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六章 決別

十.義成外伝 〜友、分かつ時〜〔一〕

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 狭霧の嫡子は、長の嵩羅たからの死の翌年に生まれた。
母親は嵩羅の従妹である沙音さね
その子を取り上げたのは、遠縁であり、養子として嵩羅の兄となっていた嵩暁たかあきら

沙音は日頃から義姉の由羅にこき使われ、いびられ、男に充てがわれていた。

姉は、ずっと嫡子を産む事に固執していた…。
それなのに、蔑んでいる従妹が嫡子を産んだなどと姉に知られたら母子共に殺される…。

 そう思ったから、嵩暁あにに来てもらって〝封〟を施して貰ったのだ。
子供の髪と目の色…そして、自分の髪の色も黒に。
子供の髪の色は黒くなったが、目の色は何かの反作用らしく金色になった。
名前は、〝焔羅ほむらに〟と死の間際に嵩羅が言い残したので、そう付けたかったのだが…それは真のいみなとして隠し、〝義王丸ぎおうまる〟とした。
そして、殺されないように今川氏親の子だという事にした。


 義王丸は今川館の中の〝不知火からの人質〟が暮らす館の一室で育てられた。
4畳程の小部屋で、沙音は愛情をもって義王丸を育てた。



 一五三〇年。
義王丸が五歳の時に、新たな不知火の人質である陽炎が連れて来られた。
一歳年上の六歳で、左目だけが藍色の瞳だった。
「義王、お友達の陽炎よ。仲良くしてあげてね」
そう母が紹介したので、義王丸は立ち上がって陽炎に手を差し出して笑う。
「わたしは義王丸だ、よろしくな」
「………」
返答はなく、陽炎は無表情だった。
〝友〟だと紹介されても、陽炎は〝人質〟として来ているのだ…笑える筈もない。
〈無愛想…〉
つんと横を向いている陽炎を見ながら、義王丸は苦笑した。
そして、どうすれば仲良くなれるかを考えながら寝る事にした。


 翌日。
義王丸は紙と硯箱すずりばこを手に、陽炎のいる部屋を訪ねた。
すると陽炎は庭で槍を振るっていた。
小さな体で5尺程(おおよそ150cm)あろう槍を握り、振り回して使っている。
〈…すごいな…〉
そう感心して見ていると、陽炎が突っ立っている義王丸に気付いて止まる。
「あんた…」
「義王丸だ。かげろう、文字は習ったか?」
「なんだ唐突に」
「名を書けるか? どんな字か知りたくて。わたしは今、色々と母上から習っている最中なんだ」
そう言い義王丸は文机の上に紙と硯箱を置いて、書く準備をする。
「そりゃあ、自分の名くらいなら…」
「では書いてくれよ!」
そう笑顔で言い、義王丸は自分の名前をまず書いて見せた。
「義に王に丸で義王丸だ、さあ!」
そう言って義王丸は陽炎に筆の柄を向ける。
「………ふぅ」
陽炎は観念して座敷に上がって槍を立て掛け、義王丸から筆を受け取って、墨を付けて止まる。
〈名…〉
父の羽隆が教えてくれた名は、苗字があるのを思い出して、陽炎はそれを書く事にする。
その文字を側で見ていた義王丸は首を傾げる。
「ぎば? よしはね?」
「よしば、だ。義羽陽炎…」
陽炎は初めての名乗りに、照れながら言う。すると義王丸は笑って言う。
「いいなぁ! 太陽の炎! カッコいいなぁ…」
「そ、そうか…?」
「苗字もカッコいいなー…わたしも欲しいな…」
「今川じゃないのか?」
陽炎が聞くと、義王丸はしょんぼりとする。
「前に、今川義王丸と書いたら怒られたから、違うんだと思う…」
「母御に怒られたのか?」
「ううん。おば…いや、〝母上の姉君〟に…お前如きが使うな!って…」
「母御は…一族か?」
「よく知らないらしい。だからわたしも一族かどうかは分からなくて…」
「そうか…」
どう言えばいいか分からなくて黙っていると、義王丸は気を取り直して違う紙を出す。
「さ、次は国の名前を書こう!」
そう明るく言う義王丸を見て、陽炎もつられて笑う。
「ああ、分かった」
その日から、二人は親友となった。

