家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

エラムラの少年たち 1

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 翡翠と白乳色の岩石が入り混じる洞窟は、いつ訪れても幻想的だった。壁に埋まった水晶が洞窟のあちこちで光を放ち、鉱石の幾何学模様がほんのりと照らし出されている。凶悪なドラゴンさえ跋扈していなければ、この巨大洞窟は立派な観光地になっていただろう。

 ガルラ環洞窟は、テラペド山脈の腹の中に渦巻く巨大な迷路である。洞窟内に生息するドラゴンによって、迷路は常に変化し続け、経験の浅い狩人が入ってしまえば二度と出てこられないと言わしめるほどの危険区域だ。

 そんなところに一人で乗り込んで、丸一日帰ってこなかったバカがいる。そしてそのバカを迎えに行った先で、ドミラスは予想外の窮地に立たされていた。

「遭難したついでにマリヴァロンの卵を盗むな! 脳筋バカ野郎!」
「ふん! 見つけてしまったなら取るしかないだろう! 竜王の卵は格別だぞ! オムレツでもゆで卵でもいけるのだ!」
「威張るな!」

 例のバカもといベアルドルフと並走しながら、ドミラスは必死の形相で後方を振り返った。そこには洞窟の天井や壁を割り砕きながら猛進する、竜王マリヴァロンの巨体があった。普段は穏やかな青色で染まった鱗は、マリヴァロンの憤怒に呼応してどす黒く染まっている。人間の身長を遥かに超える巨大な眼球は血走っており、殺意に満ちた眼光がベアルドルフをがっちり捉えていた。

 本来ならさっさとベアルドルフを見つけて帰るだけの簡単な仕事だった。しかしドミラスがベアルドルフを見つけた時点で、卵をかけたマリヴァロンとベアルドルフの死闘が始まっていたので完全に手遅れだった。

 マリヴァロンの卵は親の見た目と比べると驚くほど小さい。水面のような青いまだら模様がなければ、拳サイズの石と間違えてしまうほどだ。その持ち運びしやすい見た目のせいで、ベアルドルフのようなバカに盗まれてしまったのだが。

 地獄のチキンレースから抜け出す方法は簡単だ。後ろのマリヴァロンに卵を返してやればいい。だが追いかけられている状況では丁重に地面に降ろせるわけもなく、卵が割れてしまえば文字通り地獄の果てまで追いかけられる羽目になる。

 だから竜王の卵に手を出すなとあれほどギルドから言われていたのに。

「つか、なんでこんなところにマリヴァロンがいるんだ! 海はもっと南だろう!? 」
「知るか! そういうのは貴様の十八番だろうが! うおっ!」
 
 ベアルドルフの声が床の崩落にかき消され、小豆色の頭髪が下に吸い込まれる。同時にドミラスの足も空中を泳ぎ、走っていた勢いをそのままに落下した。

 マリヴァロンが地下空洞の上を通り過ぎたせいで、周辺の地面が砕け散ったらしい。マリヴァロンも身体の半分が穴に落ちかけており、壁に手をついて体勢を立て直そうとさらに暴れ出した。

 上から追加で降り注いでくる瓦礫を避けながら、ドミラスは着地地点を探そうと真下を見た。

 下へ吸い込まれる無数の瓦礫の向こうから、不穏な青い光が急速に近づいてくる。同時に焼けつくような匂いが熱気を帯びながら高所まで噴き上がってきた。

 毒ガスだ。ガルラ環洞窟の内部には多種多様な鉱物があり、それを捕食するドラゴンによって大量の毒が発生する場所が点在する。ドミラス達が落下してしまった地下空間には、ガルラの炎毒という、洞窟内でも特に凶悪な毒ガスの湖が広がっていたようだ。

 湖に落下すれば、たとえ上位ドラゴンでも一瞬で骨まで溶けてしまう。運良く岩場に着地できたとしても、低地に滞留したガスで脳が鬱血し死亡する。

「――っ!」
 
 ドミラスが悪あがきで口を塞ぐのとほぼ同時に、視界の端で紫色の菌糸が閃光を放った。

 瞬間、瓦礫を含むドミラス達の落下速度がコンマ数秒ほど緩やかになり、遅れて周囲の景色が魚眼レンズを通したように一気に遠のいた。

 空間が際限なく広がるこの光景は、ベアルドルフの『圧壊』によるものだ。この空間にある物体は落下の距離が無限に引き伸ばされ、能力が解除されるまであらゆる現象が停滞する。つまり、湖に落ちる心配がなくなったのだ。

