思議そうに顔を見合わせた。



 ・・・―――・・・


 
 ギルド長室に通された後、俺たちは挨拶もそこそこにエラムラに訪れた目的を話した。要約すると「オラガイアに行きたいからチケット譲ってくれ」という厚顔無恥も甚だしい内容だが、ロッシュは気分を害するどころか、待ってましたと言わんばかりにチケットを引き出しから取り出してきた。
 
「これが空中都市オラガイア行のチケットです。満星の月、新月の日に必ず来てくださいね。場所は東の階段を上った先に飛行場がありますから」

 そうして差し出されたのは、この世界では上質な白い封筒だった。俺はこわごわとそれを受け取ると、賞状を授与されたかのようにお辞儀をした。
 
「ありがとうございます。だけどこんなにあっさり……」
「僕もオラガイアに用事がありますから、以前からお誘いしようと思っていたんです。ですがまさか貴方たちから来てくださるとは、手間が省けてよかった」
「ロッシュさんも用事が?」
「ええ。ダアト教十二人会議。その名の通り、ダアト教幹部が一堂に会する、年に一度の全国会議です」

 そういえば、そのようなものもあった気がする。何度も死んで生まれ直してきた俺だが、不思議とダアト教と関わる機会が少なかったせいで、その可能性に思い至れなかった。

 過去の俺が唯一知り合ったダアト教幹部といえば、ノースマフィアの三代目首領だけだ。俺が鍵者だからという理由で拾ったくせに、俺を中央都市のように大々的に処刑しようとしたり、秘密裏に殺そうとしなかったりと、三代目は掴みどころのない男だった。

 あれから何年も経過しているので、今頃ノースマフィアの首領は四代目か五代目になっているだろう。オラガイアに行ったら三代目の子供達に会えるかもしれない。

 少しだけ楽しみに思っていると、エトロとシャルが興味津々に白い封筒の中を覗き込んだ。
 
「ということは、だ。ロッシュ様は十二人会議とやらに行くついでに、お友達のために大量にチケットを買い占めていたのだな?」

 エトロが確信を持って発言すると、アンリが引き攣った顔で勢いよく首を横に振った。
 
「いやいやいや、そんな簡単に用意できるものじゃないからねこれ? 市場抽選だと、一枚応募するだけで金貨百枚も積まないと買えないんだよ」
「「金貨百枚!?」」

 日本円に換算すると一千万円である。それを六人分もぽんと手渡せるのだから、ロッシュの財力には脱帽するしかない。そう感心していると、ロッシュは俺の誤解を解くように苦笑した。

「ダアト教幹部は素直に抽選なんてしませんよ。必ず会議に出席しなければならない僕らは、幹部特権として必要な分だけチケットを請求できるんです。多すぎると流石に却下されてしまいますけどね」
「へぇ、幹部ってすごいな」

 全く語彙力のない感想を漏らしながら、俺はチケットをまじまじと見つめた。偽物と判別できるようにするためか、チケットの縁には金色の刺繍が精密に編み込まれている。指で触れてみると、表面から黄金の光が散り、たんぽぽの綿毛のようにキラキラと宙へ飛んでいった。この刺繍は誰かの菌糸能力か、それともキノコライトのような生物を加工したものなのかもしれない。

 不思議な刺繍の輝きにシャルと一緒に魅入っていると、コンコンとギルド長室のドアがノックされた。

「すまん、遅れた」

 悪びれることなく入ってきたのは、ミッサに呼び出しを食らって遅刻したドミラスだった。

「おおドクター、意外と早かったな。チケットならもう譲ってもらったよ」
「ほう? チケットの見た目も随分変わったな」

 ドミラスはチケットを一枚引き抜いて、物珍しそうに天井の明かりに透かした。すると、明かりに反応した黄金の刺繍がふわりと散って、薄らと竜王トルメンダルクの勇ましい姿を映し出した。俺はそれを隣で見上げながら感心した声を上げた。

「へぇ、こうして見るとおさつみたいだな」
「そういう話題はレオハニーに振ってやれ。ユキチだエイイチだと謎の呪文を唱えてくれるだろう」
「エイイチは知らないなぁ……」

