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 私達は今、船上の人となっている。

「はぁ~。お嬢様、船って快適ですけど退屈ですね~」

 アンナが今日何回目かの欠伸をした。

 船と言う限られた世界の中、これと言ってやる事もない私とアンナは、毎日時間を持て余している。

「ふふふ。こうして欠伸が出るくらい安心して旅が出来るのも公爵様のお陰よ。感謝しなきゃね」

 私はアンナに笑い掛けた。幸い天候にも恵まれ私達の船旅は順風満帆だ。

「そうですよね。公爵様って言えば、お嬢様が船に乗る時のあの言葉、意味深でしたよね。それにお嬢様に態々、ブローチをつけてくれたじゃ無いですか? あの時の殿下の顔。あれって絶対嫉妬ですよ。今、思い出しても可笑しくて可笑しくて。今まで散々お嬢様を蔑ろにして苦しめたんですからね。私、ざまぁ見ろって思いましたもん」

 そう……。あの後、公爵は今も私の胸で輝いているこのペリドットのブローチを、自らの手で付けて返してくれたのだ。

『ディアーナ、これを返しておくよ。ここには鏡もない。私が付けてあげよう。このブローチはセレジストの宮殿に入る時必ず付けて入るんだよ。きっと君を守ってくれるからね』

 そう言って…。

 アンナが言うのには、この時殿下は公爵のこの行動に、何とも複雑な表情を浮かべたらしい。男性が女性の胸にブローチをつけたのだ。それも人前で。殿下が驚くのも当然だ。私だって驚いた。

 そしてブローチを付け終わった後、公爵は言った。

『君はペリドットの石が持つ意味を知っているかい?』

『夫婦の愛…ですよね? このブローチを下さった時、叔母が教えてくれたそうです』

『そうか…そうだね。だがそれだけじゃ無い…。この宝石にはね、『希望』や『幸福』と言う意味もあるんだ。君がこれから背負っていかなければならない重圧を考えると申し訳ない気持ちで一杯だ。だが君は私達の『希望』なんだよ』

「公爵様って素敵ですよね。あ!でも離婚なさって今は独身なんですよね。どうしてなんでしょうね。あんなに素敵な方なのに…?」

「そうよね」

 アンナの軽口に適当に相槌を打ちながら、あの時の公爵を思い出していた。

 今思えば、あの時叔母様の名前を出してから、公爵の様子が明らかに変わった。

 公爵は商売で大陸中を動き回られている。もしかして、叔母様と公爵は以前に面識があったのでは無いか…。

 そんな事を考えていた時、アンナが突然、以外な事を言い出した。

「そう言えば、私、公爵様の屋敷で匿われていた時、何度かロザリア様にお会いしたんですけど、お嬢様とロザリア様って雰囲気が似てるなぁって思ったんですよね」

「そう? そんな事、感じた事は無かったけれど…。第一、ロザリア様の髪は公爵に似て見事な金髪だわ」

 反して私は母に似てシルバーの髪色をしている。

「そうなんですよ。私も何故こんな事を感じるのか不思議だったんですけど、シュナイダーとロドリゲス様の話をしていた時気がついたんですよね。あぁ、そう言えばシュナイダーの瞳の色はグリーンじゃなかったなって。そして、ロザリア様の瞳の色はお嬢様と同じ綺麗なグリーンだったなって」

「え?でもロザリア様の瞳の色は公爵と同じ碧眼じゃなかったかしら」

「それがですね~。ロザリア様は目にガラスの様な物を入れて、瞳の色を変えているんですよ~。本当の瞳の色を意図的に隠している感じなんですよね」

 …まさか…そんな…。

 アンナな話を聞いて、私の頭の中にある考えが浮かんだ。でも…だとしたら…一体公爵の本当の目的は何なの…?

 それから数日が経ち、明日にはセレジストに到着するだろうと、商会の方が教えて下さった。

 つまり、殿下とゆっくり話せる機会は今日が最後と言う事だ。ずっと話したいと思いながらも、中々勇気が出なくて話し掛けられずにいた。でも、セレジストに到着すれば、その後、私達はどうなるか分からない。どんな待遇を受け、どんな対応をされるのか…。全ては祖父シナール次第だ。つまりこれから先、殿下と話せる機会があるとは限らないのだ。

 そもそも母は家族、地位、全てを捨てて父と駆け落ちした。今更私が現れたとしてお爺様は受け入れて下さるのだろうか?

 不安ばかりが募る

 船に乗ってからも殿下は毎日の鍛錬を欠かさない。この時間なら甲板にいるはず…。そう思った私は、意を決して甲板に出てみた。

 思った通り、殿下は甲板で剣を振るっていた。

 私は殿下に近づき声を掛けた。

「殿下、どうしてもお聞きしたい事があります。鍛錬が終わるまで待ちますので、お話させては頂けないでしょうか?」

 殿下は私の言葉に頷くと直ぐに剣を置いた。

「向こうに座れる場所がある。そこで話を聞こう」

 殿下はそう言うと、私を甲板の端に設けられているベンチの様な場所に誘導した。

「ここなら人は来ない。話を聞かれる心配も無い。聞きたい事とはなんだ? 君を巻き込んでしまった自覚はある。だから、俺の知っている事は何でも答える」

 どうやら殿下も私と話す気はある様だ。

 私はまず1番聞きたかった事を、単刀直入に聞いた。

「もし、殿下の仰る事が本当なら、前世、何故私は陛下に殺されなければならなかったのですか?」と。

 殿下は暫く考えた後、ポツリと答えた。

「分からない…」

「え?」

「本当に分からないんだ…」

 





















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