死んでもお前を愛さない

ルルオカ

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やけくそにラブソングを歌う

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夜十時くらいにコンビニに行ったときのこと。ふと近くの川を見たくなり、階段を上ってサイクリングロードに行くと、歌声が。

ど定番、ポップの爽やか青春歌なれど、怒鳴りつけるような熱唱ぶり。川を挟んで向かいのサイクリングロードから聞こえるらしい。と見やったところ、自転車が全力疾走。

そう距離が放れていないので、泣きながら、がむしゃらにペダルを漕いでいるのが見える。そのうえで加減を知らない小学生のように、輝かしき青春を謳う曲を「糞くらえ」とばかり、投げやりに歌って。

「どーした、なにがあった」と呆気にとられながらも、スマホを取りだして動画撮影。視界から消え、歌声が聞こえなくなるまで。

撮影中は「この動画、ネットで公開したらバズるかな」なんて考えたものの、録画したのを見て気が変わった。それから、ほんの暇があれば、イヤホンでやけくそ青春歌を延々リピートで聞きまくり。

ヒステリックに金切り声をあげているようで、よく聞けば、オペラ並の声量にして音程は完璧。夜の河原の静けさに響くさまは、伸びやかで清清しい。

それでいて、自転車を漕ぎながら、泣いているせいか、小学生、いや、はじめて歌を習った幼稚園児よろしく、ただただ声を張りあげることに励むような、ひたむきさな印象が強い。つまり、自意識なく、人目も気にせず、ありのままの自分を露わに。

不恰好で下手と評してもいい歌に、どうして惹かれるのか。この自転車号泣熱唱男が、自分に正直でいるように思えたから。「なんと自分に不正直な人ばかりなのだろうか」とふだんから、世を憂うところがあるに、とくに聞き惚れるのだろう。

人にも自分にも、生まれてこの方、一回も嘘を吐いたことがない。なんて人はいないだろうが、あまりに見え透いた嘘を吐かれると、げんなりとする。

たとえば、不倫報道があっての芸能人の謝罪会見。そもそも、家族や仕事関係者以外に謝罪する意味が分からないのを、当人だって馬鹿らしいと思っているはずが「皆さんに、ご迷惑をおかけして」と深深と頭を下げる。

そのあとも申し訳なさそうにし、心にもなく反省の弁を述べるに「俺は多くの女を愛したいのです!妻も愛人も愛しています!」といっそ豪語しろよと苛苛。俺のようにじれったくなる人は少ないのか、謝罪を評価したり「謝って済むものではない」と許さなかったり、大真面目にとらえる人らにも苛苛。偉そうにしやがって、イジメて愉しんでいるくせに、と。

不倫の謝罪ほどでなくても、自分に正直に生きているヤツは多くない。まだ高校生となれば「しかたない」と割りきれずに、日々、自分に不正直なヤツらばかり見かけると、生きるのがイヤになる。

だから、一人でも、あのときだけでも、自分に正直なさまを、さらけだしてくれたのに割と感動したし、すこし救われたように思えたのだ。ときどき「こんな世の中、生きたくない」とのしかかる虚無感を、やけくそ青春歌が追いはらってくれる。

その日も休み時間になって、すぐにイヤホンをつけ、ぼんやりとしていたら「おおい!兄ちゃん!」と大声が。大音量が流れるイヤホンを貫いて鼓膜に突きささるほどの声量。

「なんていう、どデカボイスだ」と見やって、息を飲んだ。先日、夜の河原で自転車号泣熱唱していたヤツだったからだ。「兄ちゃん!兄ちゃん!」と聞こえるからに、クラスメイトの一人が兄なのだろう。

「もともとの声量がやばいのか」と見入っていたら、ゲラゲラ笑うヤツがよろけて、俺に倒れかかってきた。イヤホンをしていたのと余所見をしていたから、直前まで気づかず、まともにぶつかって、イヤホンが抜けて。

スマホのスピーカーから、大音量の自転車号泣熱唱が教室に響きわたった。驚いた周りが、聞きいることしばし、衝突してきたヤツが謝りもせず「なに、これ!めちゃくちゃ下手くそで笑える!」と手を叩いて、やんややんや。

怒るより、焦って「だよなあ!下手すぎて、くせになんだよ!」と高笑いをしたとたん、はっとした。歌をコケにされた当人が、俺の背後にいて注視しているのが伝わってきて。

不正直な人、それらの人がはびこる世の中を軽蔑しておいて、結局、自分はどうなんだってことだ。せっかく、恋焦がれるような相手を見つけたというに、さぞかし彼は俺を軽蔑したことだろう。

今から挽回できるのか。取りかえしがつかなかったら、夜の河原でやけくそ号泣ラブソングを熱唱するのもいいかもしれない。




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