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第二章 波乱の軍事訓練前半戦
10 好き嫌い
しおりを挟む緑生い茂る並木道を抜けると、突然目の前に町並みが現れた。通り過ぎる車の音や人の賑やかな声が聞こえてきて、それまで静かだった世界に音が溢れて来る。宿舎の周りを林が囲んでいたので、今までは木々が外界の音を吸収してくれていたらしい。
彼女たちも食堂を目指していると聞き、流れで一緒に食事をすることになった。目当ての食堂は宿舎へ続く道のすぐ近くにあり、外看板に書かれている文字を読んだ謝桑陽が言った。
「ここも学生食堂なんですね」
「こっちは建築学部と美術学部の人たちがよく来てるみたいよ。今は夏休み中だから居ないけど」
すかさず鮑一蓮が詳しく教えてくれた。自然溢れる宿舎側は、静かで落ち着いているので両学部が授業をするのにとても良い環境らしい。そんな事情があり、この食堂を使う生徒は少し偏っているのだ。今はまだ夏休み中のため、利用しているのは軍事訓練で来ている学生か近場に住む一般客しか居ない。
「へぇ、詳しいんだね。こっちの子星も負けてないぜ。何せ、先輩から直々に教えてもらってるからな」
呉宇軒はわざと女子が苦手な呂子星を引き合いに出して話しかけた。話題に出された呂子星は堪ったものではなく、からかう呉宇軒に顔を引き攣らせて小声でやめろと訴える。
男子たちのくだらないやり取りは気にせず、鮑一蓮は笑って返した。
「奇遇ね、私も先輩から聞いたの。今は清香出版の編集長をやってるから、学校のことなら誰よりも詳しいわよ!」
「編集長が居るんですか? 本当に本格的なんですね」
取材を通してほんの少し打ち解けたらしく、気弱な謝桑陽は女子が苦手な誰かさんよりも自然に彼女と会話している。情報を集めるのも話すのも好きなのか、鮑一蓮は自身の所属する出版サークルについても喜んで教えてくれた。
大学のサークルにしては珍しく、清香出版は三年生全員が卒業するまで在籍する。出版社と同等の本格的な活動をするので、サークル活動はある種のインターンのようなものなのだ。
サークル発行の雑誌を見た大手出版社から在籍中に勧誘されることも多いらしい。就職に直結するからこそ、厳しい審査をクリアしないと入れない難関サークルと呼ばれていた。
「王茗の奴、マジで凄いんだな」
話を聞いた呉宇軒は感心してちらりと横を見た。彼女と腕を組んでのほほんと歩く姿からは全く想像もできないが、難関サークルに受かるほど優秀なようだ。
灰色がかった漆喰の壁が地味な食堂の中に入ると、迷彩服を着た学生がたくさん集まっていた。ガヤガヤと賑やかな彼らの後ろに並んでメニューを見た呉宇軒は、選択肢の少なさに驚いた。
いくつかセットはあるが、どれも似たり寄ったりの組み合わせで品数自体が少ないのだ。幸い王茗の苦手な辛い物は無かったが、逆に辛い物好きの李浩然は少し不満そうにしていた。
どれを選んでも中身がほぼ一緒なので、呉宇軒は適当に注文した。会計をしようとすると、李浩然がまとめて払ってくれる。
「どうしたんだ? 我儘のお詫びか?」
「お詫びではなくお礼だ」
「それじゃあ遠慮なく」
穏やかに微笑む幼馴染に笑顔を返し、トレーを持って四人席に着く。客は多いが良い感じに席が空いていたので、女子のグループと隣り合うことができた。四人席だと男子が一人余っていまうが、彼女にべったりな王茗が女子の側に座ったのですぐに解決する。
プロの腕前を持つ呉宇軒には一つ困った悩みがあった。外食先での食事がイマイチだと、つい自分ならこうするのにと考えてしまうのだ。ここの食堂の食事は全体的にそこそこの味だが、箸で半分に切ったシュウマイを口に入れた途端、思わず動きが止まってしまった。
