家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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4章

(13)触って

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 その後、ロッシュとの雑談を終えた俺たちは、チケットのお礼もそこそこにギルド長室を後にした。

「あ、ドミラスは居残りで」
「なぜだ」
「記憶について、少々すり合わせをね」

 ロッシュは目だけでドミラスに座るよう命令した後、俺たちには打って変わって優しい笑顔を向けた。

「よければレブナとシュイナのところに顔を出してあげてください。リョーホさんが遊びに来るのを楽しみにしていましたから」

 シュイナはギルドの受付に、レブナはハウラのところにいるから、と最後に付け足して、ロッシュは仕事に戻っていった。エラムラが半壊しても復興しても、里長という職業はずっと忙しいらしい。気が遠くなるほど積み上がった書類の山には流石に同情せざるをえなかった。

 ギルド二階から一階へ降りると、人気ラーメン店のごとく狩人で賑わっている受付が見えてきた。

 つい最近里同士の戦闘があったからか、受付にいる狩人は観光目的というよりも、名声獲得を目指す人の割合が高い気がする。その証拠に、シュイナのいる換金所に持ち込まれるドラゴンの素材はどれも上位ドラゴンのものばかりだった。

 シュイナに挨拶をしておきたかったが、こうも賑わっていては仕事の迷惑になりそうだ。一言だけで済ませるべきかな、と迷いながら、俺はシュイナに向けて大きく手を振った。

「シュイナさーん」

 流石にこれでは喧騒に消えてしまうか、と苦笑しながら待ってみると、シュイナはすぐにこちらを振り返って会釈をしてくれた。それからギルドの外を指さしながら、待ち人がいる、と狩人流のハンドサインを二度繰り返した。

「誰か待ってるのか?」
「レオハニー様かもね」

 俺とアンリは顔を見合わせながら、狩人の波の合間を縫ってギルドの外に出た。するとエラムラの中央にある広場のベンチ付近で、ずっとそわそわしているフードの女性がいた。黒いフードからは特徴的な白髪が見え隠れしており、周囲をきょろきょろするたびに赤い瞳が不安そうに揺れていた。

 あれはもしかしなくとも、エラムラの巫女ハウラであろう。付近の物陰ではお目付け役らしきレブナが彼女を見守っているので、絶対間違いない。

「ハウラ!」

 エトロが嬉しそうに名を呼ぶと、ハウラはぱっと顔を上げて華やぐような笑顔になった。

「エトロ!」

 そのまま抱き着いてしまいそうな勢いで二人は走っていき、触れる寸前で慌てて急ブレーキをかけた。そういえば、ハウラは触れるものすべてを腐食させる厄介な能力があるのだった。危うく友人を消滅させかねない行動に、俺以外のメンバーがハラハラした面持ちで変なポーズを取っていた。しかも、ハウラの監視のために物陰に隠れていたレブナまで飛び出してきている。

「よおレブナ、久しぶりだな。隠れてなくていいのかよ?」
「お、おひさー! 隠れてたのは別に疚しいとかじゃなくて、子供のお使い見守ってただけだから! それよりおっさん、ちょっと雰囲気変わったねー?」
「おっさんじゃないっつの!」

 レブナに久々のツッコミを入れた後、俺はエトロたちの方へと視線を戻した。ハウラとエトロは周りに心配をかけた自覚がないようで、すでに自分たちの世界に入り込んでいた。
 
「よかった。エトロたちが来てるってシュイナが教えてくれたんですが、入れ違いになっていたらどうしようかと!」
「そうなっても私から会いに行くつもりだったよ。元気そうでよかった」

 二人はハグの代わりに笑顔を交わし、それからハウラの服越しに控えめな握手をした。

 するとその途中でハウラは俺の存在に気づいたようで、とことこと小動物のような駆け足でこちらに近づいてきた。

「リョーホさん。お久しぶりです。このような格好でお出迎えしてすみません」
「いえいえ、またお会いできてうれしいです。でも、塔から抜け出してきてよかったんですか?」
「ふふ、ロッシュからエトロが来ていると教えてもらったので、今日だけはお目こぼしを頂いたんです。薄明の塔もまだ再建途中ですから、大工さんもたまには安心させてあげないと」
「え……ああ」

 俺は一瞬だけハウラの「安心」という言葉に首を傾げたが、すぐに理解が追いついた。ハウラは里の人々に恐れられているらしいが、俺だけは彼女の腐食能力の影響を受けないため、どうにもハウラに対する危機感が薄くなってしまうのだ。

