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第一章 柴イヌ、冒険者になる

第十六話 一緒に帰りましょう

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 オレが森の中の道を駆け抜けると、突然に視界が開け、遠くの果てに魔物たちがうごめく姿が見えてきました。
 まるでみんなで踊っているように見えます。

 見えはしますが音も匂いも感じてこないので、まだ大分先のようです。でも多分あそこがリリアンさんのいる村です。

 あと少しですからね、リリアンさん。
 全力で駆けていきますッ!


「ジェインっ! 後退するなっ! いま後退すると奴らに挟撃きょうげきされる」

「うるせえリリアンっ! 俺様に指図さしずするんじゃねえッ! それに様をつけて呼べっ」

「私たち二人でウルクたちを抑え込むんだ! その間にBランカーでオークの数を減らすッ!」

「んなことはわかってんだよ! てかっ、このウルクども硬てえっ、しかもなんで重装備の奴もいるんだって話ッ!」

「そいつらは指揮官クラスだっ、私が引き付けるから鎧のないやつを片付けてくれッ!」

「簡単に言うんじゃねえっ! このくそ魔物どもっ、死ねやあッ!」


 速く、速く、速くっ! 速く駆けろッ!

 間に合え、間に合えっ!──あッ!

 これは村からの音と匂い?……ですっ!

 けどこれって──大量の血の匂いですね。ギャーギャー耳障りな音に人間の声が混じっています。
 なんだか気持ちが悪いです……頭がおかしくなりそうですっ!


「か、回復が間に合いませんッ! Bランク組はもう持ちませんッ!」

「範囲魔法をぶっ放せっ! 仲間に当たるとか気にしている場合じゃねえっ!」

「で、出来ないわっ! もう魔力が足りないのッ! あっ! イヤーっ! 来ないでえッ!」

「戦士っ! 魔術師を護れっ!? あギャーッ! 腕があっ、俺の腕があああッ!」

「回復師っ! おいっ、回復師はどこだっ! 返事をしろーッ!」

「おいっ、リリアンッ! ウルクの奴を三匹減らしたがここらで限界だっ、特にあの重装備のデカいのがヤベえッ!」

「同感だジェインっ、私が魔剣術まけんじゅつを連打して血路けつろを開くっ、その間にBランク組を連れてそこから撤退してくれッ!」

「馬鹿ッ! お前が死ぬだろっ!」

「私は死なんっ、コテツ殿に必ず帰ると約束したからなッ!」

「知るかよっ! 誰だよそいつはッ!」

「お前が負けた御仁ごじんだよ、てか、いいから行けッ! 散らばったBランカーたちを頼んだぞッ!」


 聴こえる……リリアンさんの声が聴こえますっ! よかった、間に合いましたッ!

 しかしひどく匂いが混乱してますね……敵意、恐怖、憎しみ、絶望、楽しんでいるのもあります。

 吐き気がする……

 これってまともじゃない、狂っています! リリアンさんがいまこんなのに巻き込まれているとしたら……駄目ですっ、危険すぎますッ!

 逃げてくださいリリアンさんッ!

 オレは村の入口が見えてきたところで、力の限り大きく遠吠えをしました。

「ワオォォォーーーーぉぉぉんッ!」

「な、何だよこの遠吠えは、新手あらての魔物かっ!? おい、リリアン、聴こえたかっ?」

「えっ?……こ、コテツ……殿?」

「またそいつかよっ! てか見ろっ! オークどもが血相を変えて遠吠えのする方へ走りだしたぞっ!? 撤退するなら今がチャンスだッ!」

「わ、わかった、私がこのままウルクを抑えて血路を確保しとくっ! その間に逃げろ、時間はあまり無いぞッ!」

「馬鹿っ! お前も行くんだよッ!」

「馬鹿はお前だっ! 撤退には殿しんがりが必要なんだ、いいから行けジェインっ、時間を無駄にするなッ!」

「糞がぁっ! 死ぬなよリリアンッ!」


 魔物たちがオレの遠吠えに反応したのがわかりました。おもいっきり敵意を含んで吠えましたからね。
 大事なおともだちのリリアンさんを殺そうとしている奴らです。こっちも容赦はしません──

 自分の鼻にしわが寄り、歯をき出しているのがわかります……怒りが抑えられないです。

 おっと、魔物たちが来ましたね。

 沢山来ました。一匹でも多く減らせばリリアンさんの役に立つでしょう。
 なのでオレは一番先頭でオレに向かってくる魔物の首筋に跳び乗ります。

 もちろん、お前のその喉笛のどぶえを──噛み千切ちぎるためですッ!

