上 下
20 / 28

20

しおりを挟む
「…どれだけ考えても、父に君を殺す理由なんて無い。実際我が国は、君のおかげでセレジストから優遇と援助の両方を受けていた。君を殺めて、父にメリットなんて一つもないんだよ。」

 優遇? 援助? 殿下のこの言葉は私を驚かせるには充分だった。

「……私のおかげ…?では…祖父は私の為にメルカゾールへの援助をしていたんですか?」

 叔母が我が家を訪ねて来てくれた事から、祖父は私の存在知っていたはずだ。

 でも、祖父からは手紙一つ貰った事は無かった。だから私は祖父から疎まれているとずっと思っていた…。

 なのに…。

「ああ。シナール様はリアーナ様と君の事を仕切りに気にされていたそうだ。それを良い事に、父は半ば脅しの様な事をしてセレジストからの譲歩を引き出していた。そしてシナール陛下はその父の脅しに応じていたんだ。メルカゾールで暮らす君達の幸せを守るために…」

 私は初めて知る事実に戸惑いを覚えた。

「では…祖父はお母様と私を疎んでいたのでは無かったのですね…?」

「ああ。寧ろその逆だ。そうでなければ、援助などしないだろう」

『わたくし、お父様に逆らったのは初めてだだの。だから少し怒っているのね』

 母の言葉が甦る。

 母はずっと家族を捨てて駆け落ちした自分を、祖父は許してはいないと思っていたのに…。そう思って死んでいったのに…。

 そうでは無かったの?

 どうしてこんな事になってしまったの?

 誰かの悪意を感じた。

 そう言えばテレサも言っていた。

『リアーナ様の手紙は、本当にシナール陛下に届いていたのでしょうか?』

 あの時、父は明らかに動揺していた。だから母は最期の手紙をテレサに託したんだ。必ずお爺様に届くように…。

 母からの手紙は父が破棄していたのは間違い無いのだろう。では、祖父からの手紙は…?

 祖父は本当に私達に何の連絡も取ろうとしなかったのだろうか?

「分からない事は他にもある。父は君と僕の間に子が出来る事を恐れていた」

「子供…?」

「ああ…。君が殺された時、君は妊娠していたんだ」

 子供の事を私に告げた時、殿下は今にも泣き出しそうな悲痛な表情をした。

「子供…?私と殿下の子供…?」

 私は愕然として、両手で口を覆う。

 私だけで無く、私の子供まで…殺された? 体が震える。

「俺たちの子はどうやら、父に歓迎されていなかったらしい…。本当はこんな話を君に聞かせたくは無かったんだ。だが、君は全てを知りたいんだろう? 自分の死の話を聞くのは辛いはずだ。まして殺されたと聞けば尚更に…。だから俺は決めていた。君がもし包み隠さず話そうと。」

 殿下の表情や言葉から、それが私にとって辛く、悲しい物だと言う事は分かった。

 でも、本当の事が知りたかった。

 私は殿下に頷いた。

 すると殿下は、前世私達の身に起きた事を訥々と話し初めた。

「俺は今では父は君では無く、子を殺めようとしたのかも知れないとさえ考えている。だが、父にとっても孫だ。それにその子もセレジストの血を引いている…。だから分からないんだ。君にしても子にしても、何故父は殺めようとしたんだ? 父にとって益など何も無いのに…」

 そう前置きした上で…。

 *****

 前世、俺たちは、定められた通り、婚姻を結んだ。俺は幼い頃からの婚約者だった君を愛していたし、周りからも羨まれる位、俺たちは仲の良い夫婦だった。だが、俺たちはなかなか子に恵まれ無かった。

 1年が経ち、2年が経つ頃には、羨みは蔑みに変わっていった。君は石女だとの中傷を周りから受ける様になり、俺も当然の事の様に側妃をと勧められた。だが、俺はそれを突っぱねた。すると周りは君を更に追い込んでいく。君は心を病み、塞ぎ込む日が増えていった。

 だから俺は、気分転換にと君を旅行に誘っんだ。旅行から帰ってから暫くして、君の懐妊が分かった。君は大層喜んで、笑顔が増えた。側妃の話も無くなった。俺たちは子供の誕生を待ち侘び、君は暇さえ有れば子供の靴下や手袋なんかをレースで編んで、出来上がった物を俺に見せてくれた。

「ねぇ、見て! 上手く編めたの。可愛いでしょ」そう言って…。

 俺たちは幸せだったんだ。

 そんな時、国境付近で隣国との間に諍いが起きた。俺は父に命じられ、諍いを沈静化するために国境へと旅立った。

 やっと諍いの終結に目処がたった頃、王都から早馬が来て君が亡くなった知らされた。

 信じられなくて、俺は必死に馬を駆った。

 王都を出る時、君は笑って送り出してくれた。元気そうだった。

「ご武運を…。この子と一緒にお待ちしています」

 そう言って、腹を愛おしそうに摩りながら、俺に微笑んでくれたんだ。

 どうか、どうか間違いであってくれ…。

 そう祈りながら俺は馬を走らせ続けた。

 だが、現実は残酷で…。

 城に戻った俺の目の前にいたのは、冷たくなった君だった。

 聞いた話によると、君は階段から足を踏み外して落ちたらしい。腹に子がいた事もあり、出血が酷く、手の施しようが無かったと医師は俺に告げた。

「妊娠中は大きくなったお腹で足元が見にくいの。それに体のバランスが取りにくいから受け身も取れなかったんでしょうね。貴方が留守の時にこんな事になるなんて…。本当に御免なさい…」

 母はそう言って泣き崩れた。

 だから俺は、君が死んだのは不幸な事故だと思っていた。

 だがあの日、メルカゾールがセレジストによって征服された日、シュナイダーははっきり言った。

 君とリアーナ様は殺されたのだと……。

 *****

 「結局、俺たち王族は一言の弁明も許されず、全員処刑される事になった。俺たちは牢に入れられたが、何故か父は別の牢だったんだ。そして俺たちが処刑される前の日、母は俺に懺悔した。君を殺めたのは父だと…。君の背を押したんだと。そして、君が長い間、子が出来なかったのは、自分が茶に薬を盛っていたからだ…と」

 確かに今も王妃様とは定期的にお茶会をしている。もし殿下の言う事が本当なら、王妃様なら私の飲むお茶に薬を入れるのは簡単な事だっただろう。

「それにもう一つ、気になる事があるんだ」

殿下は更に表情を曇らせた。

「何故か俺たちと一緒に、公爵とロザリアも処刑されたんだ…」

 ヒュッ、私は息を吸い込んだ……。

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

騎士の元に届いた最愛の貴族令嬢からの最後の手紙

刻芦葉
恋愛
ミュルンハルト王国騎士団長であるアルヴィスには忘れられない女性がいる。 それはまだ若い頃に付き合っていた貴族令嬢のことだ。 政略結婚で隣国へと嫁いでしまった彼女のことを忘れられなくて今も独り身でいる。 そんな中で彼女から最後に送られた手紙を読み返した。 その手紙の意味をアルヴィスは今も知らない。

処理中です...