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波乱の軍事訓練前半戦
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しおりを挟む誰も割り込めないほど親密な幼馴染二人のやり取りを見ていた呂子星は、まだ食べ始めたばかりだと言うのに何故かお腹がいっぱいになったような気分で箸を置く。そして仲睦まじく見つめ合って話す二人からどうにか視線を外し、彼らに気付かれないようこっそりと隣の謝桑陽に耳打ちした。
「なあ、あいつらいつもああなのか?」
「そうみたいですね。動画ではよく見てたのですが、僕も生で見るのは初めてです。てっきりやらせかと思ってました」
「やらせ?」
謝桑陽は小さく笑うと、よく分かっていない呂子星に小声で説明した。
彼らの親密な行動は、主に男性アイドルがやるファンサービスの一つによく似ているのだ。わざと仲が良いところを見せつけ、特別な関係だと匂わせる事で元々の人気に相乗効果を生み、ファンを熱狂させるらしい。
呉宇軒はアイドルではないが、元々ネットでインフルエンサー寄りの活動をしていたので近いものがあった。
「普通は意図的にやるものなんですよ。でも、お二人はとても自然で……きっと普段から一緒にいるからでしょうね」
生まれてから今までずっと寝食を共にしてきた間柄ともなれば確かに頷ける話ではあったが、呂子星は釈然とせず首を傾げた。
あまり仲が良くないとはいえ姉が居るので、一緒に育った相手との距離感はよく分かっている。それなのに、目の前の二人のやり取りはどうも違って見えた。
兄弟と呼ぶには距離が近過ぎる。甘ったるいこの空気は一体何だ?と違和感の出所を必死に探るが、全くもって分からない。
げんなりしながら見ていると、視線に気付いた呉宇軒と目が合った。彼は訝しむように眉を顰め、置かれた箸を見て呂子星に呼びかけた。
「おい、箸が止まってるぞ。お前のも不味いのか? さすがに手伝わねぇからな」
「腹一杯なんだよ」
お前らのせいでな!と心の中で付け加える。それを聞いた呉宇軒は我儘を言う子どもを見るような目をして諭した。
「午後の講義の後、走り込みやるって言ってたぞ。ちゃんと食っとけ」
すっかり午後の訓練を失念していた呂子星は、仕方なくもそもそと食事を口に運ぶ。ちらりと隣を見ると、謝桑陽は目の前の光景を全く気にしていない様子で食べていた。
彼のことを気弱でおどおどした頼りない奴と思っていた呂子星は、その様子にほんの少しだけ見直した。
午後の講義は彼女と離れたがらない王茗の希望で、男女入り乱れて一緒に座ることになる。李浩然が悪さを企む幼馴染を端へ追いやったせいで、呂子星は高校の同級生だった王清玲と隣り合ってしまった。反対側には鮑一蓮が座り、女子に挟まれて居心地が悪い。
授業前の僅かな時間に王清玲が話しかけてきた。こんな時に限って遠くにいる呉宇軒は、資料を見て予習している幼馴染の後ろでニヤニヤしながら野次馬している。
「同じ高校だったよね。あなたもこの大学受けてたんだ」
「そ、そうみたいだな……」
意表を突かれた呂子星は緊張した面持ちで頷いた。在学中は一度も話したことがなかったので、認知されていたことに驚く。
姉から散々虐げられてきたせいか、どうしても気が強そうな女子には身構えてしまう。こんな時、呉宇軒ならヘラヘラ笑って冗談の一つや二つ飛ばしているだろうが、生憎呂子星は話しかけられただけで頭が真っ白で言葉が出てこない。
会話が続かず、二人の間にはすぐに気まずい沈黙が降りた。賑やかな講堂の中で、ここだけ重い空気が漂っている。
冷や汗を流しながら早く講義が始まれと祈っていると、呉宇軒から折り畳まれたノートの切れ端が飛んでくる。開くと紙には綺麗な字で『可愛いねって褒めろ』と書かれていた。アドバイスのつもりなのだろうが、お節介にも程がある。
余計なことをするルームメイトを睨もうとして顔を上げると、図らずも王清玲と目が合ってしまう。彼女は気難しく眉を寄せると、意を決した顔であの……と口を開いた。
