零下3℃のコイ

ぱんなこった。

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その男の人って

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「いらっしゃいませ」

ダメだ、今はバイトに集中…あーでも、さっきの光景が気になって仕方ない…。

「春野くん、これ5番にお願いね」

「あ、はい!」

でも、もしかしたら何か事情があるかも。あれを見ただけで浮気って決めつけるのはよくないけど…

なんで、こんなに悶々とするんだ。

「お待たせしました。チョコストロベリーワッフルです」

自分の好きな子に、浮気の疑いがあるから?

「いやいや!それしかない!なんでアイツの顔が浮かぶんだよ…」

「なになに、恋煩い?」

「うわ!!店長、なんでそれを!」

「君、独り言すごいからね。聞こえてるよ」

「ええっ、気をつけます…」

オーダーが落ち着いた所で、キッチンに戻ってきたら店長に背後を取られた。女性だけどカッコよくてサバサバしている、話しやすい店長だ。

独り言に出てたのか…聞かれた。

「なーにー?好きな人でもいるの?」

「いや、まぁはい。いるにはいるんですけど…」

「へぇー春野くんって恋とかするんだね。シャイな感じだからイメージなかったな」

「シャイって…まあ…確かにまだまともに話すこともできないです」

「あはは!春野くんっぽいなー!」

え、そんなに僕って目に見えて慣れてない感じ?

「まあ、あと…ちょっと悶々として気になることがあって…どうしたらいいのかなって」

「気になることって?」

「なんて言うんですかね…まだ分からないんですけど、その子にもしかしたら、とんでもない面があるかも…的な?」

「うーん?よく分からんな」

洗い終えたグラスを片付けながらそう呟くと、店長はうーんと唸った後、カウンターに頬杖ついて、パチンと指を鳴らした。

「まあ、あれだ!気になることがあるなら先に解決した方がいいんじゃないか?
付き合ってから相手のことって色々知ってくものだけど…今既に悶々とすることがあるなら、先に解決してスッキリしてから相手と向き合った方が前向きに恋愛できると思うぞ!私は」

「!!な、なるほど…」

そうだよな、このまま見なかったことにするなんてできない。好きな人なら尚更。
それに、雪菜さんのことは僕も知る権利があるはず…!

「そうですよね、ありがとうございます!店長!」

「お?役に立てたか?」

「はい!!頑張ってみようと思います!」

「おーいいなー。青春は当たって砕けろだ」

「はい!やる気出てきました!テーブル片してきます!」

「君、あと5分で退勤だけどね」

明日、思い切って日下部に聞いてみよう!!
あの提案を飲んだ今、僕だってあの2人に無関係ってことはないはず。

一一一一一一一一次の日。

「あっ!日下部!?」

「あれ。おはよ、風音くん」

朝、何となく早く起きてしまっていつもより早く学校に来たら、教室には日下部の姿があった。

まだ早いから他には誰もいない。

「早くない?来るの」

「風音くんこそ」

「あーなんか、早く目が覚めてさ」

「僕もだよ。なんか眠れなかったんだ」

え、それってもしかして…

よし。聞くなら今しかない!

「あのさ!」

「ん?」

鞄を自分の机へ投げ置いて、まだ席でカバンの整理をしている日下部の目の前に立つ。
寝不足なのか、目の下にクマがあるし明るい髪の毛は寝癖がついてる。

「聞きたいことあるんだ」

「いいよ、なに?」

「そ、その…昨日、見たんだ!」

「なにを?」

「昨日、バイト向かう時に、駅近の路地裏で…ゆ、雪菜さんと知らない男が腕組んでくっついて歩いてくのを!!」

やばい、心臓バクバクいってる。

勇気を出して聞けたじゃん、雪菜さんのこと、もっと知りたいんだから。昨日そう思って決めたんだから。

なのに…

「……」

もしかして、僕が悶々として悩んでたのは…この話をしたら日下部が、傷付いてまた苦しい顔するんじゃないかって…

そう思ってたから?

だって、今またその顔を見て、少し心臓が痛い。

「…っこんな話ごめん、知ってるのか知らないのか分からなかったし、でも見ちゃったから黙っておけないっていうか…まだ浮気って決まったわけじゃないけど!日下部に聞かなきゃって」

日下部は、無表情のまま下を向くと、唇をギッと噛み締めた。

や、やっぱり知らなかった…?

「それって…」

「え!?な、なに!?」

「その男の人って、どんな人だった?背が高くて茶髪で、メガネかけてた?」

「え、そう!まさにそんな風貌で…高校生ではない感じで、僕らより少し年上っぽい…」

え、なんで?特徴言ってないのに…まさか知ってるのか!?

「もしかして、やっぱり浮気…?」

「……いや、違うよ」

「へ?」

「浮気じゃないよ。それ僕も知ってる人だ」

えええ!?なにそれ!?

「で、でも知り合い?友達?にしては距離が近かったっていうか…」

「ああ、だってその人は雪菜のお兄さんだから」

え。

「えええーーー!?お兄さん!?兄貴!?って家族!?」

「うん、そうだよ。大学生で21歳のお兄さん。あの2人仲良いから距離も近いんだ。その風貌なら間違いないと思う」

「な、なんだぁ…まじか…」

お兄さん…だったのか。大学生…納得。
なんかすごい緊張してたのに、力抜けた…。

その場にずるずるーっと座り込むと、日下部は僕の方に回ってしゃがみこむ。そして顔を覗き込んできた。

「ふふ、もしかしてそれ気にして、今日早く起きちゃった?」

「うっ、そりゃあんなの見たら悶々とするだろ…日下部に話すかどうかめっちゃ悩んで…」

あれ?ていうか、
雪菜さんのお兄さんって知ってるなら…

なんでこいつはこんなに…

「…ん?なに?」

「雪菜さんのお兄さんなら…日下部も会ったことあるんだよな?」

「うん、もちろんあるよ。家に行ったこともあるし何度も会ってる」

「…仲良いの?お前も」

「うん。優しいお兄さんだから。僕にも良くしてくれるよ」

だったら何で。
なんで、こんなに…また苦しそうな顔するんだよ。


「日下部…あのさ…!?」

その時、一瞬。一瞬すぎた。

僕が口を開こうとした一瞬。

なんで?

「え…」

全身を、大きな体に包みこまれる感覚。
大きな手に抑え込まれる後頭部の感触と、体に腕を回されてる感触。

それと、鼻を通り抜けるこいつの匂い。

全部感じた時には、なぜか僕はこいつの腕の中にいた。

「く、かさ…?」

なんで、僕は、

「…練習、だよ。ただのハグの練習」

「は、は!?何今の流れでおかしいだろ…」

「…」

「は、離せよ!」

「ごめん、させて」


なんで僕は…こいつに抱きしめられてるんだ…


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