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第49話 沖縄 11
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長い一日だった。部屋に戻るや否や、リュックを放り投げてベッドに崩れ落ちる。
「人生で一番充実した一日だった」
まだ十六年しか生きていないが、少なくともこれまでの人生では経験したことのない、濃密な一日だった。
ごろごろしながら今日一日を振り返っていると、絢音が荷物をゴソゴソしながら言った。
「千紗都、タブレット借りていい? 先に写真ダウンロードしておこうと思うけど」
「お願い。パスコードは……」
「覚えてる」
そう言って、タブレットを持って私の傍らに座る。パスコードなどいつ教えたかと思ったが、そう言えば去年、風邪で倒れて看病に来てくれた時、暇潰しに貸した気がする。
絢音がWi-Fiに接続して、今日お世話になったお店のサイトから写真をダウンロードした。思っていたよりも遥かに量が多く、解像度も高かったので、先にダウンロードしておいたのは正解だった。
ダウンロード中のタブレットを自分のベッドに置いてから、絢音が何故か優しい眼差しで私のお尻を撫でた。表情と行動が全然合っていない。
「千紗都、先にシャワー浴びる?」
「あまりにも眠たく、そして面倒くさい。昨日涼夏の体を洗ってあげたから、今日は絢音が私の体を洗って」
手を伸ばして絢音の手を握る。
「私も千紗都に洗って欲しいけど、それはまた別の機会にするね」
絢音が嬉しそうに私の服を脱がせて、自分も裸になると私をバスルームに導いた。念入りに、執拗に、もう十分というくらい体中を洗われて、ふらふらと部屋に戻る。相変わらずエアコンがよく効いていて気持ちいい。
下着姿で髪を乾かしている絢音のお尻を眺めながら歯を磨いて、後から私も髪を乾かした。服を着る前に絢音とベッドでイチャイチャしていたら、涼夏からそろそろいいかと連絡があった。
服を着て二人を部屋に招く。みんなでベッドの上に座ってタブレットを囲むが、一つのベッドに四人は狭い。こういう時は和室の方が便利だと感じる。
奈都を背中から抱き締めるように座ると、胸を撫でながら聞いてみた。
「涼夏とは仲良くしてる? いじめられてない?」
「大丈夫。恥ずかしいんだけど」
「心の中に、涼夏用の容器と、絢音用の容器と、奈都用の容器があって、私はそれを均等に満たしたいの。わかる?」
「ごめん。全然わからない」
奈都が申し訳なさそうに首を振って、絢音が涼夏に抱き付きながら声を上げて笑った。渾身の比喩だったので、もう少し考えて欲しいものである。
写真は同じグループで参加した全員分アップされていて、何百枚という写真がタブレットを埋め尽くした。さすがに後から整理しようと思うが、ひとまず全部を指で送っていく。
私と奈都の写真も思ったよりはずっと綺麗に撮れていたが、涼夏と絢音の写真の方が青春っぽさがあった。金髪のおじさんや、他のカップルも楽しそうだ。みんなが幸せになれる、いいアクティビティだったと思う。
水中の写真も鮮明で、カメラの性能に驚かされるとともに、本当に思い出に残るものばかりで軽い感動があった。
「いいサービスだなぁ。何の不満もないから、次来た時も、またここでいいな」
「この涼夏と千紗都の水中のツーショット、帰ったら現像して写真立てに入れたい」
「愛でてくれるのは嬉しいけど、絢音の家族に水着の写真を見られるのはちょっと恥ずかしいぞ?」
「じゃあ、引き出しに入れる」
確かに、全然気にしていなかったが、この写真は他の人たちにも送られている。まあ、カップルばかりだったから、誰も私たちの写真になど興味はないと思うが、若い男の子だけのグループと一緒になったら、ちょっと恥ずかしかったかもしれない。
結局その夜は、写真を見るだけで遅い時間になった。もちろん、いつも寝る時間よりは早かったが、さすがにみんな疲れていたし、ほんの数時間とはいえまだ明日もある。
適当な時間にお開きにすると、宣言通り絢音を抱き枕にして寝た。起きた瞬間から寝る直前まで幸せな一日だった。
沖縄旅行の最終日は午前の便で帰るので、十時半には空港に行かなくてはいけない。
昨日より少し遅い時間に朝食を摂りながら、空港にはどう行くか聞いたら、涼夏が当たり前のように言った。
「タクシー一択」
「涼夏といると、普通にタクシーを使うから、何だかリッチになった気分」