 ドミラスは半ばパニックになっていた意識を落ち着けると、指先から糸を伸ばし、ベアルドルフを絡めとりながら天井に自らの装備を縫い付けた。完全にドミラス達が天井からぶら下がると、延々と落下を続けていた空間が収束し始め、物理法則が元通りになる。

 直後、永遠に落ちる『圧壊』の空間から解放された瓦礫たちが、次々に真下の青い湖へ墜下していった。固い岩石で構成された瓦礫は、まるで水でわたあめが溶けるかのようにあっという間に消えていく。その際に生じた真っ青な煙がドミラス達を覆い隠し、運よく上から穴を覗き込んでいたマリヴァロンから隠してくれた。

 マリヴァロンは青い煙に目を燻されながらも、しつこくドミラス達を探し続けていた。だが毒ガスの匂いで鼻をやられ、目まで充血してしまい、とうとう我慢できなくなったらしい。

『グルルルアアアアアアアアアアッッ!』

 天井に罅が入るほどの口惜し気な咆哮が洞窟全域を震わせた後、凄まじい地響きがだんだんとドミラス達から遠のいていった。

 完全にマリヴァロンが離れるや、ミノムシのように吊るされたベアルドルフが、卵を抱えたまま恨みがましく怒鳴りだした。
 
「百も卵を産むなら一個ぐらい貰ったっていいだろうが! このクソドラゴン!」
「クソなのはお前だ! 危うく死ぬところだったんだぞ!」

 マリヴァロンが卵を産めるのは、数十年に一度の皆既日食の時のみ。そして卵が孵るのはさらに十年後だ。ベアルドルフが抱えている卵はおそらく数日後に孵るもので、母親としては何が何でも取り返さなければならない宝物である。そしてマリヴァロンは竜王の中でも子供に対する愛情が深く、昔とある里が報復で叩き潰されたという実話もあるほどだ。

 要するにベアルドルフはエラムラの里を危険に晒してでも卵を盗み出した大馬鹿者である。

 しかし盗んでしまったものは仕方がない。幸いガルラの炎毒のお陰で卵ごとドミラス達の匂いは上書きされたので、里がマリヴァロンに襲撃される危険もなくなったはずだ。

 あとはどうやってこの毒に満ちた地下空間から抜け出すか。

 糸のお陰でどうにか湖に落ちずに済んでいるが、重量限界を超えているので長くは持たない。付近に足場になるようなものはなく、マリヴァロンとチキンレースを繰り広げていた通路はおよそ二百メートルほど上だ。

「おい、上の天井を圧縮して道を作れ。後は糸で引き上げる」
「だが貴様、オレを支えるので精一杯だろう。もう糸を出せないはずだ」
「……よく見てやがる」

 ドミラスの『傀儡』には糸を出せる限界があった。一本だけであれば一キロ先まで、十本出せば百メートルという風に、長さと本数は反比例している。そして今は短い糸で自身を天井に縫い付け、残りの糸でベアルドルフを簀巻きにしてぶら下げている状態だ。一本一本の糸の強度は弱く、ベアルドルフがやたら重いせいで、ドミラスが扱える残りの糸の長さは精々八十メートルほど。真上の天井に穴を開けたところで、人間一人を引き上げるほどの力は発揮できないだろう。

「だがこのままだといずれ毒ガスで死ぬ。一か八か、どこかに穴を開けるしかない」

 天井の崩落に巻き込まれて湖に落ちるリスクもあるが、何もしなければ毒でやられて死ぬ。賭けに出た方がよほど利口だ。

「……いや、その必要はなさそうだぞ」

 ベアルドルフが意味深に笑うと、どこからか鈴の音色が響いてきた。音に共鳴し、ベアルドルフとドミラスの懐に縫い付けられた木製の鈴が震え出す。

 直後、ドミラス達の数メートル先の壁が勢いよく粉砕され、中から快活な女性の声が飛び出してきた。
 
「見つけた!」

 壁をぶち抜いて洞窟の迷路をショートカットしてきたのは、鮮やかな赤い瞳を持つ少女だった。美しい金髪は散々迷路を走り回ったせいで埃塗れだったが、その美貌は翳ることなく、むしろ青い炎に照らされておとぎ話の妖精じみた神聖さを醸し出していた。

