真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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波乱の軍事訓練

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 彼女は王茗ワンミンを捕まえたままにっこりと笑うと、興味津々に周りを囲む恋人のルームメイトたちに鮑翠バオツェイと名乗った。動きやすいように髪をポニーテールにしていて、それがより快活そうな雰囲気になっている。

「初めまして、うちの宝貝バオベイがお世話になってるみたいね」

 彼女の登場でようやくしがみつく王茗ワンミンから解放された呂子星リューズーシンは、ほんの少し表情を強張らせて挨拶を返した。どうもいつもの彼らしくない。
 普段の口の悪さは鳴りを潜め、ぎこちないその姿に呉宇軒ウーユーシュェンはすぐにピンと来た。幼馴染を引っ張りながら緊張している呂子星リューズーシンの隣へ行き、こっそり耳打ちする。

「なあ、お前女の子苦手なのか?」

「……そんなんじゃねぇけど」

 返事をするまでに妙な間があった。それを聞いた呉宇軒ウーユーシュェンはますます確信を深め、玩具を見つけた子どものようにニヤリと笑う。
 皮肉屋子星ズーシンの意外な弱点発見だ。これで遊ばない手はない。

「けど? その割には随分緊張してるように見えるなぁ」

 ウザ絡みが始まり、呂子星リューズーシンは面倒なことになったと嫌な顔をする。よりによって一番厄介な人物に気付かれてしまった。
 徹底抗戦の構えを取ろうとしていると、またもや後ろからバタバタと走って来る音が聞こえてきた。今度は先ほどより人数が多く、振り返った呂子星リューズーシンは絶望の表情で固まった。
 駆けて来たのは女の子が二人で、呉宇軒ウーユーシュェンは彼女たちの顔を見るなりすぐに気が付いた。王清玲ワンチンリン鮑翠バオツェイの従姉妹だ。従姉妹の方とは初めて会うが、送られてきた写真で見ていたので顔見知りのような気分になる。

「ちょっと鮑翠バオツェイ、一人で行かないでよ!」

 鮑翠バオツェイの従姉妹は肩までの緩いウェーブのかかった髪を揺らしてやって来ると、俯いてほんの少し息を整えてから顔を上げた。大きな丸眼鏡がよく似合う可愛らしい顔立ちだ。

「従姉妹の鮑一蓮バオイーリェンよ! 初めまして」

 そう挨拶すると、なんと彼女はポケットから名刺入れを取り出してみんなに配り始めた。薄紅色の名刺には清香せいこう出版と彼女の名前が書かれている。
 仕事柄いくつか名刺を貰ったことのある呉宇軒ウーユーシュェンは、その出来栄えに感心した。丁寧な作りのそれは本物の出版社と遜色ない。

「わぁ、僕にまでありがとうございます」

「良いのよ。ところで、軒軒シュェンシュェンのアカウントで紹介されていたドール職人はどなた? ぜひ取材をしたいのだけど」

 呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオランは依頼する側で、王茗ワンミンのことは彼女を通して知っている。なので必然的に候補は二人に絞られた。
 俺じゃないぞ、と女子と関わりたくない呂子星リューズーシンが気配を殺してそっとけていく。
 名刺を貰って嬉しそうにしていた謝桑陽シエサンヤンは、『取材』の言葉にどきりとした。僅かな表情の変化に目敏く気付いた鮑一蓮バオイーリェンはキラリと目を光らせ、熱意溢れる眼差しで握手を求めて手を差し出した。

「お話聞かせて頂けるかしら? あなたの作品、うちの雑誌で紹介したいの!」

 怒涛の勢いで詰められ、気の弱い謝桑陽シエサンヤンはタジタジだ。そのまま彼女の熱意に押されて後退りするも、鮑一蓮バオイーリェンは握手した手をしっかり掴んで離さない。どうやら記者魂に火がついてしまったようだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンは押し込み取材に遭ってみんなからどんどん離れていく謝桑陽シエサンヤンを笑顔で見送ると、手持ち無沙汰について来ていた王清玲ワンチンリンに話しかけた。

