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突然の電話
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「好きだ。誰よりも、道のことが好きだ」
先輩の部屋に居候し始めてから割とすぐ、ベットの上で先輩の腕に抱かれて、始めてそう言われた時は心臓が高鳴りすぎて死んでしまうかもしれないと思ったほど嬉しかった。以来、「可愛い」だの「道を大切に思ってる」だのと言われ続けてそれはそれは幸せな日々を送っていた。
けれども、最初にお試しで付き合うことになったときに言っていた通りに、先輩はあくまでプラトニックな恋愛で居続けているので、俺は悶々と過ごしていた。
先輩のフェロモンの匂いを感じとることはできなくても、先輩が俺の洗濯物も一緒に洗ってくれて、服が全部先輩の匂いになるし、先輩と同じシャンプーとボディソープを使って体まで先輩の匂いになって、そのムラムラは止まることをしらない。
しかも、トイレで抜いてこようと思って立ち上がると「トイレか? 一緒に行こう」なんて言ってくるし、そして本当についてきたりもする。
先輩がそうやって俺に執着しているような態度を取る時、戸惑いつつも喜んでいる自分がいることに気がついて、その時はさすがに自分にドン引きした。
その日も学校が終わり、先輩が委員会の仕事をしている間に、1人帰宅していた。
プルルルル
スマホに着信があり、相手を確認すると義母さんだった。
「はい。もしもし」
『道っ、ごめん、さい、ごめんなさい』
電話越しに、義母さんの慌てた声での謝罪が聞こえ、一瞬にして緊張した。
「義母さん、ど、どうしたの? なんでそんなに謝ってるの?」
『し……、ぁ、白石さんに、あなたの居場所がバレてしまったかもしれないの』
「え……」
白石さんというのは、俺の父親の苗字だ。
被害者である俺を守るためというよりも、アルファである父や兄を俺という卑しいオメガから守るために、国は俺を比較的隔離していられるこの学園に入学させた。普通だったら俺の成績ではまず入学できない様な学園だ。名目上がどうであれ俺はその処置に救われ、今も安全に暮らしていた。もう書類上で俺は彼ら2人とは他人になっているけれど、アルファは時として気に入ったオメガを手に入れようと暴走する。
実の息子、実の弟相手に、手を出すクズな彼らも、国からすれば利用できる数少ないアルファなのだ。
『道……、道、逃げなさい。そこから』
「義母さん、もう無理だったみたい」
電話口から義母の息を飲む声が聞こえた。
そして、数メートル先には何年かぶりにみる父親の姿があった。
「久しぶりだね、道。大きくなったなぁ」
その温厚そうな見た目は何も変わっていなかった。
いや、多少シワなどが増えたかもしれないが、その柔らかな表情の下に隠した下卑た感情を俺は見逃したりはしなかった。
「よく俺のところに顔を出せましたね。俺に……、何をしたのかお忘れですか」
「ん? もちろん忘れてないよ。今日はそのことで話があってきたんだ」
半笑いでそう答えた父親は、息子として生まれた俺の気持ちなど何も考えてはいないのだろう。
俺はこうして父親と対峙するだけで、吐き気や震えを堪えるのに必死だというのに。
「俺は……あなたと話すことなんてありません。お引き取りください」
「道の意見は聞いていないなぁ。私が道に話があるんだよ。幼い頃、返事はきちんとしなさいと教えこんでやっただろう? あぁ、懐かしいな。昔話でもしようか……? 今ここで」
父親は、周りを見渡してそう言った。
俺たちの会話が聞こえる様な距離に生徒はいなかったが、それでも離れたところに数人、俺と同じ様に帰宅しようとしている生徒が歩いていた。
「道のことを調べさせたが、ベータとして通っているんだって?」
「そ、れが。なんですか」
「強がっていても時間を無駄にするだけだよ。この学園の生徒は知らないんだろうねぇ。お前がまだ幼い頃から卑しく父や兄を……アルファを誘ういやらしいオメガだなんて」
「っ」
そんなことはしていないのに。
俺は何をしでかすかも分からない目の前にいる男への恐怖で、否定する言葉を紡ぐこともできなかった。
「着いてきてくれるね? 何。今日はちゃんと帰してあげるさ」
悔しさで唇を噛んで、血が滲み出た。
