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自室に
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「嫌だ……」
俺を抱きしめて、離そうとしない先輩が、もう何度目かになるその言葉を吐いた。
「先輩、嫌だって言っても仕方ないんです。そりゃ俺だって嫌だけど」
「学校側に掛け合おう」
「だからそんな特別待遇無理だってば」
先輩が何をそんなに拒んでいるのかと言うと、俺が先輩の寮の部屋を出て、元々の自分の部屋に戻ることだ。台風の影響で水浸しになっていたA棟の改修工事が済み俺たち1年生は各自自分の部屋に戻ることが決定した。
「じゃあせめてこれ、着けてくれ」
「これって……」
先輩の手には、チョーカーの箱が握られていた。
けれど先輩は、やっぱりダメだ! とそれをしまおうとした。
「こんなの着けてたら、道がオメガだと公言する様なものだ。道はただでさえ可愛いのに、オメガと言うだけでより危険が増すかもしれない」
「あはは。俺を可愛いって言ってくれるの先輩だけだし。俺の平凡さを前にオメガとかベータとか関係ないよ」
父や兄は、もしかしたら俺を可愛いと思っていたかもしれないが、それは血が繋がっている贔屓目だろう。義母さんやはるみさんは俺を見て可愛いと言ってくれるけどそういう意味の可愛いじゃないし。だから、家族以外で俺を可愛いと言ってくれるのは先輩くらいだ。もちろん俺は、先輩以外の人にそう思われたところで困るだけだし、先輩がそう思ってくれているだけで満足だからいいけど。
「道の欠点は1つだな。自分の可愛さに気がついていないところだ」
「あははっ、何それ」
先輩の大真面目な顔をした冗談に大笑いすると、先輩はまたギュッと俺を抱きしめた。
「笑い事じゃない。俺は本気だぞ。本気で道が心配なんだ……」
「大丈夫だよ。今までだって1人部屋だったんだし、それで襲われたことなんてないし」
「藤井がいるだろう」
「あー。けど藤井の好きな人は律葉だよ」
「道のあまりの可愛さに気持ちが変わったかもしれないだろう」
先輩みたいに? とは意地悪すぎるし自意識過剰のような気がして聞けないけど、先輩が俺を痛いほど心配していることだけは分かる。
藤井はあの後、俺がヒートで休んでいる期間に、律葉に金輪際関わらないという約束の元、復学した。ストーカーを受けていた律葉がそれで納得しているそうだし、俺にも藤井が戻っても良いか聞かれたけど、別に藤井に無理やり襲われたわけじゃないので頷いた。けれど、先輩はそれが大層気に入らないらしい。
気持ちは分かるけど、藤井が俺を襲うとは思えないし、その点については俺の心配じゃなくて律葉の心配をするべきだと思う。まぁ、クラスに戻った藤井は、俺からも道からも認識されないようにしているのか、気配を消しているみたいにひっそりと過ごしているから、大丈夫だろうと思っている。
「というか、そんなに心配ならさ、さっさと噛んでくれればいいのに」
「そうしたいのは山山だが、俺もけじめを付けたい。道を大切にしたいんだ。道を守れるくらいに強くなって、道が苦労しないくらい稼げる仕事につかないと。だから番になるのは結婚してからだ」
「俺を守れるくらい強くなくたっていいし、俺だって就職するつもりだから無理に稼げる仕事につかなくたって良いのに」
いつもなんでも「いいよ、いいよ」と折れてくれて、俺を甘やかしてくれるのに、こればっかりは先輩との話し合いは平行線だ。
そうして、先輩はチョーカーを着けるか着けないかで何日も悩み、数日後、先輩のお母さんが主体となって開発したという番防止シールをニコニコで持ってきた。
うすだいだい色の湿布のような見た目で、うなじに貼ると、特別な液体を使わない限り取れることはないらしい。それを貼ることによって、先輩はなんとかA棟に戻ることを納得してくれた。
「夜ご飯は毎日俺の部屋で。その後部屋まで送っていくから」
「うん」