奈都がご飯をもぐもぐしながら笑った。聞いたことのある台詞だが、今回はさすがに私もタクシーを考えた。
ゆいレールの最寄り駅までは一キロくらいあり、炎天下の中荷物を全部背負って歩くのはあまりにも大変だ。自転車は四台借りるのが難しく、しかも空港では返却出来ない。タクシーなら海底トンネルを通って、空港まで十分。時間的にも金額的にも、タクシー一択という涼夏の選択は間違っていない。
そう考えると、チェックアウトギリギリまでホテルにいてもなお、空港に早すぎるくらいに到着する。
「逆に、ホテルで二時間も何する?」
私が聞くと、涼夏はにんまりと微笑んで可愛らしく指を立てた。
「私たちはまだ、このホテルでやり残したことがある」
「あっ、プールに入ってない!」
奈都がポンと手を打って、涼夏が伸ばしていた指を奈都に向けた。
「正解!」
存在は覚えていたが、自分たちが入ることは考えていなかった。最初から最後まで涼夏のプランは完璧だった。
ご飯の後、部屋に戻って水着に着替える。昨日と同じようにその上から服を着てロビーに集まった。
荷物がギリギリだったので遊び道具は持ってきていないが、このメンバーならビーチチェアでお喋りして、時々水に入るだけでも楽しめる。
もちろん、さっさとチェックアウトして首里城リベンジという選択肢もあったが、なにせ荷物を全部持って行くのは大変だし、ロッカーだ自転車だモノレールだと言っていたら、お金もたくさんかかる。それに、慌ただしい行程になるだろうし、ぶっちゃけそこまで首里城に興味がない。
「まあ、もうちょっと可愛いプールだったら良かったけどね」
涼夏がビーチチェアに寝転がって、苦笑しながらジュースを手に取った。ジュースと言ってもペットボトルだ。プールも学校のプールを正方形に縮めたような形で、無骨な印象が拭えない。
「朝食付きで一泊五千円しないホテルにしては、すごくいいと思うよ」
「それは言える。新幹線で東京に行って、カプセルホテルに泊まるより遥かに安いとか、ちょっと意味がわからん」
「いきなり沖縄とか言われた時はびっくりしたけど、すごく良かった。私、一生涼夏についていく」
奈都がそんなことを言いながら、隣に横たわる涼夏の手をギュッと握った。急に仲が深まっている気がするが、昨夜何かあったのだろうか。聞いてみたら、奈都はもじもじしながら俯いた。
「チサには内緒」
「いや、気になるし! 何? 涼夏、何かしたの?」
思わず体を起こして詰め寄ると、涼夏は困ったように微笑んだ。
「正直なところ、本当に何もしてないから、ナッちゃんの言動が面白すぎて笑える」
一体何なのか。半眼で睨むと、奈都は悪びれずに笑った。旅行中は全体的にしおらしかったが、元々奈都はこんなふうに私をからかう子だ。
飛行機はまた席がバラバラだからと、沖縄の思い出や、帰ってからのことをのんびり喋る。沖縄以外の話題が出ることに、一番旅の終わりを感じた。
一時間半くらいプールにいて、そろそろ行こうと部屋に戻った。シャワーを浴びて荷物をまとめて、なんとなく絢音とキスをしてから、二日間お世話になった部屋を後にする。
空港までは本当にあっと言う間で、名残惜しげに景色を見る時間もなかった。そもそも海底トンネルだ。
チェックインだけ済ませてから、土産物を物色した。お金ももらったし、親に紅いもタルトを買ったが、入らなかったので奈都のリュックに入れてもらった。この先もリュックは必要になるだろうし、夏のバイト代で大きいリュックを買おう。
保安検査場をくぐり、搭乗ゲートの前でお喋りして過ごすと、いよいよ搭乗時間になった。帰りも唯一の窓側の席を譲ってもらった。三人とも私に甘いが、絢音によると、甘やかされている私が可愛いらしい。変わった子だ。
帰りの午前便ということもあり、行きより空いていた。隣の席も空いていたが、席の移動は禁じられているので仕方ない。大丈夫な気がしないでもないが、怒られたくないのでその提案はせずに、一人で窓から外を眺めた。
行きと同じように、滑走路で一度停止して、大きなエンジン音とともに機体が持ち上がる。今日もいい天気で、眼下に青い海が広がる。
初めての飛行機に初めての沖縄。空も飛んで、海にも入って、綺麗な景色を見て、オシャレなカフェでお茶をして、沖縄料理も食べて、城跡も歩いて、それらのすべてが写真に残っている。
天気にも恵まれたし、大きなトラブルもなかった。もちろん喧嘩もしなかったし、旅行前よりみんなの仲も深まったと思う。
