柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

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第一章 柴イヌ、冒険者になる

第十五話 闇を駆けろ

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「コテツさん、もう朝ですわよ? 起きないのですか?」

「起きません」

「私が歯を磨いて差しあげますよ?」

「磨きません」

「ご飯たべましょうよ?」

「骨かじっているのでいいです」

「はぁ、すっかり不貞腐ふてくされていますわね」

「…………」

 モニカさんの言う通り、オレは不貞腐れています。なのでギルドの床で背中を向けて寝ているのです。
 べつにモニカさんに対してではありません。でも不貞腐れていたいのです!

「そのうちコテツさんにも出来るCランク依頼はきますわよ、だから機嫌なおしてね。まあ、個人的には不貞腐れているイケメンも大好物ですがっ!」

 そうなのです。オレはせっかくCランクというものになったのに、オレに出来るCランクの依頼がないのです。
 これではリリアンさんと同じランクにはなれません……

 Cランクになると弱い魔物さんを倒すのが仕事になるそうなんですが、そんなの可哀想でイヌのオレにはできません!

 イヌが戦うのは狩りをするか大事な人を守るか、それか自分の身を守るかだけです。
 見ず知らずの魔物さんとなんで戦って倒さなくちゃいけないのか、わけがわからないですよ!

 じゃあその弱い魔物さんを狩って食べようかと思ったのですが、モニカさんが言うには依頼にあるスライモ? スライム? とか、キラーブー? ビー? とかは食べられないそうです。

 でもたまに食べられる魔物さんの依頼もあるから、それまで待てと……

 あとは要人警護とかいうのがあるそうです。これは番犬をすればいいという、まさにイヌのための仕事! と思ったのですが、知らない人の番犬になれというのです。
 そんなこと出来るわけがありませんっ!

 だってイヌが番犬をするのは自分の縄張りだからですよ。このギルドの番犬になら喜んでなりますが、知らない人の縄張りの番犬などイヌの倫理に反しますっ!

 そんなわけでオレは何も出来ることがなくて不貞腐れているのです。
 
「リリアンたちはちょうど村に着いている頃合いですわね」

 オレは不貞腐れてモニカさんに背中を向けたままききました。

「……戦いってすぐに始まるのですか?」

「昨晩の村からの連絡では、オークはまだ現れる気配を見せていないようですわ。オークは夜行性ですから襲撃があるとすれば今晩以降でしょうか」

「そうですか……」

「もう少し経てば村からトンビが飛んできて、もっと詳しい報告をパーティーメンバーが届けてくれますわ」

「四つ目トンビ?」

「通信用の鳥ですね。とても速く飛ぶ鳥で、村とギルドの距離ならあっという間です」

 そのあとも不貞腐れたまま寝ていたら、しばらくして本当にすぐトンビさんがやって来たのです。
 パーティーメンバーで村人たちを避難させ、オーク迎撃の準備を始めるそうだとモニカさんは教えてくれました。

 せっかくなのでトンビさんともお話をしてみたオレは、ちょっとビックリなことを聞いてしまいます。

「ヤバいピア! 俺は空から見たピア! オークは家来ピア! あれはウルクの群れピア!」

「ウルクって強いんですよね?」

「そうだピア! それが沢山いるピア!」

 鳥はウソつきが多いので完全には信用できないのですが、やはり心配になりすぐさまモニカさんにトンビがそう話していたと伝えたのですが……

「ああ、可哀想に……心配しすぎて幻聴まで聴こえてしまったのですわね……」

 そう言ってオレを嬉そうに抱き締めるだけで相手にはしてくれませんでした。

 なんだかとても心配です。心配でもオレに出来ることはなにもありません。


 結局今日はずっとこうしてギルドの床で寝て待つだけでした。リリアンさんが帰ってくるのを待つことしかオレにはできないのです。
 もう、お日さまも沈みます……

 ふと窓の外を見たら、向かいの家の屋根をニャンキチが歩いていました。
 ちょうどいいです、気晴らしにニャンキチをからかってやりましょう!

「おい、ニャンキチ!」

「誰ニャ! あっ、お前は人間の姿をした悪いイヌニャッ! イヌのくせに屋根の上になぜいるニャっ」

「また野良ネコになりたくて逃げてきたのですか?」

「違うニャ、ただのお散歩ニャ、ババアが俺に遠くへ行けない魔法をかけたニャ……ババアが死ぬまでもう野良にはなれないニャ! 早く死ぬニャッ!」

「ニャンキチはウルクって動物を知ってますか?」

「ウルク? なんニャ? 美味しいニャか?」

 はぁ、ニャンキチなんかにきいたオレが馬鹿でした。どうも心配でその話ばかりしてしまいます。

「どうしたニャ? 今日は憎たらしい元気さがニャいニャ? いい気味ニャ!」

「ふっ……役立たずのイヌというのはミジメなものなのですよ、所詮ネコにはわからないでしょうけどね!」

「当たり前ニャ! 誰かの役に立つとか馬鹿が考えることニャ! イヌは馬鹿ニャ、飼い主の奴隷ニャ!」

「今回はご主人様ではありません。おともだちの役に立ちたかったのです……」

 オレはリリアンさんのために冒険者ランクを上げられないイライラ感と、危険な戦いに同行できないガッカリ感を話しました。
 ニャンキチごときにです! でも時には我慢強いイヌでも誰かに愚痴りたいこともあるのです……