自分の部屋に戻る寸前までそう言い聞かせられ、俺は1月ぶりに、自室に帰った。
俺を抱きしめて、離そうとしない先輩が、もう何度目かになるその言葉を吐いた。
「先輩、嫌だって言っても仕方ないんです。そりゃ俺だって嫌だけど」
「学校側に掛け合おう」
「だからそんな特別待遇無理だってば」
先輩が何をそんなに拒んでいるのかと言うと、俺が先輩の寮の部屋を出て、元々の自分の部屋に戻ることだ。台風の影響で水浸しになっていたA棟の改修工事が済み俺たち1年生は各自自分の部屋に戻ることが決定した。
「じゃあせめてこれ、着けてくれ」
「これって……」
先輩の手には、チョーカーの箱が握られていた。
けれど先輩は、やっぱりダメだ! とそれをしまおうとした。
「こんなの着けてたら、道がオメガだと公言する様なものだ。道はただでさえ可愛いのに、オメガと言うだけでより危険が増すかもしれない」
「あはは。俺を可愛いって言ってくれるの先輩だけだし。俺の平凡さを前にオメガとかベータとか関係ないよ」
父や兄は、もしかしたら俺を可愛いと思っていたかもしれないが、それは血が繋がっている贔屓目だろう。義母さんやはるみさんは俺を見て可愛いと言ってくれるけどそういう意味の可愛いじゃないし。だから、家族以外で俺を可愛いと言ってくれるのは先輩くらいだ。もちろん俺は、先輩以外の人にそう思われたところで困るだけだし、先輩がそう思ってくれているだけで満足だからいいけど。
「道の欠点は1つだな。自分の可愛さに気がついていないところだ」
「あははっ、何それ」
先輩の大真面目な顔をした冗談に大笑いすると、先輩はまたギュッと俺を抱きしめた。
「笑い事じゃない。俺は本気だぞ。本気で道が心配なんだ……」
「大丈夫だよ。今までだって1人部屋だったんだし、それで襲われたことなんてないし」
「藤井がいるだろう」
「あー。けど藤井の好きな人は律葉だよ」
「道のあまりの可愛さに気持ちが変わったかもしれないだろう」
先輩みたいに? とは意地悪すぎるし自意識過剰のような気がして聞けないけど、先輩が俺を痛いほど心配していることだけは分かる。
藤井はあの後、俺がヒートで休んでいる期間に、律葉に金輪際関わらないという約束の元、復学した。ストーカーを受けていた律葉がそれで納得しているそうだし、俺にも藤井が戻っても良いか聞かれたけど、別に藤井に無理やり襲われたわけじゃないので頷いた。けれど、先輩はそれが大層気に入らないらしい。
気持ちは分かるけど、藤井が俺を襲うとは思えないし、その点については俺の心配じゃなくて律葉の心配をするべきだと思う。まぁ、クラスに戻った藤井は、俺からも道からも認識されないようにしているのか、気配を消しているみたいにひっそりと過ごしているから、大丈夫だろうと思っている。
「というか、そんなに心配ならさ、さっさと噛んでくれればいいのに」
「そうしたいのは山山だが、俺もけじめを付けたい。道を大切にしたいんだ。道を守れるくらいに強くなって、道が苦労しないくらい稼げる仕事につかないと。だから番になるのは結婚してからだ」
「俺を守れるくらい強くなくたっていいし、俺だって就職するつもりだから無理に稼げる仕事につかなくたって良いのに」
いつもなんでも「いいよ、いいよ」と折れてくれて、俺を甘やかしてくれるのに、こればっかりは先輩との話し合いは平行線だ。
そうして、先輩はチョーカーを着けるか着けないかで何日も悩み、数日後、先輩のお母さんが主体となって開発したという番防止シールをニコニコで持ってきた。
うすだいだい色の湿布のような見た目で、うなじに貼ると、特別な液体を使わない限り取れることはないらしい。それを貼ることによって、先輩はなんとかA棟に戻ることを納得してくれた。
「夜ご飯は毎日俺の部屋で。その後部屋まで送っていくから」
「うん」
自分の部屋に戻る寸前までそう言い聞かせられ、俺は1月ぶりに、自室に帰った。
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