本当にいい旅だった。それでも、これも長い夏休みの一イベントに過ぎない。
帰ったら何をしようか。私も何か、記憶に焼き付くような企画をしたい。
青い青い沖縄の海を見ながら、私はそんなことを思うのだった。
「人生で一番充実した一日だった」
まだ十六年しか生きていないが、少なくともこれまでの人生では経験したことのない、濃密な一日だった。
ごろごろしながら今日一日を振り返っていると、絢音が荷物をゴソゴソしながら言った。
「千紗都、タブレット借りていい? 先に写真ダウンロードしておこうと思うけど」
「お願い。パスコードは……」
「覚えてる」
そう言って、タブレットを持って私の傍らに座る。パスコードなどいつ教えたかと思ったが、そう言えば去年、風邪で倒れて看病に来てくれた時、暇潰しに貸した気がする。
絢音がWi-Fiに接続して、今日お世話になったお店のサイトから写真をダウンロードした。思っていたよりも遥かに量が多く、解像度も高かったので、先にダウンロードしておいたのは正解だった。
ダウンロード中のタブレットを自分のベッドに置いてから、絢音が何故か優しい眼差しで私のお尻を撫でた。表情と行動が全然合っていない。
「千紗都、先にシャワー浴びる?」
「あまりにも眠たく、そして面倒くさい。昨日涼夏の体を洗ってあげたから、今日は絢音が私の体を洗って」
手を伸ばして絢音の手を握る。
「私も千紗都に洗って欲しいけど、それはまた別の機会にするね」
絢音が嬉しそうに私の服を脱がせて、自分も裸になると私をバスルームに導いた。念入りに、執拗に、もう十分というくらい体中を洗われて、ふらふらと部屋に戻る。相変わらずエアコンがよく効いていて気持ちいい。
下着姿で髪を乾かしている絢音のお尻を眺めながら歯を磨いて、後から私も髪を乾かした。服を着る前に絢音とベッドでイチャイチャしていたら、涼夏からそろそろいいかと連絡があった。
服を着て二人を部屋に招く。みんなでベッドの上に座ってタブレットを囲むが、一つのベッドに四人は狭い。こういう時は和室の方が便利だと感じる。
奈都を背中から抱き締めるように座ると、胸を撫でながら聞いてみた。
「涼夏とは仲良くしてる? いじめられてない?」
「大丈夫。恥ずかしいんだけど」
「心の中に、涼夏用の容器と、絢音用の容器と、奈都用の容器があって、私はそれを均等に満たしたいの。わかる?」
「ごめん。全然わからない」
奈都が申し訳なさそうに首を振って、絢音が涼夏に抱き付きながら声を上げて笑った。渾身の比喩だったので、もう少し考えて欲しいものである。
写真は同じグループで参加した全員分アップされていて、何百枚という写真がタブレットを埋め尽くした。さすがに後から整理しようと思うが、ひとまず全部を指で送っていく。
私と奈都の写真も思ったよりはずっと綺麗に撮れていたが、涼夏と絢音の写真の方が青春っぽさがあった。金髪のおじさんや、他のカップルも楽しそうだ。みんなが幸せになれる、いいアクティビティだったと思う。
水中の写真も鮮明で、カメラの性能に驚かされるとともに、本当に思い出に残るものばかりで軽い感動があった。
「いいサービスだなぁ。何の不満もないから、次来た時も、またここでいいな」
「この涼夏と千紗都の水中のツーショット、帰ったら現像して写真立てに入れたい」
「愛でてくれるのは嬉しいけど、絢音の家族に水着の写真を見られるのはちょっと恥ずかしいぞ?」
「じゃあ、引き出しに入れる」
確かに、全然気にしていなかったが、この写真は他の人たちにも送られている。まあ、カップルばかりだったから、誰も私たちの写真になど興味はないと思うが、若い男の子だけのグループと一緒になったら、ちょっと恥ずかしかったかもしれない。
結局その夜は、写真を見るだけで遅い時間になった。もちろん、いつも寝る時間よりは早かったが、さすがにみんな疲れていたし、ほんの数時間とはいえまだ明日もある。
適当な時間にお開きにすると、宣言通り絢音を抱き枕にして寝た。起きた瞬間から寝る直前まで幸せな一日だった。
沖縄旅行の最終日は午前の便で帰るので、十時半には空港に行かなくてはいけない。
昨日より少し遅い時間に朝食を摂りながら、空港にはどう行くか聞いたら、涼夏が当たり前のように言った。
「タクシー一択」
「涼夏といると、普通にタクシーを使うから、何だかリッチになった気分」
奈都がご飯をもぐもぐしながら笑った。聞いたことのある台詞だが、今回はさすがに私もタクシーを考えた。