「ドミくん! こっちに飛んで! ブランコみたいに!」

 少女――アンジュが手招きするのを見て、ドミラスは一気にすべての糸を消滅させ、代わりに太く絡めた糸で天井からぶら下がった。その間にベアルドルフはドミラスの足を掴み、振り子の要領で勢いをつける。足の関節が外れそうなほど重かったが、ドミラスは集中し、タイミングよく糸を切り離した。

 空中に飛び出し、一気にアンジュとの距離を詰める。ダメ押しに糸を伸ばすと、アンジュがすかさず糸を引っ掴み、一本釣りのごとく男二人を投げ飛ばした。

「せいやぁ!」

 アンジュの勇ましい掛け声とともに、ドミラス達は放物線を描いて穴に放り込まれた後、激しく地面を転がった。

「……痛ってぇ」

 あちこちぶつけて身体が痛むが、それよりも灼熱の奈落から解放された安堵で、ドミラスはべったりと大の字になった。視界の端ではベアルドルフも同じように地面に抱擁を交わしている。そして壁際には『響音』を使ってドミラス達を見つけ出してくれたロッシュが、ぜえぜえと息をしながら体育座りで丸まっていた。普段滅多に狩りに出かけない貧弱な次期里長にとって、ガルラ環洞窟はいつまで経っても心臓に悪いらしい。

 普段の顔ぶれを眺め、ようやく自分が助かったのだと自覚した後、ドミラスはため息を吐きながら首から力を抜いた。すると、アンジュの顔が横からひょっこりと視界の端から飛び出し、底抜けに明るい笑顔を見せた。
 
「ハロー! ドミくん。また生き残っちゃったね!」
「死んでたまるかよ」

 相変わらず聞きなれない挨拶をするアンジュに苦笑し、ゆっくりと身体を起こす。すると、白い肌に似合わないマメだらけの掌が、ドミラスの目の前に差し出された。

「無事に救助も終わったことだし、帰ろっか、エラムラに!」
「……おう」

 躊躇いがちにアンジュの手を取り、痛みを堪えながら立ち上がる。目線の高さが並ぶと、ミカルラやハウラに似た赤い瞳が、少しだけ照れくさそうに細められた。

 
 ・・・―――・・・


 アンジュと出会ったのは、ドミラスがまだ齢十二、ベアルドルフが十一のころだった。

 当時、エラムラの里で意気投合したばかりのドミラスとベアルドルフは、大人の守護狩人たちの目を盗んでガルラ環洞窟を探検していた。適当に歩き回っているうちに、いつの間にか洞窟の最奥にある鏡湖遺跡へとたどり着き、湖のほとりで気絶しているアンジュを見つけたのが始まりだった。

 アンジュは鏡湖の水を大量に飲んでしまったのか、目覚めた時にはほとんどの記憶を失っていた。唯一覚えているのは名前だけであり、出身地や、どうしてここに倒れていて、どこから来たのかすら不明だった。

 結局身元不明の謎の美少女はエラムラの里に棲みついて、ドミラス達と共に狩人となり、たった三年で守護狩人にまで成長した。そして今では、ベアルドルフと共にロッシュの護衛という大任まで仰せつかっている。

 アンジュの実力はエラムラの内外でも轟いていたが、アンジュの知り合いを名乗る者や、彼女の顔を知る者は一人も現れなかった。

 アンジュの記憶の手がかりを探すべく、ドミラスは何度も一人で世界を巡った。ロッシュやベアルドルフと違い、ドミラスがただの雇われ傭兵だったからこそ、そういったことに時間を割く余裕が誰よりもあった。

 しかし、その旅の最中で手に入れた情報は、アンジュを喜ばせるどころか、誰にとっても幸せになれない真実しかなかった。

 鏡湖遺跡の下に眠る機械仕掛けの門。そしてアンジュの瞳の色と、老いることのない外見。極めつけは、浦敷博士が語った未来の話だ。

 アンジュは機械仕掛けの世界から生み出された人造人間NoDである。そして彼女の使命はこの世界に終末をもたらすことだった。

 浦敷博士は断定しなかったが、言葉の端々からNoDへの殺意を滲ませていた。

『機械仕掛けの世界から故郷を守りたいなら、NoDを皆殺しにしろ』

 概ねそのようなことを説明され、ドミラスは愕然とした。

 今のドミラスならアンジュの記憶を呼び起こせるだろう。だが思い出したが最後、アンジュは使命のために生きなければならず、ドミラスもその使命を阻止するべく、彼女を殺さなければならなくなる。

