鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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六章 決別

九.新しい長

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   一方。

  富士の樹海にある狭霧の集落では、新しい長を迎えて活気付いていた。
木々の間の洞窟から、地下や他の洞窟へと蟻の巣のような造りの集落。
中には富士山の洞窟へと抜けるものもあり、これら全てを把握するのは容易ではない。
 そんな洞窟の広間の一室で、義成は狭霧の長〝焔羅ほむら〟として狭霧の事について学んでいた。
この富士の全貌と、各国の集落の場所、各将と名前………。
「…分かったか?」
京羅が尋ねるが、義成改め焔羅ほむらは口に手を当てて図と睨み合ったまま何も答えない。
「京羅様、一度に覚えさせるのは無理がありましょう…」
清修が苦笑して言う。
続いて、弓栩羅ゆくら(十九歳)が何かを造りながら喋る。
「…はてさて、京羅様に仕える者の反感が無ければ良いのですが…」
「それは言い聞かせた筈だがな」
京羅の次男の弓沙羅ゆみさら(三十六歳)が答える。
「…それは、義……いえ失礼。焔羅ほむら様の実力にもよるでしょうな」
弓栩羅ゆくら! 口が過ぎるぞ」
「というて、父上はもうお認めなので?」
ニヤリとして弓栩羅が問うと、弓沙羅は口の端をひくつかせた。
それを見て、京羅が微苦笑を浮かべて言う。
「親子で言い争うな」
「されど京羅様、まだ認めておらぬ者もおるのは事実…いかに?」
涼やかな表情で弓栩羅が言うと、焔羅が背伸びをした。
「んー………そうだな。まだ私は何も成してはおらぬ故、認められはせぬだろう」
焔羅ほむらは微笑して弓沙羅・弓栩羅親子に言い、茶を飲んで京羅を見る。
「京羅、確認するが…毛利と大友は我が方で取ってあるよな?」
「うむ」
「それに繋がる本願寺と地頭衆、それに浅倉・浅井も取ってあるな?」
「無論だ」
「包囲するには何としても上杉だけでも欲しいが……無理だろうな…」
呟くように言い、焔羅は立ち上がる。
「何処へ行く?」
「…奴が北へ行く前に、最上を固める必要がある。…景羅かげら、参れ」
「…はっ」
書物の作成をしていた景羅(二十七歳)が答えて、焔羅と共に歩いていく。
それを見送り、京羅と弓栩羅はフッと笑う。
弓栩羅は以前に造った連弩の調整をしながら言う。
「地道な事から始めるようで…」
「そうだな。…では、私は中国へ行ってこよう」
「お供至そう」
そう言い清修が立ち上がり、共に歩いていく…。
京羅が出ていくと、椎名光頼(三十五歳)が呟くように言う。
「……京羅様は何をお考えなのか…」
「長の代理である、と昔から仰せられていた。納得されておられるのではないか?」
名城なじろ清隆きよたか(五十二歳)が答えるように言う。
すると弓沙羅が、不愉快げに言葉を詰まらせながら叫ぶ。
「父上は立派な〝長〟だっ…た! 後から来た長など、力が無くばただの傀儡よ」
それを聞き、端に座っていた男が苦笑した。
「そういきり立つな、弓沙羅」
「叔父上…」
京羅の弟である霏烏羅ひうら(三十七歳)は、読んでいた書を閉じて一同を見る。
「京羅は力がある者は歓迎する。その証に、以前駿河に連れてきた時に既に〝長〟として迎えられるように皆に言っていたであろう?」
そう言うと、弓沙羅はぐっと息詰まる。
 …確かに、駿府城に連れて来た時に京羅は 
 「これより義成が〝長〟としてここに来る時がくる。その時は和を乱す事なく迎えよ」 
と…――――密かに〝一門〟にだけ、そう言った…。
「しかし…っ」
「静まれ、弓沙羅。京羅の決めた事でもある……」
言われて弓沙羅は出ていく。
それを溜め息で見送り、霏烏羅は真顔になる。
〈……とはいえ京羅は〝長〟の座に執着していた筈………。それがいつの間にか〝翔隆〟にこだわる様になった…………何か、あるな…〉
そう思いながら、霏烏羅も広間を後にした。
「さて、任務に戻るとするか」
清隆も刀を手に、出て行く…。
そんな彼らの後ろ姿を見送りながら、弓栩羅ゆくらは苦笑する。
〈…まだ翔隆とは戦えそうにないな……淋しいものだ〉
早く、この様々な武器を駆使して戦いたい……。
奴の焦った顔が…本気の顔が見たいものだ、と思いながらも弓栩羅はまた違う武器を手にした。