生焼けではないが、皮が水っぽくべっちょりしている。多分、この水分はいっぺんに蒸して作り置きしたせいだ。一度に大量に作る学生食堂ではままある事だった。
僅かに顔を顰めるも、不味いという言葉はすんでの所で飲み込んだ。
ふと、舌の肥えた幼馴染は大丈夫だろうかと心配になった呉宇軒は、恐る恐る隣に視線をやった。同じく切り分けたシュウマイを口にした李浩然は、ほんの少し眉を寄せるとたちまち悲しそうな顔になる。やはり駄目だったようだ。
それから彼は何事もなかったように箸を下ろし、呉宇軒の皿に半分になったシュウマイをそっと置いた。
あまりにも自然な動きで行われた所業に唖然とする。
「こらっ! 好き嫌いするなって言ってるだろ!」
急に大きな声が聞こえてきて、向かいの席の呂子星と謝桑陽が驚いて視線を上げる。何事だと正面を見ると、呉宇軒が嫌がる幼馴染の口に無理矢理シュウマイを突っ込んでいるところだった。
呂子星は揉めている二人を見て怪訝な顔をして尋ねた。
「何してんだ?」
「こいつ、好き嫌いして俺の皿に押し付けてきたんだよ」
二人にそう説明して、渋々シュウマイを口に入れた幼馴染をジロリと睨む。
「ほら、結局お前の口に戻ってきた。悪いことしたらこうなるんだぞ!」
お説教をする口ぶりは、まるで好き嫌いをする子どもに言い聞かせる母親のようだ。
李浩然は不服そうな顔をして口の中のものをなんとか咀嚼しているが、向かいで全てを見ていたルームメイト二人は目の前で起きたことが信じられず、今の見たか?と互いに視線を交わした。
呉宇軒が幼馴染の口にシュウマイを突っ込んでいたまさにその時だ。手元が留守になっているのをいい事に、李浩然は二つ目のシュウマイを隣の皿にある半分のシュウマイと素早く入れ替えていたのだ。その箸捌きは見事なもので、幼馴染の説教をさも申し訳なさそうな顔で聞きながら、すり替えたことはおくびにも出さずしれっとしている。
説教を終えた呉宇軒が皿に目をやると、そこには当然ながら箸を入れる前の綺麗なシュウマイが二つあり、あれっ?と声を上げた。
「俺のシュウマイ、なんか復活してるんだけど!?」
「心霊現象だな」
動じる素振りもなく平然と返した李浩然に、呂子星と謝桑陽は目を見張った。真面目な優等生のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。表情には一切出さずに悪戯を完遂させた今の姿からは、初めて会った頃の落ち着いた物腰も、人を寄せ付けない厳しい雰囲気も全く感じられない。
「なるほど……って、そんな訳あるか!」
バレバレの嘘ではさすがに騙せるはずもなく、呉宇軒はこの上なく上品に半分のシュウマイを口に運ぶ幼馴染をジト目で見た。そして口に入る寸前に、これ見よがしに言った。
「素直にごめんなさいするなら、それも食べてやってもいいぞ」
ぴたり、李浩然の動きが止まる。彼は行儀悪く歯形のついた半分のシュウマイをそっと幼馴染の皿に置き、反省してますと言うように申し訳なさげに見た。
「やったな?」
「……やりました」
尋問すると、李浩然はしゅんとして素直に白状した。よほどこのシュウマイがお気に召さないらしい。
「君の手料理が恋しい」
「調子のいい奴だな。二週間の辛抱だから我慢しろよ」
ため息と共に吐き出された言葉に、文句を言いつつもつい頬が緩む。彼は幼馴染を喜ばせるのが本当に上手い。
しょうがないな、となんとか怒った顔を作り、呉宇軒は幼馴染に押し付けられたシュウマイを口に入れた。
ねっとりとした食感は確かに押し付けたくなるほど不味い。後でお詫びの品でも要求してやろうと、呉宇軒は口の中のものをお茶で無理矢理流し込んだ。
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