 そんなものは誰も望んでいなかった。少なくとも殺す理由を見つけるために、遺跡を調査してきたわけではない。

 だがドミラスが望もうと望むまいと、月日は巡り続け、確実にタイムリミットが近づいてきていた。
 

 
 ガルラ環洞窟を脱出して、日が暮れた高冠樹海を進む。もう少しでエラムラの里に着くと思うと、自然と皆の足取りは軽やかなものになっていった。

 たった一人を除いて。
 
「へぇ……はぁ……ひぃ……」
「遅いぞ里長候補!」
「はぁ……里長なんて……ひぃ……死んでもなりたくな……げほっ」

 ベアルドルフに叱咤されても、ロッシュの歩みは亀のごとく鈍間である。護衛二号であるアンジュもまた、主人のロートルじみた姿を目の当たりにして失笑していた。

「一番働いてない奴が一番疲れてるんだけど」
「うるさ……」
 
 言葉尻が消えたかと思えば、ロッシュはがくりとその場で気絶した。ドミラスは唖然とした後、顔から墜落してピクリとも動かないロッシュをつま先で突いてみた。

「マジで気絶してるぞ。弱すぎる」
「弱いからオレたちが護衛してんだろうが」
「護衛対象を死地に送るのはどうなの?」
「弱っちいのが悪い」
「だな」
 
 ベアルドルフはやれやれと言わんばかりに道を引き返し、少々雑にロッシュを担ぎ上げた。この場でロッシュの心配をしているのはアンジュだけである。
 
「そんな持ち方じゃ、過保護な里長に怒られるよ?」
「オレがこいつを連れだしても、アドランはなんの処遇もせんのだ。全く過保護ではないぞ」

 ロッシュの父親であるアドランは、エラムラの現里長であり、ミカルラと共に里を守る守護狩人である。同時にダアト教の幹部でもあり、予言書解読の第一人者として国王からも一目置かれるなど、肩書がやたらと多い人間だ。

 エラムラの里長は世襲制ではないため、必ずしもロッシュが里長にならねばならないわけではない。が、アドランの優れた治世の元で生まれた里の民は、自然とロッシュが里長になると思い込んでいた。だからアドランも、息子が里長になりたくないと駄々を捏ねても、獅子のごとく我が子を谷へ突き落とすのだ。

 もちろん、里の人々がロッシュを里長に推すのは、なにも彼がアドランの息子だからというだけではない。ロッシュに自覚はないが、彼が考え出した政策が功を奏したおかげで、エラムラは観光地としてヨルドの里並みに栄えだしたのだ。里長には狩人としての強さも当然求められるが、治世においてはロッシュの右に出るものはいない。このような状況で異論などあるはずもなかった。

 ちなみに、この三人の中で最もロッシュを里長に推しているのはベアルドルフだ。片やミカルラの義理の息子、片や里長の息子となれば、幼いころからの深い付き合いになるのも道理で、人一倍思い入れも強くなるものだ。今日のようにむしろロッシュの足を引っ張りかねない行動を取るのも、もしかしたらベアルドルフなりに考えがあっての事なのかもしれない。

 遠い目をしながらドミラスがそんなことを考えていると、ベアルドルフが徐にマリヴァロンの卵を懐から取り出した。
 
「……どうやって食うか」

 ……やはりこいつは何も考えていないのかもしれない。

 ますます遠い目になるドミラスの横では、アンジュがマリヴァロンの卵を見つめながら子供のように目を輝かせていた。
 
「この卵を見せたら里長も驚くよね? アドラン様が腰抜かすところ見てみたい! 絶対怒られるけど!」
「責任を問われたらこいつを茹でて食うだけだ」
「それはそれで怒られそうね」
 
 会話をしている間に、エラムラに続くトンネルが見えてきた。獣道から舗装された道に入ると一気に人の往来が増え、樹海のでこぼこした道とは別の理由で歩きにくくなる。

 一行が堂々と門の前まで差し掛かると、門番の狩人がベアルドルフの手に握られた卵を見てぎょっとした。それからもう一人の門番に口早に何かを告げると、急いでギルドに報告すべく走り去ってしまった。