「ウケるニャ~ッ、やっぱお前馬鹿ニャ! 冒険者って人間がなるものニャろ? ニャんで人間の真似して命令に従うニャ? イヌは飼い主の命令だけに従うものニャないニャか?」

「うっ! 確かに……」

「お前の人間のともだちがお前の飼い主ニャのか? だから待てと言ったニャか?」

「ち、違います……」

「じゃあ好きにするニャ。勝手に助けに行けばいいニャ、イヌはイヌらしく生きればいいニャ! 飼い主以外はくそニャ! ネコにとっては飼い主も糞ニャっ! ババア死ねニャッ!」

 これはショックです。ニャンキチごときに負けた感じがして悔しいです。
 でも……ニャンキチは間違ったことは言ってませんね……

「しかし勝手に行くのはいいとして、せっかく出会えても追い返されたら意味がありません……」

「なら隠れてついて行けばいいニャろ?」

 そ、そうでした、その手がありましたっ! くっ、またニャンキチに負けた……

「馬鹿に付き合うと疲れるニャ! 俺はもう行くニャ」

 そう捨てゼリフを残してニャンキチは行ってしまいました。空にはもういつの間にかお月様がのぼっています。

 オレはご主人様とはぐれ、もう逢えないかもしれないという心細さから、ご主人様に代わるなにかを求めていたのかもしれません。

 もしかしたらそれがリリアンさんやモニカさんだったのかも……

 でもニャンキチの言う通りです! オレが従うのはご主人様の命令だけです。
 おともだちを助けたいと思う気持ちを邪魔するジェインさんも、ギルドのルールもオレを従わせることはできませんっ!

 なんだか元気がでてきましたよっ! ご飯を食べてさっそくリリアンさんを助けに行きましょう! こっそり隠れて!

 オレは意気揚々としてギルドに戻ってきたのですが、なんだかずいぶんと騒がしくて、不穏な匂いがただよっていました。

 どうしたのかと思いモニカさんに聞こうとしたら、モニカさんはギルド支部長という偉いヒゲのおじさんと深刻な感じで話をしています。

「とにかくすぐに領主に掛け合って軍隊を動員させて下さい! このままじゃ村だけでなくパーティーメンバーも全滅してしまいますよッ!」

「モニカ、そうは言ってもあのケチな領主が動くわけあるまい」

「それを動かすのが支部長の仕事でしょッ!」

「うむう……」

「どなたかっ! どなたかBランカーの冒険者の方で、救出隊として急行して頂ける方はいませんかッ!? 一刻を争うのです! お願いしますッ!」

 こんなに慌てたモニカさんを見るのは初めてです。恐怖の匂いがすごいです……
 なんだかとてもイヤな予感がします。

「そんな事言われてもなあ……オーク五十匹の群れだという話が、実はウルクが主力の百匹の軍勢だと言うじゃないか……死にに行くようなものだぜ」

「だな、自力で逃げて来られることを祈るしかねえよ……」

「それに今から行っても間に合わないだろ、気の毒だが……」

「ですがッ!……」

「モニカさん、どうかしたのですか?」

「あっ! コテツさんッ! コテツさんどうしよう! 私、どうしよう……」

 モニカさんの目から涙がぽたぽたとこぼれています。可哀想に、よほど怖かったのでしょう……

「なにか悪いことですか?」

「はい……さっき四つ目トンビからの連絡が来て、リリアンたちがオークの、いえ、ウルクの軍勢に包囲されてしまったと伝えてきました……」

「リリアンさんたちだけじゃ倒せないのですか?」

「おそらく……いえ、絶対に、無理です」

「じゃあこのままだと、リリアンさんは帰って来れないんですね?」

「……はい」

「助けに行ってきます」

「コテツさんッ! で、でも間に合うかどうか……」

「間に合わせます」

「ば、場所は!? コテツさんは村への道を知りませんよね? 私が一緒に行って案内しますッ!」

「大丈夫です、道に残ったリリアンさんの匂いを追いますから」

「…………」

「では行きますね」

「コテツさんッ! どうかお願いしますっ」

 オレはモニカさんに返事をする時間も惜しくて、無言でギルドを飛び出しました。

 ニャンキチが正しかったのです。最初からイヌらしくリリアンさんについて行けばよかったのです。
 いまさら後悔してもはじまりませんが……

 街の高い壁を抜けると街道にはまだリリアンさんの匂いが残っていました。オレは「デキるオス」モード全開で、匂いを見失わないように低い姿勢で走ります。
 人間走りは出来ませんが、スピードはシナモン走りくらいは出ているでしょう。

 景色がいままで見たことのない速さで流れていきます。お月様は雲に隠れていて街道は真っ暗闇です。オレはひたすらにその闇を駆け抜けていきました。
 
 リリアンさん、待っていてくださいね。
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