「ギャギャーーッ!」

 イヤな声ですね。

 リリアンさんの姿はないです。匂いも相変わらず混ざりすぎててわかりません。

 くそっ。

 とりあえずこのノロマどもは皆殺しです。片っ端からお前らの喉笛は嚙み千切りますんでッ!

「ギャーッ! ギギヤーッ! ギャギャッ!」

「お、おい、誰なんだあの人は……パーティーメンバー? じゃ、ないよな……」

「あ、ああ……オークがバタバタと死んでゆく……それも一瞬で……」

「あの人の、剥き出しで血塗ちまみれの歯……人間なの?」

 お前で最後ですッ! ああっ、クサいっ! クサい魔物の血の匂いが不愉快ですッ!

「ギギャーャーッ!」

 ほんとイヤな声です。
 あそこにいる人たちはリリアンさんの仲間でしょうか?

「こんばんはみなさん、リリアンさんを知りませんか? 血の匂いが濃すぎてリリアンさんの匂いが見つからないのです……」

「…………」

「みなさん?」

「あ、いえ、リリアンさんは、ごめんなさい、わからないです……」

「そうですか……」

 この先にもイヤな匂いがありますね、そこでしょうか? とにかく急ぎましょう!

「あっ、どこへ? あなたは誰で……って、行ってしまった……」

「おいっ、てめえら何をボサッとしているんだっ! こっちにもウルクが来るぞっ、俺様が止めておくから早く撤退しろッ!」

「あっ! ジェインさんっ」

「ん、って? 何だそのオークの死骸の山は!? これお前らが?」

「い、いえ、違います……誰だかわからないのですが、全部嚙み殺して……」

「はあ? 嚙み殺す? なんだそれ、犬かよっ」

 リリアンさん、どこですかっ? 早くリリアンさんを見つけないとッ! なんだかとてもイヤな予感がします。

 そうだっ! 匂いが混ざってわからないのなら、音で捜せばいいんです!
 イヌの耳の良さを舐めてはいけません! なのでオレは集中して────  

 ギャギャ……はぁはぁ……ギャーッ……ギャ……くっ!……ギギッ……おのれ……ギャーッギャギャ……うそっ!……ギギャギャ……糞がッ!……ギャーッ……痛ッ!……ギギャギャ……させるかッ!……ギャーッギギッ……はぁはぁ……ギギッ……なっ!……ギャッギギャーッ……しまっ!……ギャッ……剣が折れ……ギャッギャッ……ちぃっ!……ギャッ……だっ、だめか……ギギギャッ……うぐっ……ギャギ……コテツ殿……ギャーッギャーッ……ごめんなさい……ギギ……帰れない……ギギャーギッ……いやっ!……やだっ!……ギッギャッ……そんなのいやだ!……ギギャギャ……まだ……ギャーッギギッ……死にたくないっ!……キギャギャッ……コテツ殿……ギギ……わたし……キギャ……ここにいますっ……ギャーッ……届いてッ!

「わおぉぉぉぉーーーぉんっ!」

「ワオォォォォーーーォンッ!」

「えっ! 届いた!?」

「いい遠吠えでしたよリリアンさんっ!」

「こ、コテツ殿ッ!」

「しっかりオレに届きましたよっーーッ!」

 リリアンさんが沢山の魔物たちに囲まれて、血まみれの泥だらけで立っていました。
 手にした棒も折れて、服もボロボロで、腕からは血がダラダラと流れています……

「おまえらかああああーーーッ!」

「ギギャッ!?」

 特にこのデカい奴ッ! いまリリアンさんにひどいことしてましたっ、許さないですっ! 噛み殺しますッ!!

