最後の魔導師

蓮生

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1章 出会い

洞穴の家

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 はぁはぁと息を切らせながら、家までのせまい山道をずっと走る。
 虫籠は沢に置きっぱなしにしてきて、魚籠ビクだけは、抱えていた。

 魚は小さく1匹だけだけど、なんと今日はウサギというご馳走ちそうを手に入れたのだ。
 ニゲルの足は、浮き足立つ心を表すかのように、軽やかに地面をっていた。

 妹も弟も、絶対喜ぶだろう。
 久しぶりにお腹いっぱい食べられるのだ。

 ニンマリと1人笑みをこぼすと、いっそう足を早めた。


「アーラ!マリウス!」

 洞穴の奥の扉を叩く。

「僕だよ、開けて!」

「お兄ちゃん!」
 妹のアーラが、重みのある木戸をギイっと押し開けて飛びついてきた。

「うぅ…お兄ちゃん、遅いから、アーラのこと…捨てちゃったのかと…思った…ふぇぇん…!」

「あぁ、ごめんよ、ごめんよ」

 背中をポンポンするけれども、アーラはクルクルの巻き毛を揺らしながら一層泣き出した。

「ニゲル兄ちゃん!どこいってたんだよ!」

 後ろからぷんぷんと怒って目つきを悪くしたマリウスが顔を出した。

「あー、本当にごめんよ。今日は釣りの後、山でウサギ狩りしたんだ。それで遅くなって…」

 マリウスはとなりで、アーラをなだめるのにどんなに大変だったかをぐちぐちニゲルに訴えているが、耳の中をスカスカと通り抜けていく。
 とにかく急いでいるのだ。
 早く晩ご飯の支度をしないと。

 魚籠を押し付けると、ニゲルはいそいで靴を脱いで食事をする部屋の1番奥にある台に立つ。
 脇には鍋を重ねて置いてあり、そこから1番大っきい鍋を取り出した。

「よいしょ…」

「ニゲル兄ちゃんなにしてるの?」

 後ろにはいつのまにかアーラが張り付いていた。

「今日はウサギ汁だぞ!」

 そのおっきい鍋に、何度もお碗を使って樽から水をすくっていれる。

「うさぎ?」

「美味いらしい!だから今から汁に入れる芋を煮るんだ!あ!なんか他に野菜あったかな…」

 ニゲルは今度は、机の下にもぐった。そこに置いてある野菜籠やさいかごから、芋をコロコロ出しながら、底の方まで埋まりきった芋を手でかき分ける。なおも指を無理やり下の方に突っ込んだ。

「人参とかないかな…」

 探せど探せど、見つからない。
 机に置いてあるオイルランプを持ち出してもっとよく見てみようと籠にかざしてみるけれど、人参も玉ねぎもない。

 やっぱり、芋だけか。

 ガッカリしてため息をつくと、小さな芋をいくつも拾い、アーラに渡した。

「今日は沢山芋をむくぞ!手伝って!」


 そうして必死に2人で芋をむいた。
 小刀ナイフはアーラには危ないから、いつも芋から生えてきた芽を取る役目をしてもらう。あっちからもこっちからも芽が生えているから、アーラは指先の爪に芋の芽を詰まらせてたびたび嫌な顔をする。
 マリウスはニゲル達の側で、預けた魚籠から小さな魚を取り出して、丸いの上で、あみはさんで焼き始めた。
 日が落ちると最近寒いから、ニゲルが居なくても、マリウスは上手に炉に火をつけて部屋を温めている。そして、その炉は魚を焼くときにもいつも使う。

 この家には、換気のための小さな風の抜け道があって、空気がそこから抜けたり入ったりしていた。どの部屋の中にも管をとりつけてお母さんが抜け道を作ったのだ。火をつけるときはその管にしてあるフタをとって、外の空気と部屋の中の空気がつながるようにする。
 今はこうして、炉に火をつけたり、ランプを移動させないと部屋が暗かったり、明かり取りの窓もほとんどないから毛布も外に時々干したりと、さまざまな面倒くさい事をしなければならないけれど、お母さんがいた頃は、そんな事を気にしなくていい普通の木の家で暮らしていたこともあった。しかし、居なくなってしまう1ヶ月くらい前に、突然ニゲル達を連れてここに、この洞穴に引っ越したのだ。最初はすごく嫌で元の家に帰りたいと何度も言ったが、いつも優しいお母さんが怖い顔をして、ここ以外は危ないから前の家では暮らさないと、何度も言った。
 そうして、お母さんは、ここでは火を使う時に1番注意をした。
 火は危ないから、必ず空気の穴を開けてと。
 いつもそうするように言っていたから、ニゲル達はそれを守っている。
 それに、魚は焼くと部屋中が香ばしい匂いでいっぱいになるから、この風穴から部屋の中の空気を出さないと、夜中も魚の美味しそうな匂いでどこもかしこも満たされていて、きっと寝られなくなってしまうだろう。
 それはこまる。

「兄ちゃん、この魚じゃ、アーラと争奪戦けんかになっちゃうよ」
 そう言うマリウスが焼いている魚は、うろこも何もついたままだ。あぶってうろこが焼けたら、ポロポロ落として、また焼いている。
 見た目は最悪だが、仕方がない。室内には、ウロコをかいたりできる流しも無かった。
 玄関から出て、洞穴の入り口の脇まで行けば、チョロチョロと出ている湧き水を使った小さな流しがあるのだが、寒い時期は使いたくないし、いつも面倒なのだ。

「…そういえば、いつ頃来るのかな?」

 ニゲルの独り言のような、何気ない一言に、アーラは無器用に芋の芽をかく手を休めて首をかしげた。

「来るって、何が?」

「あ、今日はね、釣りの時に、すごいお兄さんに会ったんだ!その人がウサギを捕まえてくれたのさ!」

「ふーん」
 アーラは可愛らしい猫のような声でそう言った。
しかし、なんだか聞いてるのか聞いていないのか、本当の事だと思っていないのか、よくわからない。そんな返事だった。

「そのお兄さんが、沢でウサギをさばいたら持ってきてくれるんだ」
「本当なの?」
「本当さ、約束したんだ!」

 話を聞いていたマリウスがギョッとしてこちらを振り向いた。
「はぁ?うそだ!だまされたんじゃないの?」
「そんなわけないだろ!約束したんだ!男同士の約束だぞ?」

 はたと、ニゲルはお兄さんがウサギを仕留める前に空に浮かべていた白い矢を思い出した。

 そういえば、あれはなんだったのだろう。

「…もしかして、伝説のまほうしだったりして…」

 伝説の魔法士、それは、大昔にいたと言われている幻術を使う人びとのこと。人の目をあざむくような、あっと驚く技や、まかふしぎな、あやしい技を持っていると言う。

「なに!?お兄ちゃん、に会ったの??」

はっと、マリウスの方を見ると、網に乗せた魚を焦がしながら、いっぱいいっぱい目をむいてニゲルの方を見ていた。

「うん…分からないけどね…なんだかすごい矢を出して、ビュンっと飛ばして、あっという間にウサギを二匹も捕まえちゃったんだ……。あっ!」

 その時、玄関のドアが、コンコン!と音がした気がした。

「もしかして、お兄さんかも!!」

 ニゲルは手にしていた芋を、膝に抱えていた深鉢に落とした。
 その鉢を机にドンと置き、腰かけていた椅子からさっさと立ち上がってバタバタと玄関まで急ぐ。


「待って!今開けるよ!」
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