僕の名前を

茗荷わさび

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第三章 ふたり暮らし

第一話

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 父親からの提案で僕と長政は家を出た。

 ベランダから空を見ると雲ひとつない晴れ渡る空ですっかり夏模様になっていた。

 案外呆気なかった。

 僕はなんとも言えない気持ちになる。



 数週間前、

 高校卒業するより半年も前に叶うとは夢にも思わず、長政から報告を受けたとき僕はただただ口をぽかーんと開けていたと思う。

 物件選びに乗り乗りな長政を横目に、複雑そうな母親の顔と満足気な父親の四人が囲むダイニングテーブルには、不動産会社からもらった物件情報が乗った紙が数枚広げられている。

 父親はふたり住まいなら2DKだろうと言うが、長政が間髪置かない。

「それだとそれぞれ6畳ないので、それなら寝室がひとつでも10畳あってリビングもそのぶん広い1LDKのほうが住みやすそうです、リビングに勉強机も本棚も置けますし」

 結局リビングに置くのなら寝室が狭くても構わないのでは?とツッコまれそうだと父親をチラリと見るが父親は長政が選ぶならどれでもいいんだろう、「そうだね」とにこやかに相づちを打つだけ。

 ……どうして僕達は追い出されることになったのか、考えてみるが本当に検討がつかない、この父親が僕を鬱陶しいと思っていても世間体を気にして絶対に外には出さなかった。


「巴、俺はこの部屋がいいかなって思うけどどう?」

 もう、長政はここがいいんだろう?

「うん、いいよ」
「ほんと?」
「うん、学校から近いし、その駅なら大きなスーパーあるし」

 長政は少し驚いたように物件情報を見ると「ほんとだ」と笑った。僕にはスーパーが近くにあることが重要なんだ、オムライスのためにね。

「……それに」

 僕は長政の母親を見た。母親は気づいて不安げに僕を見つめる。

「その物件なら長政のお母さんが安心じゃないかなって」
「え……」

 母親は口に手を当てて泣きそうな顔をしている。

「お母さんの店から近いから長政と頻繁に会えるだろ」
「巴くん……」
「それに僕達はまだ未成年だから」

 長政の母親はありがとうと言った。



 そして今日、長政と選んだ部屋に入居する。
 運び込まれた荷物はとても少ない。

 異様に目立つ寝室のベッド、ふたつ。

 両側の壁と壁に寄せて置かれている。

 寝室はリビングと引き込み戸で仕切られているのでそれを開けてしまえばリビングとひとつなぎの大きな空間になる。

 長政が持ってきた小さなリビングテーブルがぽつんとリビングの真ん中にありそこに座り、離れて並んでいるベッドをぼんやり眺める。

 ……叶ってしまった。

 しかもひとり暮らしではない
 長政とのふたり暮らし。

 長政を巻き込んでしまってよかったのか、ふと思う。

 ふたりでK大に受かることが暗黙の条件になってしまったが、それはきっと乗り越えられる。

 大学受験のように、なにか成し遂げたあと長政とさよならしなくちゃならない予感がしてくる。

 このままな訳はないんだろうな。

 新たな門出に僕はもうネガティブを抱えてしまった。




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