踊るオデット

ななはら

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拗れ 4

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聖夜祭を明日に控えた夜。
エドワードはエミリーの仕事部屋で黙々と針を動かしていた。
そしてようやく、最後の1つを机に置いた。

「エミリー、終わったよ」

視界がぼやける。
目を強く閉じてから、片手で左右の目尻を押さえた。
数時間も同じ体制で縫い続けていたせいだろうか。手元がよく見えなくなっていた。

「お疲れ様!」

ミシンに向かっていたエミリーが振り返った。
エドワードは両腕を思いっきり上へ伸ばす。

「リボンを付けるのって難しいんだね」

肩も首も、ばきばきに凝り固まっていた。
縫い終わった衣装を点検しながら、エミリーはうなずく。

「でしょ?」
「しばらくはリボンを見ただけで胸焼けがしそうだよ」
「はは、けど結構上手いよ。見込みはある」
「ありがとう」

エドワードが時計を確認すると、もうすぐ真夜中になろうとしていた。
まずい。オデットに朗読劇のチケットを渡していない。
早く帰ろうと、上着を手に立ち上がる。

「じゃあエミリー、また明日」
「あ、ちょっと待って」

エミリーに袖を引っ張られて振り返る。

「これ」

エミリーが、黒い布に包まれた大きな物体を差し出す。

「なに?」
「明日の、あんたの服」
「え」
「こないだ着てくれるって言ったでしょ。私なんかの手作りで悪いけどさ」
「そんな、嬉しいよ…開けて良い?」
「うん、着て見せてよ。あってなかったら、丈も合わせるから」

エドワードは言葉に甘えて別室を借りた。

着慣れたくたくたの服を脱いで、真新しい硬い布に腕を通す。
糊の効いたシャツは肌に心地よく、首までボタンを閉めると心まで変わるようだった。
大腿まで届く上着は、シックなアイボリーブラックで、生地は厚く、光沢のある裏地も丁寧な仕上がりだ。
エドワードでさえ、一見して上等な品だとわかる。
ここ数日で、裁縫の難しさ知ったエドワードは、エミリーの技術に感心した。

「エミリー、どうだろう」

エドワードが姿を見せると、エミリーは嬉しそうに何度も首をたてにふった。

「いいよ、予想どおり!ああでも、ちょっと調整させて」

エミリーは足元にしゃがんで、裾を直し始めた。

「いいね。なんだか‘どっかの貴公子’って感じだよ」
「笑いながら言われてもなあ」
「あはは。ほんとだってば。ああそうだ、明日はあんたの髪も整えるから、早めに来てね」

エドワードはわかった、と頷く。
その時だった。

「こんばんは」

ゆっくりと店の戸口を押し開けて、ルドルフが入ってきた。

「ルドルフ?」

なんでこんな時間に、とエミリーが不審そうに立ち上がる。
ルドルフは礼服のエドワードを見て軽く口笛を吹いた。

「いい服だ」
「ルドルフ、どうしたの」

エドワードとエミリーを交互に見て、ルドルフは笑う。

「お前らの噂を聞いて、真相を確かめにきた。本当だったんだな」
「ルドルフ、それは誤解だ。僕たちはそんな関係じゃない」
「こんな真夜中にふたりきりで着せ替えっこをしてるのに?」
「聖夜祭の準備だよ。さっきまでシスターもいた」
「そうか。まあどうだろうとオデットは気にしないだろうけどな」

ルドルフは近くの丸い椅子に腰掛ける。そうしてエドワードを見上げた。

「エドワード、すまない」
「…なんのこと?」

謝られる理由がわからなかった。
ルドルフは深刻そうに息を吸って、静かに吐き出す。

「オデットのことだ」
「オデット?」
「実は…オレとの賭けだったんだよ」
「賭け?」
「そうだ。ポーカーで負けたらお前と結婚するって。まあ…罰ゲームだ」
「罰、ゲーム」
「知ってるだろ?ポーカーはオデットの十八番だ。それで負けるなんて考えてもなかったんだろうな」

急速に記憶が蘇る。
オデットが自分に結婚を申し込んできた朝、確か彼女はとても酔っていた。

「その上お前を落とせないなんて、プライドが許さなかったんだろうな」

だから、断ろうとした自分に、あんなにも迫ったのだろうか。
ねじ伏せるようにベッドに押し付けた、オデットの細腕が思い出される。

「―それって本当?」

エミリーがルドルフを見下ろす。ルドルフは「ああ」と薄笑いを浮かべた。

「事実だ」

エミリーは眉を寄せる。

「最低」

嫌悪もあらわに、エミリーは拳を握る。

「オデット…ちょっと気が強いけど、良い子だと思ってたのに…さすがにひどすぎるよ」
「だよな」

ルドルフは椅子から立ち上がってエドワードに歩み寄った。慣れた手つきで、エドワードの曲がったネクタイを結び直す。

「エドワード…友達が騙されてるのを見るのはオレも辛い」
「ルドルフ…」
「それに、オレにはゲームをけしかけた責任もある。だからルールを破って教えにきたんだ。あの高飛車に振り回されるのは見てられない…振られる前にお前から振ってやれよ」

オデットを僕が振る?
本意ではない結婚をさせてしまったのなら、そうするのが一番だ。
そう。エドワードが彼女の遊びを勘違いしてしまったのが原因なら。

「お互い、合ってないのはわかってるんだろ?」

ルドルフは美しく結び直したネクタイから満足そうに手を離した。
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