 朝起きたら互いを訪ね、共に勉学に励み、共に修行をして、共に飯を食べた。

ただ一つだけ陽炎が気を遣うのが、朝餉を共にとる義王丸の母親の存在だった。
義王丸はいつも楽しげに母親と話をしている。
〈……母親か…〉
陽炎の母親は、陽炎を産んですぐに死んでしまったのだ、と父から聞いていた。
どんな人かと尋ねると、中々気が強くてしっかり者の、姉さん女房的な女だった……と、叔父達が言っていた。
〈きっと、吊り目の女だったんだろうな…〉
父親が普通の目だから、自分は母親に似ているに違いないのだ。
そんな事を考えていると、沙音に話し掛けられる。
「陽炎、義王丸とお友達になってくれてありがとう。何か不自由は無い?」
「べ、別に…」
「必要な物とか欲しい物があったら、遠慮なく言ってね?」
「………」
そう言われても、陽炎はどう答えたらいいか分からずに、ただ飯を食べた。
大人の女と接する事が余り無かったので、どう言えばいいかも分からなかったのだ。
陽炎を主に育てたのは父の羽隆だった。
二人で暮らし、乳は一族の誰かが与えに来ていたらしい。
そこには、叔父の清修と清隆が来たので、修行を付けてもらったりもした。
〈そういえば、あいつらどうしたかな…〉
清修がよく連れてきていた従姉妹で、同じ年のあずさと、二つ年下のえらみと、ここに来る前に見た、生まれたばかりの菊乃きくの…。
〝女〟といえば、その3人しか思い付かない。
しかも、よく会っていた梓は男勝りで強かったので、手合わせをしたり共に修行をしたりしていたものだ…。
〈女…女って、何を喋ればいいんだ…?〉
黙ってしまったのを見て、沙音は〝照れて何を言っていいのか分からないのだ〟と察し、見守る事にした。

羽隆の方はというと、五日に一度は弟二人と共に今川館に来ていた。
まだ羽隆の兄である修隆が、ここに質として暮らしているからだ。
羽隆は兄に会った後に、一人で陽炎に会いに来る。
「…済まんな」
質に来て初めて聞く言葉が、質として来る前に聞いた物と全く同じだったので、陽炎は目を丸くしてから笑う。
「あはは!父上…来るときと同じって、そりゃないでしょ!」
そう言われて羽隆も気が付いたようで苦笑する。
「いや、うむ…息災だったか?」
「はい。友が出来ました」
「そうか、それは良かったな」
そう言い微笑してから、羽隆は言葉に詰まる。
息子が質となっていても、迎えに来られるのはその弟のみ…。
まだ相手も見付けられていない羽隆に出来る事は何も無いので罪悪感しかないのだ。
しょんぼりとする父を見て、陽炎は苦笑して茶を入れる。
「父上は変わらないですね。はい、どうぞ」
「ん、済まん。…お前の事は、兄上にも頼んであるので、何か困ったりしたら兄の修隆おさたかを訪ねなさい」
「…はい」
「その…なるべく早く、嫡子を作る故……」
「はい。それより父上、色々な漢字を教えて下さい。友と共に書きたいので……あ、ここに書いておいて下されば、見本に出来ますから」
そう言い陽炎は束ねたばかりの草子を出した。
「何を書けば良いのだ?」
「えぇと…難しい国の名前とか、物の名前とか?」
「分かった」
そう言って笑い、羽隆は墨をする。

一方の義王丸は、突然やってきた片無かたむに連れ出されて知らない森にいた。
「あの…ここは…?」
「館の側の森だ。モシリ!これが沙音の息子だ。見てやれ」
片無がそう言うと、茂みから片無の次男のモシリが現れてじっと義王丸を見下ろす。
「イヤポ…これが、本当に?」
「ああ。由羅は知らぬ故、言うなよ」
「承知しました」
モシリが頭を下げると、片無はどこかに行ってしまう。
義王丸は訳が分からないまま、聞く。
「あの、館から出てはならないので、戻りたいのですが…」
「沙音がそう言ったのか」
「はい。ですから…」
「問題ない。沙音には伝える。これから毎日、私が迎えに行き稽古を付けてやるので、お前はきちんと技を磨け」
「剣術の修行ですか?」
「然り。体術と…術の基礎はどうするかまだ決まっておらぬが…まあ、何とかなるだろう。お前の刀はこれだ」
そう言いモシリは太刀を手渡す。義王丸の身長に合わせた太刀だった。
「さあ、構えろ」
「あ、あの!」
「ん?」
「出来れば、共に修行をしたい者が居るのですが、駄目ですか?」
「共に…まさか、不知火の…」
「名は陽炎で、私の友でもあります」
「………」
即答は出来兼ねた。モシリは顎に手を掛けて考える。
〈確か、拓須殿は陽炎がこの嫡子を守る存在になると言っていたな…それならば、強い方が良かろう〉
そう考えてから
「修行をして良いかは先程のイヤ…片無かたむ様に聞いておいてやるので、明日以降にな。今はお前の実力を見る」
「は、はい」
答えて義王丸は刀を抜いて構えた。