「こんなにか弱い女の子に怯えるなんて酷い大工だな」
「ふふ、あなたもそのように言ってくださるのですね」

 ハウラは頬を桜色に染めながら、フードの襟元を掻き寄せた。それから一歩だけ俺との距離を詰めて、ほんの少し瞳を潤ませながら俺を見上げてきた。

「あの、リョーホさん。良ければ、その……て、手を握ってくださいますか? ゆ、指先だけでも、構いませんので」

 びっくりした。
 キスされる、とまでは行かないが、ハグされそうな距離感で軽く脈が速くなった。ハウラの粉雪をふりかけたような白い睫毛や、淡い色合いの唇をつい注視してしまい、少しだけ耳が熱くなる。

 勘違いするな、と自分に強く言い聞かせる。いくら好きな女の子に振り向いてもらえないからと、別の女の子にドキドキするのは違うだろう。そもそもハウラのような子が俺に恋愛的な好意を寄せるわけがない。身体が俺との触れ合いを求めているのは、単に人の体温に飢えているだけだ。

 しかし、ただの狩人がエラムラの巫女に触れても良いのだろうか。不敬罪で出禁にされたりしないか?

 心配しながらレブナを見ると、目にもとまらぬハンドサインで「さっさとやれ」と言われてしまった。

 俺は深呼吸で耳の熱を冷ました後、虚空を見つめながら控えめに手を差し出した。

「ど、どうぞ」

 できるだけ下心が出ないように、頑なにハウラから目を逸らす。しばらくして、俺とは別の体温が指先に触れて、間合いを探るように握ってきた。

 意外と握力が強い。まるで赤子の掌に人差し指を突っ込んだ時のようだ。込められる力の分だけハウラの緊張が俺にまで伝播してくる。

 ちら、とハウラの表情を伺うと、彼女は顔を真っ赤にしながら震えていた。

「わ、分かっててもヒヤヒヤしますね……」
「……けど、平気でしょう?」
「はい。とっても、温かいですね」

 今までハウラに触れられるのは、彼女の母親であるミカルラと姉のニヴィだけだった。そしてその両方ともハウラの側からいなくなってしまった。

 さして長い付き合いでもない俺に甘えたくなるほど、耐え難い孤独だったのだろう。まだ成人もしていない、世間知らずの女の子なのに。

 いつの間にか、ハウラは目を閉じてじっとしていた。指先だけの体温だけで満足しようとしているのか、その健気な姿に俺からも何かしたいという気持ちが芽生えてくる。

 それから、完全な善意からこう提案してみた。

「巫女さん。せっかくロッシュさんから許可が下りてるんですし、少し里の中を歩きますか。手を繋いだままで」
「ふ、ふぇ!?」
「リョーホ、流石にそれはちょっと」

 エトロを筆頭に女性陣から引き気味な視線を向けられ、俺はようやく自分の発言の軽さを自覚した。動機がなんであれ、傍から見たらただのセクハラ男である。

 俺は大量の冷や汗を掻きながら、できるだけ刺激しないように引き攣った笑顔で付け加えた。
 
「や、やっぱ、恥ずかしいですか? 嫌なら別に」
「いいいいいえ! 手で行かせていただきますね!」

 ハウラは顔を真っ赤にしながら手をぎゅっと握ると、子犬のようにぷるぷる震えながら俺を見上げた。

「あの、でも少しでも体に違和感があれば、手を離してくださいね……」
「大丈夫ですよ」

 では行きましょうか、と少しだけ手を引きながら歩き出す。ハウラの歩みがぎこちないため転ばないか心配だったが、五十メートルほど進んだところでようやく歩調が滑らかになった。ハウラの中で申し訳なさよりもワクワク感が勝っていくのが手に取るように分かってしまい、俺はバレないようにこっそり頬を緩めた。

 それにしても、アンリ達の方がやけに静かだ。気になって振り返ると、かなり離れた場所からぞろぞろとついてくるアンリ達が見えた。

「なんでそんな遠いの?」
「いーや? 別に?」

 気持ち悪い笑みを浮かべるアンリの横で、隠れるのをやめた監視役のレブナがひらひらと俺を追い返した。

「ほらほら、こっちのことは気にしない! ちゃんと巫女様の護衛はするから! シャルちゃんの面倒はあたしが見とくねー」

 レブナに続くようにシャルがサムズアップするのを見て、俺は呆れながらもハウラへ向き直った。

「じゃあ、最初はどこに行きます? お店とかは入れますか?」
「お店は入れませんけれど、外であれば、どこへでも」
「分かりました。シャル、この前教えてくれた美味しいお店ってどこだっけ?」