「薄々気付いてるかもしれないけど……私、人と話すのがあまり得意じゃないの」
ずれた眼鏡をぎこちなく指で戻し、彼女は気まずそうに言った。成績優秀で完璧に見えた彼女にも苦手なことはあるようだ。
緊張していたのは自分だけではなかったと分かり、呂子星はほんの少しだけほっとする。
「実は俺も、その……女子と話すのが苦手で……」
勇気を出して打ち明けると、彼女は僅かに目を見開いて驚いた表情を浮かべた。お互いに緊張していたと分かり、先ほどまでの重苦しい空気がほんのちょっとだけ軽くなる。
「えっ……なんか意外ね。席代わろうか?」
「いや、大丈夫だ。そこまでじゃない」
気遣うように尋ねられ、呂子星は慌てて頭を振った。ツンと素っ気ないと思っていた彼女は話してみれば意外と優しく、苦手意識が僅かに和らぐ。
何か話題をと口を開きかけた呂子星の元へ、また紙屑が飛んできた。今度は『いい雰囲気だな。仲良くなるチャンスだぞ!』と書かれている。怪しい紙を不思議そうに見る王清玲の後ろで、投げてきた張本人がからかうような笑みを浮かべている。
「さっきからそれ、何なの?」
「馬鹿の戯言が飛んできただけだ」
苛立たしく顔を顰めると、呂子星は中を見られないうちに二つまとめてグシャリと握り潰した。呉宇軒はめげずに三枚目の紙を投げてきたが、途中で幼馴染に手で止められる。
目の前を紙がビュンビュン飛んでいたら怒るに決まっている。悪さをした呉宇軒がお叱りを受けているうちに午後の講義が始まった。
医学部や看護学部の生徒が一緒なので、救命活動についての講義はスムーズに行われた。目立ちたがりの呉宇軒が前に出て、AEDの使い方を見事に披露して喝采を浴びる。それからグループ毎に模型が配られ、心配蘇生のやり方を学ぶことになった。
人型の模型を相手に一人ずつ人工呼吸と心臓マッサージをしている最中、ひと目立ちしてご機嫌になった呉宇軒がこそこそしながら呂子星に耳打ちしてきた。
「子星、ちょっと浩然の気を逸らしてて」
「何やる気だよ」
「面白い事」
絶対ロクなことにならないと思いながらも、呂子星は彼の幼馴染に話しかけた。
心配蘇生の方法が書かれた紙を見せて質問するふりをしている間に、呉宇軒は模型を幼馴染の死角にこっそり隠す。何をするのかと思えば、さっきまで模型があった場所に寝そべって目を閉じた。
自分の番が来て振り返った李浩然は、人形のふりをする幼馴染を見て僅かに驚いた顔をして動きを止める。黙ったまましばらく見つめていたが、彼が微動だにしないと分かると人形の口を覆うためのビニールを幼馴染の口に被せ、そのまま覆い被さった。
優等生の突然の暴挙に衝撃が走る。女子たちは口を押さえてハラハラし、王茗は面白がって囃し立てた。
「ンーッ! ンンーッ!!」
周りがざわつく中、李浩然は暴れる幼馴染の鼻と口を抑えてふーっと息を吹き込んだ。バタバタと足をばたつかせて抵抗していた呉宇軒はたちまち動きを止め、ぐったりとして動かなくなる。
「まさか……本当にやったのか?」
ドン引きした呂子星が恐る恐る覗き込むと、呉宇軒はむくりと起き上がってビニールを外した。
「な訳ねぇだろ」
そう言って幼馴染とハイタッチする。二段構えのドッキリだったようだ。真面目な李浩然がやると洒落にならない。
「くだらない事しやがって」
怒った呂子星が肩を叩くも、呉宇軒は全く反省の色する様子もなく笑って聞き流した。そして、ついさっきまで咥えていたビニールをヒラヒラさせて幼馴染に声をかける。
「浩然、これ口つけちゃったから誰かの借りなよ。女子の借りたら間接キ……」
言い終わる前に、李浩然は幼馴染が使っていたビニールを素早く引ったくった。俺と間接キスしてどうするんだよ!と呆れた声は無視して、隠されていた模型を引っ張り戻すと手早く講習を済ませる。呉宇軒は幼馴染がせっかくのチャンスを無駄にしたと不満タラタラだったが、李浩然は涼しい顔で彼の説教を黙殺した。
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