踊るオデット

ななはら

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拗れ 3

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おかしな噂が流れ始めたのは、その翌日のことだった。

オデットが街に出掛けると、エドワードとエミリーの噂で持ちきりになっている。

「オデットを馬鹿にしてる」

と憤慨してくれる友人にオデットは曖昧に返すほかなかった。
先にエドワードを騙すような真似をしたのはオデットだ。
けれど、言えるわけもない。




ここ数日のエドワードは仕事に加えて祭りの準備にと忙しいらしく、朝早くに出掛けてしまうし、帰宅は深夜だ。
利用されやすいエドワードは、大した謝礼も貰えないくせに、色々な雑用を引き受けているらしい。

今朝もまた、鶏が鳴いたばかりだというのに、エドワードはベッドを抜け出していた。

「もう出掛けるの?」
「…オデット」

オデットは寝巻きのまま、玄関の取っ手に手をかけていたエドワードを呼び止める。
エドワードは申し訳なさそうにふりかえった。

「おはようオデット。ごめん、起こしちゃった?」
「ううん」
「朝食用意してるから」

ちら、と見たキッチンには、オデットの好きなベーグルサンドが置いてある。

「…ありがとう」
「それじゃあ、行って来るね」
「ねえ、エドワード」
「ん?」
「今日は、帰りは早い?」
「ん。どうかな。早く帰れるようにはしたいけど」
「孤児院の…お芝居は順調なの?」
「うん。皆とっても練習を頑張ってる、可愛いよ」
「へえ。それって何時から?」
「見に来てくれるの…?」

エドワードは心底驚いたように、けれどとても嬉しそうに言った。

「夕方からあるんだ。すごく良いお話だから、オデットも楽しめるよ」

エドワードの生き生きした表情に、オデットもつられて口の端があがる。

「じゃあ、行くわ。朗読劇なんて子供の時ぶりだもの」
「…オデットが来るなんて、子供たちすっごく喜ぶだろうな。僕の奥さんだって言っても、ぜんぜん信じてくれなくて」
「まあ」
「衣装もエミリーがとっても凝ったものを作ってくれて、すごいんだよ」
「そ、そうなの」
「うん、彼女は天才だよ…その分人遣いが荒いけど」

やっぱり、このところはずっとエミリーと一緒にいるのか。
そう思ったとたん、オデットは笑顔を作れなくなる。

「ねえ、そろそろ行かなくていいの?」
「あ、そうだった。じゃあ行って来ます」

エドワードは慌てて家を飛び出した。


オデットはひとりぽっちの朝食を終えて食器を片付けてから決意する。

やっぱり、あの服をプレゼントしよう。

そうして、少しでも距離が縮まったらならいいな、と思った。




「仕事?」
「そうよ、なにかいい仕事はないかしら?」
「とうとう文無しになったのか」

パン屋の仕事を終えて、オデットは真直ぐにルドルフの屋敷を訪れた。
ルドルフの家は貿易業に加え、飲食店の経営にも最近手をだしはじめた。彼ならいくらでも仕事をくれそうだと思ったのだ。

「いくら入用なんだ?」
「…えっと、あのね。短期間でいいの、服が欲しくて」
「なんだ、服なんて。オレが買ってやろうか?」

ルドルフがにこりと微笑む。

「いいわよ。あなたに買ってもらう義理なんてないし」
「友達じゃないか」
「…だって、エドワードの服だし」
「はあ?エドワードの?なんで君が」
「…聖夜祭くらい、きちんとした服が必要でしょ」
「なにを今更」

ルドルフは頭まで覆ってしまうほど大きな革張りの椅子に腰掛けたまま、立ったままのオデットを見上げる。

「あいつはいっつも適当な服着て満足してる。オデットが働いてまで買う必要なんてないだろ」

それとも、とルドルフは顔をしかめる。

「…本当にあいつに惚れたのか?」
「私が?そんな訳ないでしょ」

オデットは即座に否定した。我ながらよくもこんなに冷たい声が出せるものだ。
ルドルフはすんなり騙される。

「そうだよな。あんな男と一緒にいて楽しいなんて、エミリーくらいのもんだ」

昨日の光景を思い出して、オデットはちくりと心臓を傷める。
それを気取られないように、腕を組みなおした。

「で、仕事はあるの?ないなら他所をあたるわ」

ボロが出る前に帰ろう。
そう思っていると、ルドルフが「なあ」とつぶやく。

「…オデット。あの賭け無効にしてやろうか?」
「え」
「結婚のことだよ」

ルドルフが立ち上がる。
これから仕事で出掛けるらしく、群青色のスーツに、きちんと髪まであげていた。
ルドルフが女性にモテるのもよく分かる。父親譲りの商才に巧みな話術、くわえてこのルックスだ。

「まさか、本当にあんな賭けであいつと結婚するなんて思わなかったんだ」
「…ポーカーでは嘘をついちゃいけない、誓約じゃない」
「じゃあ、あの時君が勝ってたら、オレと結婚してたのか?」
「もちろんよ」

ルドルフが顔をゆがめる。

「そうか」

そうして、手をそっとオデットの頬に添えた。

「負ければ良かったよ」
「ルドルフ」
「オデット。あいつと別れる気は本当にないのか?あいつと一緒に帰るところなんて…もう見てられない」
「…賭けを無効にしてくれるの?」
「オデットが望むなら」

エドワードと別れる?
そんなの嫌だ。

「馬鹿にしないで。賭けは守るし、自分で決めたことよ。エドワードと別れるくらい、自分で出来るわ」

オデットはルドルフから離れて、彼をにらみ上げる。
ルドルフはふう、と息をはく。

「わかった…仕事、用意しておくよ。午後にもう一度来てくれ」
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