「……これは絶対怒られるな」
「ふん。その時はその時だ」

 謎の自信を見せつけるベアルドルフと共に、エラムラの里に帰還する。ミカルラの結界の中に入った途端、どっと疲労感が押し寄せてきた。だが休む暇などあるわけがなく、さっそくギルドの受付嬢が走ってきて、アドランの元へ顔を出すように頭を下げてきた。
 
 マリヴァロンの卵を見て震えあがる受付嬢をからかいながら、ギルドに入り階段を上る。アンジュがギルド長室のドアをノックすると、柔和そうな男性の声で許可が下りた。

『入れ』
「失礼します!」

 唯一礼儀作法ができているアンジュを先頭にドミラス達も入室する。アドランはまずベアルドルフとロッシュの姿を見て一瞬目じりを和らげると、即座に鬼のような形相でソファから立ち上がった。

「貴様ら……また里を抜け出したようだな」

 怒りのあまり声が震えているが、見慣れた光景のせいで全く恐ろしくない。そんな風に油断していると、アドランが一瞬で二メートルもの距離を詰め、ドミラスの口に解毒薬の瓶を押し付けてきた。
 
「ぐ……おえぇ……」
「ドミくん!?」

 いきなり口の中に流れ込んできた芳醇な薬草の香りと、何とも言えない辛みに味覚を破壊され、ドミラスはその場に崩れ落ちた。ベアルドルフはそれを見てすぐに逃げ出そうとしたが、ロッシュを抱えているせいで狭い部屋を思うように動けず、間もなくドミラスと同様に地面に這いつくばる羽目になった。
 
「ガルラの炎毒を舐めるなよ小童ども」
「な……なんで分かるんだ……」
「匂いだ。あの青い炎の毒ガスは嫌というほど嗅いできたからな。その様子では薬も飲まずに帰ってきたようだな? なんの症状もないからと放置して、翌日に息絶えた狩人は何人もいるのだぞ!」
「そんなんで死ぬかよ」
「甘い!」

 空の瓶で少々強めに頭をひっぱたかれ、ドミラスは三人掛けのソファに突っ伏した。

「貴様もだベアルドルフ! 討滅者候補だなんだと囃し立てられて調子に乗るなよ。貴様の油断は我が息子の死と同義と思え。ミカルラ様の顔に泥を塗るつもりか! そしてその卵も! 己を過信するがために、エラムラの里まで破滅に巻き込むとは考えんのか!?」
「マリヴァロンが卵を取り返しに来るようなら、オレがぶっ殺してやる」
「そういう話ではないわ馬鹿者が!」

 薬瓶がぎりぎり壊れない程度の勢いで頭を殴られ、ベアルドルフもあえなく撃沈する。アドランはその背中からしれっとロッシュを回収した後、ぎろりとマリヴァロンの卵を睨みつけた。
 
「ともかく、その卵は元の場所に戻して……」

 ぱきっ。

 不穏な音がギルド長室に響き、全員の呼吸が止まる。彼らの視線の先には、内側から破られつつあるマリヴァロンの卵がある。

「ま、まさか……」

 アドランが息子を抱えながら後ずさった瞬間、ついに決定的に卵の殻が砕けた。そして暗い内側からは、真っ青な体毛を纏ったまん丸のトカゲが現れた。
 
『キュッ!』

 喉を絞るような甲高い鳴き声がして、重い沈黙で包まれる。

 その数秒後、はわわ、と謎の鳴き声を上げながら、アンジュが勢いよくマリヴァロンの赤ちゃんを地面から掬い上げた。
 
「か、かわいいー! きゃーうそー! もふもふー! おでぶちゃーん!」
『キュー! キュイー!』

 アンジュとマリヴァロンは高い声を上げながら抱擁を交わすと、その場でぐるぐる回りながら笑い出した。仮にも竜王の赤子だというのに、全く警戒心のないアンジュの様子にドミラス達は毒気を抜かれた。

「おい、これは想定してたのか」
「……こういうこともある」

 諦めの境地から発されたベアルドルフの台詞に、アドランの肩がわなわなと震えだす。そして固く握られた拳が振り上げられ、勢いよくベアルドルフの脳天に振り下ろされた。
 
「この、大馬鹿者がぁ!」

 人間から発されたと思えぬ大きな打撃音がギルド全体を駆け巡り、マリヴァロンの暢気な鳴き声が笑うように続いた。
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