ゆいレールの最寄り駅までは一キロくらいあり、炎天下の中荷物を全部背負って歩くのはあまりにも大変だ。自転車は四台借りるのが難しく、しかも空港では返却出来ない。タクシーなら海底トンネルを通って、空港まで十分。時間的にも金額的にも、タクシー一択という涼夏の選択は間違っていない。
そう考えると、チェックアウトギリギリまでホテルにいてもなお、空港に早すぎるくらいに到着する。
「逆に、ホテルで二時間も何する?」
私が聞くと、涼夏はにんまりと微笑んで可愛らしく指を立てた。
「私たちはまだ、このホテルでやり残したことがある」
「あっ、プールに入ってない!」
奈都がポンと手を打って、涼夏が伸ばしていた指を奈都に向けた。
「正解!」
存在は覚えていたが、自分たちが入ることは考えていなかった。最初から最後まで涼夏のプランは完璧だった。
ご飯の後、部屋に戻って水着に着替える。昨日と同じようにその上から服を着てロビーに集まった。
荷物がギリギリだったので遊び道具は持ってきていないが、このメンバーならビーチチェアでお喋りして、時々水に入るだけでも楽しめる。
もちろん、さっさとチェックアウトして首里城リベンジという選択肢もあったが、なにせ荷物を全部持って行くのは大変だし、ロッカーだ自転車だモノレールだと言っていたら、お金もたくさんかかる。それに、慌ただしい行程になるだろうし、ぶっちゃけそこまで首里城に興味がない。
「まあ、もうちょっと可愛いプールだったら良かったけどね」
涼夏がビーチチェアに寝転がって、苦笑しながらジュースを手に取った。ジュースと言ってもペットボトルだ。プールも学校のプールを正方形に縮めたような形で、無骨な印象が拭えない。
「朝食付きで一泊五千円しないホテルにしては、すごくいいと思うよ」
「それは言える。新幹線で東京に行って、カプセルホテルに泊まるより遥かに安いとか、ちょっと意味がわからん」
「いきなり沖縄とか言われた時はびっくりしたけど、すごく良かった。私、一生涼夏についていく」
奈都がそんなことを言いながら、隣に横たわる涼夏の手をギュッと握った。急に仲が深まっている気がするが、昨夜何かあったのだろうか。聞いてみたら、奈都はもじもじしながら俯いた。
「チサには内緒」
「いや、気になるし! 何? 涼夏、何かしたの?」
思わず体を起こして詰め寄ると、涼夏は困ったように微笑んだ。
「正直なところ、本当に何もしてないから、ナッちゃんの言動が面白すぎて笑える」
一体何なのか。半眼で睨むと、奈都は悪びれずに笑った。旅行中は全体的にしおらしかったが、元々奈都はこんなふうに私をからかう子だ。
飛行機はまた席がバラバラだからと、沖縄の思い出や、帰ってからのことをのんびり喋る。沖縄以外の話題が出ることに、一番旅の終わりを感じた。
一時間半くらいプールにいて、そろそろ行こうと部屋に戻った。シャワーを浴びて荷物をまとめて、なんとなく絢音とキスをしてから、二日間お世話になった部屋を後にする。
空港までは本当にあっと言う間で、名残惜しげに景色を見る時間もなかった。そもそも海底トンネルだ。
チェックインだけ済ませてから、土産物を物色した。お金ももらったし、親に紅いもタルトを買ったが、入らなかったので奈都のリュックに入れてもらった。この先もリュックは必要になるだろうし、夏のバイト代で大きいリュックを買おう。
保安検査場をくぐり、搭乗ゲートの前でお喋りして過ごすと、いよいよ搭乗時間になった。帰りも唯一の窓側の席を譲ってもらった。三人とも私に甘いが、絢音によると、甘やかされている私が可愛いらしい。変わった子だ。
帰りの午前便ということもあり、行きより空いていた。隣の席も空いていたが、席の移動は禁じられているので仕方ない。大丈夫な気がしないでもないが、怒られたくないのでその提案はせずに、一人で窓から外を眺めた。
行きと同じように、滑走路で一度停止して、大きなエンジン音とともに機体が持ち上がる。今日もいい天気で、眼下に青い海が広がる。
初めての飛行機に初めての沖縄。空も飛んで、海にも入って、綺麗な景色を見て、オシャレなカフェでお茶をして、沖縄料理も食べて、城跡も歩いて、それらのすべてが写真に残っている。
天気にも恵まれたし、大きなトラブルもなかった。もちろん喧嘩もしなかったし、旅行前よりみんなの仲も深まったと思う。
本当にいい旅だった。それでも、これも長い夏休みの一イベントに過ぎない。
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