 ぽん、と手のひらにチケットを返され、俺はいそいそと封筒の中に入れ直した。なんだか某ネズミの遊園地のチケットを預かった時と同じような、絶対に無くしてはならないという責任感が湧き上がってきた。

 白い封筒を両手で包みながら緊張で震えていると、ふとドミラスの気配が一瞬だけ張り詰めたような気がした。驚いて顔を上げると、ドミラスはソファに座ったロッシュを見下ろしながら、なんとも言えぬ不愉快そうな顔をしていた。

「本当に里長になったんだな。ロッシュ」
「そういう君は、本当に記憶がないんですね」

 ロッシュは少しも笑顔を崩すことなく、こざっぱりとした返答をした。すると、ギルド長室にじんわりと漂っていた緊迫感が消え、ドミラスの顔に初めて笑みが溢れた。

「悪いな。こいつら曰く、二十一年分の記憶が消えているらしい」
「二十一年……?」

 ロッシュは思いがけないものを見つけたように大きく目を見開き、額に手を当てながら椅子の上で項垂れた。

「全く君は、どうしてこのタイミングで……」
「……俺と約束でもしていたのか?」
「いいえ。大事な会議の前に厄介なことをするものだと呆れただけです」
「まるで俺がわざと記憶喪失になったみたいな言い草だな」
「事実その通りでしょう。でなきゃ貴方がヤツカバネにやられるわけがありませんし」

 ロッシュが自信満々に言うと、やり取りを見ていたアンリが若干引き気味に呟いた。

「凄い。記憶を失ったばっかのドミラスとほとんど同じこと言ってる」
「やっぱり? 俺もそう思ってたわ」

 こそこそと話していると、ロッシュから地響きが聞こえてきそうなアルカイックスマイルを向けられた。言葉がなくとも「それ以上口にしたら分かっているな?」という副音声が聞こえてきて、俺とアンリは即座に姿勢を正して口を引き結んだ。

 バカ丸出しの無言のやり取りが終わった後、ふとエトロが思い出したようにロッシュへ問いかけた。

「そういえば、ダアト教の幹部は全員がロッシュ様みたいな里長なのか?」
「いいえ。長ではありませんよ。幹部のうち三人は中央都市の王権機関の所属ですし、他九人についても、一部は表舞台に立てないような仕事を生業としている方もいますし」
「表舞台に立てないような?」
「ええ。例えば、北方を縄張りとするノースマフィアや、彼らと対立している情報組織のデッドハウンドとか」
「なに、どっちも犯罪組織じゃないか! そんな人間が幹部になって大丈夫なのか?」

 エトロの至極ごもっともな指摘に、ロッシュは耳が痛そうに苦笑した。

「残念ながら、人が予言書を選ぶのではなく、予言書が持ち主を選ぶようになっているんです。決まってしまったからには、幹部にしないわけにはいかないんですよ。ですがその代わりに、幹部に相応しくない人間が予言書を持つと、必ずその者に不幸が訪れると言われています」

 持ち主に相応しくなければ不幸をまき散らすなんて、呪いのアーティファクトそのものではないか。知りたくなかった予言書の新たな一面に俺はしかめ面になった後、あっと思い出してドミラスを振り返った。

「ドミラスってベートの家から予言書盗み出してたけど、そういうの平気なのか?」
「あー、そのせいで記憶が吹っ飛んだんじゃない?」

 アンリがおちゃらけると、ロッシュの冷え切った目がドミラスへ向けられた。
 
「ドミラス」
「俺じゃない。未来の俺」
「お黙りなさい。盗んだのが本当なら今すぐここに予言書を持ってきてください。本部に提出しなければ僕の首まで飛びかねませんよ!」
「分かった分かった。鈴で脅すのはやめろ」

 致死性の音色を持つ鈴が震えるたびに、ドミラスの顔色がどんどん悪くなっていく。ロッシュはその表情を見て満足したようで、すぐに鈴を袖の中に仕舞った。

「全く、未来の貴方もそれぐらい素直だったらいいんですけどね」

 ロッシュの台詞に、俺たち一同は深く首肯した。この場にいる人間は大なり小なりドミラスに振り回されてきた思い出があるので、いいぞもっと言ってやれと全員の顔に書いてあった。

 そんな記憶すら吹っ飛んでいる当の本人は、完全アウェイな雰囲気に始終困惑していた。
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