「わざわざ俺に会いに来てくれたのか?」

 尋ねると、彼女は眼鏡の奥の目をすっと細めて軽蔑の眼差しを向けてきた。ここに居るのは不本意と言わんばかりの顔だ。

鮑翠バオツェイの付き合いに決まってるでしょ! それより、貴方たちどうして手を繋いでるの?」

 恋人繋ぎで手をぶらぶらさせている可笑しな二人を見て、彼女はいぶかしげな顔をした。事情を知らない人が見れば不思議に思うのも当然だ。
 もっともな質問に、呉宇軒ウーユーシュェンは笑って答えた。

「後ろの子たちにちょっとしたファンサービスだよ。でもそろそろ良いかな。浩然ハオラン?」

 ほどこうと力を緩めるも、どうしたことか李浩然リーハオランは手をがっちり掴んで離さない。
 呉宇軒ウーユーシュェンは可笑しいなと首を傾げ、手を開いたまま大きく振ったり引っ張ったりした。ところが幼馴染は彼の手をしっかりと掴んだまま一切力を緩めず、おまけに視線を合わせようとすらしない。

浩然ハオラン! なあ、聞いてるのか? そろそろ離してって……おい! 無視すんな!」

 急に耳が遠くなった幼馴染にため息を吐く。幼い頃から都合が悪くなるといつもこれだ。どうやら小さな然然ランランはまだ健在らしい。
 指が絡んでいるせいで力尽くで振り解けないので、呉宇軒ウーユーシュェンは諦めて口を開いた。

「分かったよ。好きなだけそうしてて良い!」

 そう言うと、聞こえないふりをしていた幼馴染とようやく目が合う。

「本当に良いのか?」

「おっと、急に耳が良くなったみたいだな。飯屋に着いたら離せよ? お前が食べさせてくれるならこのままでも良いけど」

 ちくりと嫌味を言うも全く効果は無いようで、李浩然リーハオランはとても重要な案件が来たと言わんばかりに真剣な顔をして幼馴染の提案を検討し始めた。
 子どもの頃はよくお互いに食事を食べさせ合っていたが、さすがにこの歳でそれをやるのは風邪で弱った時くらいだ。冗談を本気にする幼馴染に呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて前言撤回した。

「待った、今の無し! 無しだってば! これ以上の我儘は許さないからな! そんな顔したって駄目!」

 酷く落胆した顔で見てくる李浩然リーハオランから目を逸らし、明後日の方へ視線を向ける。我儘を押し通したい時に彼がやるお決まりの手口だが、呉宇軒ウーユーシュェンはいつもこれに引っ掛かってしまっていた。そのせいで、じっと見つめていればそのうち折れると味を占めているのだ。

「貴方たちって仲が良いのね……」

 二人のやり取りを見ていた王清玲ワンチンリンはどこか呆れたように言った。
 恥ずかしげもなく微笑んで頷いた李浩然リーハオランに目で訴えたが、今度は見えないふりをされた。いつの間にかすっかり彼のペースに巻き込まれている。
 実のところ、誰彼構わず派手に暴れ回る呉宇軒ウーユーシュェンよりも幼馴染の我儘の方がずっと質が悪かった。何故なら彼の我儘は幼馴染ただ一人を狙い撃ちして、他には一切被害が出ないからだ。お陰で野次馬は現れても止める人は現れず、彼の独壇場になる。

「全く、大した奴だよ。この俺をやり込められるのはお前くらいだぞ」

 幼馴染の得意げな目に、調子に乗るなよと肩を押す。呉宇軒ウーユーシュェンは彼の我儘に対抗しても勝てた試しがないので早々に諦め、楽しそうだしまあ良いか、と結局許してしまう自分に苦笑を漏らした。
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