鉄の味が口の中に広がって、ゾワゾワと鳥肌が立つ。
そして俺は促されるままに、父親の車に乗り込んだ。
先輩の部屋に居候し始めてから割とすぐ、ベットの上で先輩の腕に抱かれて、始めてそう言われた時は心臓が高鳴りすぎて死んでしまうかもしれないと思ったほど嬉しかった。以来、「可愛い」だの「道を大切に思ってる」だのと言われ続けてそれはそれは幸せな日々を送っていた。
けれども、最初にお試しで付き合うことになったときに言っていた通りに、先輩はあくまでプラトニックな恋愛で居続けているので、俺は悶々と過ごしていた。
先輩のフェロモンの匂いを感じとることはできなくても、先輩が俺の洗濯物も一緒に洗ってくれて、服が全部先輩の匂いになるし、先輩と同じシャンプーとボディソープを使って体まで先輩の匂いになって、そのムラムラは止まることをしらない。
しかも、トイレで抜いてこようと思って立ち上がると「トイレか? 一緒に行こう」なんて言ってくるし、そして本当についてきたりもする。
先輩がそうやって俺に執着しているような態度を取る時、戸惑いつつも喜んでいる自分がいることに気がついて、その時はさすがに自分にドン引きした。
その日も学校が終わり、先輩が委員会の仕事をしている間に、1人帰宅していた。
プルルルル
スマホに着信があり、相手を確認すると義母さんだった。
「はい。もしもし」
『道っ、ごめん、さい、ごめんなさい』
電話越しに、義母さんの慌てた声での謝罪が聞こえ、一瞬にして緊張した。
「義母さん、ど、どうしたの? なんでそんなに謝ってるの?」
『し……、ぁ、白石さんに、あなたの居場所がバレてしまったかもしれないの』
「え……」
白石さんというのは、俺の父親の苗字だ。
被害者である俺を守るためというよりも、アルファである父や兄を俺という卑しいオメガから守るために、国は俺を比較的隔離していられるこの学園に入学させた。普通だったら俺の成績ではまず入学できない様な学園だ。名目上がどうであれ俺はその処置に救われ、今も安全に暮らしていた。もう書類上で俺は彼ら2人とは他人になっているけれど、アルファは時として気に入ったオメガを手に入れようと暴走する。
実の息子、実の弟相手に、手を出すクズな彼らも、国からすれば利用できる数少ないアルファなのだ。
『道……、道、逃げなさい。そこから』
「義母さん、もう無理だったみたい」
電話口から義母の息を飲む声が聞こえた。
そして、数メートル先には何年かぶりにみる父親の姿があった。
「久しぶりだね、道。大きくなったなぁ」
その温厚そうな見た目は何も変わっていなかった。
いや、多少シワなどが増えたかもしれないが、その柔らかな表情の下に隠した下卑た感情を俺は見逃したりはしなかった。
「よく俺のところに顔を出せましたね。俺に……、何をしたのかお忘れですか」
「ん? もちろん忘れてないよ。今日はそのことで話があってきたんだ」
半笑いでそう答えた父親は、息子として生まれた俺の気持ちなど何も考えてはいないのだろう。
俺はこうして父親と対峙するだけで、吐き気や震えを堪えるのに必死だというのに。
「俺は……あなたと話すことなんてありません。お引き取りください」
「道の意見は聞いていないなぁ。私が道に話があるんだよ。幼い頃、返事はきちんとしなさいと教えこんでやっただろう? あぁ、懐かしいな。昔話でもしようか……? 今ここで」
父親は、周りを見渡してそう言った。
俺たちの会話が聞こえる様な距離に生徒はいなかったが、それでも離れたところに数人、俺と同じ様に帰宅しようとしている生徒が歩いていた。
「道のことを調べさせたが、ベータとして通っているんだって?」
「そ、れが。なんですか」
「強がっていても時間を無駄にするだけだよ。この学園の生徒は知らないんだろうねぇ。お前がまだ幼い頃から卑しく父や兄を……アルファを誘ういやらしいオメガだなんて」
「っ」
そんなことはしていないのに。
俺は何をしでかすかも分からない目の前にいる男への恐怖で、否定する言葉を紡ぐこともできなかった。
「着いてきてくれるね? 何。今日はちゃんと帰してあげるさ」
悔しさで唇を噛んで、血が滲み出た。
鉄の味が口の中に広がって、ゾワゾワと鳥肌が立つ。
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