 そう思ったのですが、他の魔物たちがオレに向かって襲いかかってきました。
 ウザいです。なので全員の喉笛を噛み千切ってやりました。

「う、うそっ! ウルク四匹が瞬殺!?」

 あとここにいるのはこのデカい魔物だけですね。
 皺の寄った鼻が震え、剥き出しの歯についた血の匂いがクサい。

 ああ、不快です! なのでさっさと終わらせましょう!
 オレは奴の肩に跳び乗り、後ろからその喉笛を嚙み千切りまっ!?

 って、硬てえッ! 

「ギャギャ? ギギャッ! ギャーッ!」

 なんでしょう、コイツの着ている服は? 硬くて噛み千切れませんっ!

 オレは肩から跳び降りて、とりあえず一旦リリアンさんの元へと行きました。

「リリアンさん、大丈夫ですか? おそくなってすみませんでした!」

「こ、コテツ殿? 本当にコテツ殿なんですか?……」

「はい、コテツです! ちよっと怖い顔してるかもですがコテツですッ!」

「うっ、うううっ、遅いですうーっ、もっと早く来てくれなくちゃイヤですーっ! わーーん」

「な、泣かないでください、えっ? てか、リリアンさんが来ちゃ駄目だって……」

「知らないですーっ、そんなの知らないですーッ! わーーん」

「と、とりあえずこの魔物を倒してしまいましょう。まだ危険な匂いがしています!」

「そ、そうですね……くすん、そいつはウルクの指揮官です、かなり強いです……くすん」

「指揮官というのはボスですか? ならこいつを倒せば群れは逃げていきますねっ! あ、でもこいつの服、めちゃくちゃ硬いんです」

「ええ、奴の鎧は鋼です。普通にやっては剣でも刃は通りません」

「なるほど、噛むときの集中がまだ足りないですか……」

「ギギャッ! ギャッ、ギャギャッ!」

「うるさいっ! なに言ってるのかさっぱりわかりません!」

「ギャギャ! ギャーッ!」

「コテツ殿、気をつけてっ、そいつ馬鹿力ですからっ!」

「はいっ! デカいのもヤル気のようなので、もう一度行ってきますッ!」

 オレは魔物の振り下ろした棒を避けると奴の肩に跳び乗り、その首筋に狙いを定めました。まったくもってノロマです。止まっているも同じですから訳ないです。
 しかしこの喉笛を隠している鎧というのが邪魔ですねえ……

「ギャギャッ!」

 うーん、よしっ! 鎧を噛み千切ってやりましょう! 「デキるオス」全開でいきますよッ!

 えーいっ、硬い硬い硬い硬いーっ!

「ギャッ? ギ、ギャギッ!……」 

 硬っ……おっ!? なんか歯が食い込んできましたよ! これ一気にいけるんじゃないですか?

 よしっいけるッ! 噛み千切ったれーッ!

「ギャアッ!?」

 噛み千切った鎧を吐き出すと、奴の喉笛が丸出しになりました。

 いい気味です!

 これでようやく喰い破ってやれますッ!

──死ねッ。

「ゴギャアッ!……ゴボッゴボ……」

 ふう、血の味が気持ち悪いです。

「……リリアンさん、終わりました!」

「は、はい、一瞬でしたねっ、やっぱりコテツ殿はすごいですッ!」

 一瞬? ずいぶんと時間が掛かった気がしましたが……まあ、どうでもいいです。

「おいリリアン無事かっ? 一斉に残っていたウルクとオークどもが逃げ出していったが……何があった?」

「あ、ジェイン、コテツ殿がウルクの指揮官を倒したんだ、それを察知して群れが瓦解がかいしたんだろう」

「マジか!?……え、てか、お前は謎の組織の柴犬じゃねえの!?」

「はい、コテツですっ!」

「うえ、ドッグランすげえ……」

「ねえ、コテツ殿、少しだけ、肩をかしてくれますか?……私、疲れちゃった」

 そう言うとリリアンさんは、ぐったりとオレにもたれかかってきました。
 心配になって顔をのぞき込んだら、なんだか無防備でとても安らかな顔がそこにあって……

「リリアンさん、もう大丈夫ですからね」

 オレがペロッとなめたリリアンさんの頬は、少しだけしょっぱかったです。

 さあ、一緒に帰りましょう。
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