 その夜には宴があるので、焔羅ほむらは夕刻に景羅を伴って富士に戻る。
宴の前に、血の繋がる兄との対面があるからだ。

嵩羅の長男は榻羅とうら、(六十歳)。
次男は月奇羅つくしら、(四十五歳)。
それぞれに異母兄だが嫡流である。

 その二人は、小屋の中に居た。
榻羅は口元に手を当てながらブツブツと何かを唱えて歩き回り、月奇羅は囲炉裏の側で書を読んでいる。
「…兄上、少し落ち着かれては?」
月奇羅つくしらが疎ましく思いながらも書を閉じて兄を見る。
「落ち着けるか! 何故私は義成が弟だと知らされていなかった? 信頼されていないのか…いやそれよりも、今川館で生まれ育っていたなどと…!」
「…それは京羅も後々に知ったと言ってたし…」
「知っていたのに変わりはない!」
怒鳴って榻羅はしゃがみ込む。
「嫡子として接してやれずに、さぞ恨んでいよう…いかに声を掛けたら良いものか…っ!」
「兄上、そんな事はどうでもいいから」
「良くはない!」
「焔羅が…」
「だから悩んでいるのだろうが! 幼い弟が独り淋しく暮らしている間、我らは富士で一塊ひとかたまりとなって過ごしていたなどと…」
「俺なら気にしていませんよ」
そう声がして戸を見ると、焔羅が立っていた。
「焔……その、これは、いやこれまで…その、何と言えば良いか…」
榻羅とうらが顔に手を当ててどもりながら喋る間に、焔羅は穏やかに笑って板間に腰掛けて草履を脱いで上がる。
「兄上、とお呼びして宜しいのですか?」
月奇羅つくしら榻羅とうらを見て問うと、二人は頷いた。
そして榻羅が咳払いをしてから言う。
「私は長兄の榻羅とうら、こっちは次兄の月奇羅つくしらだ。共に、役に立てる自負はある。信頼出来ぬやもしれんが、今まで兄として何もしてやれなかった分、勤めようと思う…よしなに頼む」
そう言い榻羅とうらが頭を下げると、月奇羅つくしらも頭を下げた。
焔羅は苦笑して榻羅の肩に手を置く。
「頭を上げて下さい。過去の事は構いません。こちらこそ、よしなに」
そう微笑して言い、互いに笑う。
 自分には、こんなにも情のある兄がいた…それが、とても嬉しい。
嬉しいのに、心の片隅に淋しげな翔隆の姿が浮かんで胸が痛むーーー。
〈…長になると決めたというのに…〉
脳裏に、幼い頃からの翔隆の笑顔が浮かんでは消える。

 ーー義成!ーー

そう笑顔で言い駆け寄ってくる。
 実の弟のように接してきたのだ。
すぐに非情にはなれない…。

 なれはしないが、互いに敵族の長なのだと覚悟を決めてきた…筈なのだが…。
少し涙ぐんでしまい、焔羅は苦笑して手で目を擦る。
「…済みません…感激してしまって…」
そう言うと榻羅とうらは微笑して焔羅の肩をポンと叩く。
「…そろそろ行こう。京羅達が待っている」
「はい」
答えて焔羅は榻羅と共に歩いていく。
その後ろ姿を見て、月奇羅つくしらは真顔で考える。
〈…もしや、あ奴とびたかの事か…?〉
そう思うも、言葉にはせずについていった。
 ここでの生活ですぐに忘れるだろう…ーーーそう、思ったからだ。
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