 翌日。
義王丸は陽炎と共にモシリから修行を受けた後に、字を書いて過ごしていた。
そこに叔父の清修が訪ねてきた。
「あ…わたしは戻っていようか?」
義王丸が気を遣って言うと、清修がそれを止めた。
「気にせずに書いているといい。邪魔をしに来たのはこちらなのだからな」
そう気さくに笑って言い、座る。
「どうだ、慣れたか?」
清修は笑いながら言い、陽炎の頭をくしゃくしゃと撫でる。
陽炎は照れながらその手をどけた。
「はい、大丈夫ですよ。父上も叔父上も心配し過ぎなのです」
「そうは言ってもな…敵の中に幼子おさなごだけというのは気が引ける。…どうやら、指南を受けているようだが…どうだ?」
「厳しいですが、きちんと教えて下さいますよ。教え方は叔父上よりも上手いかも」
「こいつ!口だけ達者になってきたな…」
そう言って陽炎にデコピンをしてから義王丸を見て言う。
「義王丸、これからも陽炎を頼むな」
「え?あ、はい…」
答えながら義王丸は戸惑う。
名乗った覚えが無いのに名を知られている事に戸惑ったのだ。
「さて…退散ついでに兄の顔を見に行くので、お前も顔合わせくらいはしておいた方が良かろう?」
「え?」
「陽炎を借りていくぞ。ほら」
「え?えー?ま、待って下さいよ…まだ心の準備が…」
「甘えた事をぬかすな。行くぞ」
修隆と対面するのは初めてで、陽炎は緊張しながら清修の後に続いた。


「兄者、陽炎を連れてきたぞ」
「陽炎を…?」
草子を読んでいた修隆は本を置いて振り向く。
清修は草履を脱いで座敷に上がり、陽炎に対して来るように頷く。
陽炎は戸惑いながらも草履を脱いで上がり、座る。
「…羽隆が長子、陽炎、です。…よしなに…」
頭を下げて言うと修隆は優しく微笑んで頷く。
「うむ。隆羽たかはねが長子、修隆だ。お主の伯父で、同類だ…よしなにな」
「は、はい、いえ、あの…」
「兄者…そんな言い方では返答に迷うでしょうが」
「はは、すまんすまん。…困った事があれば、力になる故…何でも言ってくれ」
そう言い笑う伯父は、とても頼もしかった。

二人共、日に一度の日課がそれぞれに出来た。
義王丸は母の沙音に会いに行く事。
陽炎は、同じく質としてここに居る修隆に会いに行く事。

そして、共に修行をする事。

5日後には、烏帽子を被り、直垂を着た如師もとつかさ貴陬たかすみが義王丸と陽炎の下にやってくる。
「…まあ、ええやろ。やりよし」
如師もとつかさが扇で口元を隠しながら二人を見下ろして言い、行ってしまう。
貴陬たかすみは頷いて二人を見る。
「我が名は貴陬。これよりお前達の霊術の師となる。…参れ」
そうして、霊術の師も得た。

 ある日、ふと陽炎は義王丸の付けている変わった鉢巻きが気になって聞いてみた。
「それ…帯か?」
「ん? ああ、この鉢巻きか」
聞くと、陽炎は頷く。
「初めて会った時から付けているが……」
「母上が布と水晶と紐で、作って下さったんだ。私の目は金色だろう? それを」
「黄色じゃなかったのか」
「金色、な? それで、余りに気にして隠してたら、作って下さったんだ。〝気になるなら、これで両目を隠しなさい〟って。邪魔になったら鉢巻きにすればいいから、と…」
そう言う義王丸の顔は穏やかで、嬉しそうだった。
〈……その気持ちは、分かるな〉
かくいう自分も、人間と接するようになってから、前髪を伸ばして隠すようになっていたからだ。