 シャルはぴんと猫のように目を光らせると、しゅたっと俺たちの前に出て案内を始めた。その隣に慌ててレブナが駆け寄って、ぎゅっと手を繋ぎながら通訳を始める。

「こっちの角を右に曲がるって!」
「ありがとう。では巫女さん、ちょうどお昼時ですし、途中で何か買いましょうか」
「はい!」

 ハウラの元気な返事につい笑ってしまいながら、俺たちはゆったりとエラムラの街を歩いていった。




 その様子を後ろで見守っていたエトロは、眉をしかめながら頬をむくれさせた。

「むぅ、結局部外者が入ってしまうではないか。これではデートにならないぞ」
「道案内ぐらいは許容範囲でしょ」

 気難しい友人を宥めながら、アンリは周囲に気を配った。英雄の卵とエラムラの巫女が一緒に歩いているのは、暗殺者から見れば絶好の機会である。英雄の卵が死ねば、エラムラの戦力が大きく削られることは必至。巫女が死ねば今度はドラゴンの襲撃に里が耐えられなくなるので、エラムラ征服を目論むスキュリアの里にとっては大きなメリットになる。

 ただ、白昼堂々二人の命を狙うような輩は滅多にいないはず。しかも今日はレオハニーがエラムラの里に来ているのだから、ますます暗殺事件など起きようはずもない。

 今注意すべきは暗殺よりも、エラムラの人々の反応だろう。最近はハウラに対する偏見が失せているため、人々は化け物に恐れるより先に、ゴシップネタに注目するはずだ。リョーホとハウラが恋人のように手を繋ぎながら里を歩いているという、その視覚的なインパクトによって、たちまちこんな噂が出て来るはずだ。

 英雄と巫女は恋仲なのではないか、と。

「里長ってやだねぇ。手回しが早いのなんの」
「今に始まったことではないだろう。いつまたスキュリアに襲撃されるか皆不安なのだ。牽制のついでに明るい話題になるのなら、利用しない手はない」
「でも……エトロは良いのかい? リョーホを親友に取られちゃって」

 ぴたり、とエトロの足が止まり、まもなく早送りのような歩みであっという間にアンリを追い越していく。

「私は別にあいつのことが好きなわけじゃない。師匠に頼まれたから面倒を見ているだけだ。確かにあいつは頼りがいのある男になったぞ? 昨日の手合わせでも私にようやく黒星をつけたのだからな。だが私はリョーホをそんな風に見ていない。断じて!」
「あーはいはい」
「真面目に聞け! 色恋なんてものは私のような可愛げのない女より、ハウラのようなふわふわして愛らしい子の特権だ。それに……」

 エトロは急にトーンを下げ、錘を背負ったように緩やかに歩みを止めた。
 
「死んでもおかしくない計略に嵌めてきたような女を、あのビビリが好きになるものか」

 やはり、エラムラ防衛戦のことをまだ引きずっていたらしい。ヤツカバネ討伐を終えた後はぎこちなさも消えて、むしろ二人の距離が縮まったような気がしていたが、それは表面上の事だけだったのかもしれない。

 エラムラ防衛戦の時、エトロはベアルドルフを殺すために意図的にスキュリアの襲撃を誘発した。その結果大勢の人が死んでしまったのだから、それは決して許されることではない。

 だがエトロの行動の背景にはレオハニーがいる。あの人がエトロの復讐心に背中を押したのなら、何か目的があったはずだ。だったら、エトロだけに責任を負わせるのも間違っているとアンリは思う。

 となると、いつまでうじうじ過去の事を引きずっているんだと、身内としては言いたくなるもので。

「言うまでもないけど、殺されかけたら普通はそこで絶交するよね」
「……なら」
「でもリョーホは違うよ。自分でも理解してるんじゃない?」

 あとは察しろ、と言外に念押しして黒く微笑む。エトロは額に冷や汗を掻きながら、だんだんと耳を赤くして目を泳がせた。こういう表情豊かなところはリョーホから移ったのか、それともエトロからリョーホに移ったんだろうか。

 やがてエトロは自分なりの着地点を見つけたようで、ぷいっと顔を背けてしまった。

「私は全然、あいつのことが好きじゃないからな」

 まるで捨て台詞のようなことを言って、エトロは遠くにいるリョーホ達を追いかけた。

「はーこの立ち位置めんどくさー」

 アンリは誰にも聞こえない声量でため息を吐くと、賑わう通りを突っ切ってエトロのくらげ頭に続いた。
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