何年も過ぎた頃(一五三六年八月)、突然沙音が今川義元に殺された。

不義密通をした…という理由で殺されて地中に埋められた。
「母上!!」
泣き叫ぶ義王丸を修隆が運んで部屋で慰めた。
「なんで殺されたの?!何故 母上を…何をしたの!!?」
啼泣ていきゅうしながら修隆に言う。修隆はただ、抱き締めていた。
沙音の裏切りは、羽隆の裏切りでもある…。
修隆と陽炎も、同時に羽隆に裏切られたのだ。
羽隆が人間を主君とし、沙音と不義密通の子を成して過ごしている…。
「叔父御…」
陽炎が不安になって修隆の着物の袖を掴むと、サラリと長い白茶の髪が見えた。
次の瞬間、義王丸が気を失う。
修隆と陽炎が見上げると、そこには拓須がいた。
「…沙音は、羽隆が連れて行った。此奴の母は、由羅だ。案ずるな」
「…?!」
何の話か全く分からない。
すると、修隆が義王丸を守るように抱き締めながら問う。
「…それは、いかな意味か?」
「そのままだ。義王丸の母親は由羅…〝良い〟な?」
強調して言い、面倒なので術を掛けた。
陽炎はコクリと頷き、義王丸と共に歩いていく。
すると、修隆が拓須に尋ねる。
「それが、狭霧の判断か?」
「ほう、掛からなかったか。珍しいな」
感心して言う振りをして、実は腹を立てているな、というのが分かる言葉だった。
修隆は苦笑して言う。
「私の力が術を弾く物なので、そうさせて貰った。…わざわざ狭霧の導師を煩わせはしない」
「…そうか。是、だ…後の、狭霧の為に…な」
そう言い拓須が消えると、修隆はふぅーと溜め息を漏らす。
術に掛からなかったのが気に食わなかったのか、煩わしいのか、威圧感が半端なかったのだ。
〈…後の狭霧……では、もしや生まれたという羽隆の嫡男と関係があるのか…?〉
そう考え、ふと掟を思い出した。
長男は、嫡男が連れ戻すーーー
〈…この場合は…甥を待つのか…?〉
考えてすぐに打ち消して苦笑する。
自分にとって、〝嫡男〟は羽隆しかいない。
追放されていても何でも、羽隆だけが自分を迎えに来れる存在なのだーーー。

それから二人は何事もなく日常に戻った。


一五三九年。
陽炎(十五歳)の下に、清修がやってきた。
「陽炎! お前の弟だ!」
突然 赤子を眼前に差し出され、陽炎は目を丸くしながらも抱いてやる。
「叔父上、コレが嫡子…?」
「髪が黒かろう…嫡男は、尾張の春日井辺りに住んでいる頭領の下に居るらしい。それは別の弟の…」
清修が言い終わらぬ内に、陽炎はその弟を義王丸(十四歳)と共にあやす。
「うわぁ、生まれたてなんて初めて見るなぁ…手がちぃさ…」
義王丸が指を近付けると赤子が小さな手で握り返した。
「握った!」
「叔父上、この子の名は?」
陽炎が聞くと、清修はムスッたれながら言う。
「疾風、と言っていた」
「………」
その返事と態度から、陽炎は嫌な予感がして聞く。
「叔父上…もしや、さらってきました?」
「そいつは裏切りの証だぞ?! 普通は殺すだろう!?」
清修が子供相手にそう叫ぶように言うと、二人はじっと睨むように清修を見てから、赤子を見る。
「こんなに可愛いのに」
「俺の弟なのにな…お前は叔父上と同じ立場なのにな」
陽炎がそう言うと、清修はぐっと息詰まる。
「だがな、そいつは…」
「生まれてすぐに殺されるなんて…悲しいな」
「こいつは何も悪くないのに…」
義王丸と陽炎が言うと、清修は溜め息をついて言う。
「分かった! …とりあえず、生かしておくから、そんな恨み言を言うな」
そう清修が言うと、二人は喜んで赤子を真ん中に勉学に勤しんだ。
清修も、甥の陽炎には弱いのだ。

疾風は、とりあえず清修が育てる事とした。
それでは不安なので、陽炎は修隆にも頼んでおいた。


それと同時に、陽炎は不安に駆られた。
この叔父ならば、もしかしたら嫡子すら殺してしまうのではあるまいか?

そんな不安にーーー。



 気付いたら、尾張まで来ていた。

嫡子は無事なのか?

ちゃんと育っているのか?

村の噂で怪しい森があるので、そこに覗きに行った。
〈一目、見るだけならいいよな…?〉
こちらからの接触は許されていない…。
だから、伯父も動かなかったのだ。
「余り遠くに行かないでね」
「はーい」
そんな会話の後、小さな子供が駆け出してきた。
銀鼠色の髪、藍色の目…間違いない、嫡子だ。
〈あれが…翔隆…〉
何かの虫を追い掛けて捕まえ、じっと見ている。
〈まさか口に入れる気じゃ…〉
よく梓や菊乃は分からない木の実を口にしていた…。
などと考えていると、突然転んでこっちに転がってきたので受け止める。
「…っ。け…怪我は無いか…」
起こして聞くと、翔隆はにこぉと笑って言う。
「遊ぶ?」
「え?」
「こっちこっち」
そう言い翔隆は陽炎の指を握って歩き出す。
「待て、少しは見知らぬ相手に警戒を…」
「ほらここ、巣があるの」
そう言い見上げる木のうろに、梟がいた。
「子供がね、落ちてたからととさまが入れてあげたの。おっきくなったよ」
「…そうか」
「こっちこっち」
また翔隆は歩いて水溜まりに案内する。
「カエルがね、アシ生えたの。ほら」
「…おたまじゃくしな…カエルの子だ」
「このままきっと歩いていくの。ふふふ」
そう言い翔隆は笑う。
陽炎は、足の生えたおたまじゃくしがそのまま二足歩行で歩き出す想像をして、思わず笑った。
「あはは! お前…きっと父上に似たんだな…」
「?」
翔隆は分からずに陽炎を見上げる。
陽炎はじっと翔隆を見た。
「…そのまま、育つといい…」
陽炎はそう言い、ちらりと後ろに目を向ける。
翔隆の目に、誰かの姿が映ったからだ。
多分、自分を見張っているのだろうが、何もしては来ない。
姿を確認するが、会った事の無い者だった。
何もして来ないという事は、許容範囲だという事なのだろう。
翔隆はくいくいと陽炎の着物を引っ張る。
「数をかぞえるから、かくれてね?」
「数えられるのか?」
聞くと翔隆はこくこくと頷いて数える。
「ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、見付けた!」
「…早いだろう…」
突然数え始めたので隠れる間すら無い。
陽炎はクスッと笑い、無言になる。
何故か涙が滲んできた。
「…早く、迎えに来い…ーーー」
そう呟くように言い、翔隆の小さな体を抱き締める。
伯父の修隆のようにはなりたくない…。
ただ待つだけの人生を歩みたくない。
そう強く思ったのだ。
「だいじょーぶ? 痛いの?」
翔隆が心配して陽炎の背を撫でる。
陽炎は、その行動に苦笑して離れ、涙を拭う。
「何でもない…ほら、もう帰れ?」
そう言い、翔隆の背を押して家に向かわせた。翔隆を呼ぶ声がしたからだ。
その背を見つめていると、見張りとして来ていた者が、陽炎の後ろに立つ。
「いいのか?」
「……」
それには答えず、陽炎はその集落から離れる。
「…何かするのか?」
警戒して言うと、男は笑う。
「何も。兄に言われたので、お前が逃げぬように見張りに来ただけだ」
「…貴公は?」
陽炎は歩きながら聞く。
口調として、偉い者のように思えたからだ。
すると男は陽炎の横を歩きながら答える。
「京羅が末子、焉羅えんら
それを聞いて、陽炎は頭の中で系図を思い出す。
確か、京羅の子供は男が五人女が二人。
末子、と言ったから七番目の子供なのだろう。
「お前は、堂々としていて良いな。義王丸にも見習って欲しいものだ」
そう言い焉羅(二十歳)は苦笑する。
「義王丸は…警戒しているだけだ。母親を守る為に………」
そう言い、陽炎は立ち止まる。
言いながら思い出した義王丸の母親の姿が歪んだからだ。
〈義王丸の母は由羅………〉
その筈なのに、優しく笑う女が居た気がする。
由羅は、いつも陽炎にはキツイ顔で睨んでくるだけなのに。
〈あれ? 何か…〉
何かがおかしい気がする。
思わず目元を手で覆うと、焉羅が溜め息を吐いて陽炎を担ぎ上げる。
「な、何を…」
「この調子では今日中に駿河に帰れない。黙っていろ、舌を噛むぞ」
そう言って焉羅えんらは陽炎を担いだまま走り出した。
陽炎が、由羅について訝しがっているのが分かったからだ。
〈沙音は陽炎に優しく接したと聞いたが…あの女では、な…〉
由羅は、不知火を嫌い憎んでいる。
それは正しいのだが、人質には普通に接するように、というのが代々の教え。
大抵の人質は、こちらの味方になるからだ。
拓須も陽炎は義王丸の味方になると言っていたのだから、いつか共闘する事にもなるだろう。
いがみ合うより、力を貸してやった方が得策だ。
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